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Novel jack

作者: sur

 私は小説の主人公だよ。

 まぁ、ここは小説の世界だからね。だいたい僕の思うようになってしまうんだ。例えば、今ここには何もないけど、パンが食べたいと思えば目の前にパンが現れる。でも、それだけじゃあなたには伝わんないよね。じゃあ、ちゃんと目の前にパンが現れたという証明にそれを食べてみるよ。


 ――朝、目を覚ましベッドから出ると、昨日の朝よりも肌寒く感じた。窓の外の枝葉たちも着実に色を変え、秋の到来が近づいてきたんだなと感じさせる。私は部屋を出て、眠い目を擦りながらリビングのテーブルへと向かい、数年前に購入した安い木製の椅子に腰かける。無造作にCDや本が重ねられているテーブルの端から食パンの袋を掴み、口に結んであったゴムを解く。確か昨日も朝食にパンを食べたはずだが、別に自分はローマの上流階級貴族でもあるまいし、いちいち見た目や格好を気にしてはないのでとりわけなんでも良かった――


 これは例えば、だけどね。パンはパンでもいろんなパンがあるし、どういう状況でどんな気持ちで食べるか、なんて僕らはいろいろ考えて動かなきゃいけない。

 それはね。とても単純なこと。少しの目の位置、視点を変えることで僕らの世界は何にでも見えるんだよ。

 それは、小説の世界も現実でも同じなんじゃないかな。


 まぁ、僕は小説の主人公だからね。小説の世界でこれからやっていくわけなんだけれども。小説の世界も楽じゃないぜ。まったく。


 ――スラム街のような場所の路地裏で力もなく横たわる。何も考えず走ってはきたものの。足はこれ以上の移動を拒むかのよう動かなくなり、三日間ロクに飯を食べていないこの体は、動物たちが冬眠のため蓄えを集める季節と相まって凍えるような寒さが襲ってくる。私は無力だ。こんなにも。ふと、頬に冷たいものが当たった気がして空を見上げてみると、そこからしんしんと雪が降り注ぎ始めていた。しんしんという表現はまさにぴったりだと思う。最初にこの表現を思いついた奴はきっとあまりの的確さとその嬉しさに一人でニヤニヤとほくそ笑んでたことだろう。しんしんと、冷たいものが降り注ぐ。だんだんと思考することさえどうでも良くなってくる。大通りの方に目を向けて見ると、身なりのいい男がホットドッグを食べながら歩いている、なぜわざわざこんな街で。奴らはどうせ見下したいだけなのだ。自分より下の人間を。それで自分の地位を確認して優越感に酔う。それだけなのだ。奴と目が合う。奴はにやりと笑いながら、こちらに向かってソーセージが挟まっていたパンの部分を放り投げた。私の倒れている場所から2M程の位置にそれが落ちる。奴は捨てられたゴミでも見るような目で一瞥した後で去って行く。なぜ同じ世の中に住んでいるのに、パンを食える奴と食えない奴が存在するのだろう。貧困にさらされた民衆の前で飽和な食べ物を捨てる行為は罪ではないのか。動物愛護を訴えながらお前らは肉を食う。魚を食う。地球温暖化を訴えながら、冷房暖房をつけた部屋で快適に暮らす。アフリカの貧困層を救おうという奴がおしゃれに気を使う。そんな偽善的な奴らがのうのうと暮らす中で、ただ私は無力だ。現に、今パンに向かって手を伸ばす力さえもない。数時間後にはしんしんと降り積もる真っ白な雪に覆い隠され私の姿は見えなくなってしまうだろう――


 これは嫌だね。パンは目の前に現れたけどさ。いくら小説の主人公がどんなものにもなれるからと言って、僕としてはこういう世界は嫌だな。でもしょうがないじゃん。みんなが楽しいなら。

 結局誰かに夢を与えたり、楽しみを提供する人って。自分が夢を見たり楽しんだりっていうのがひどく難しいよね。いや、そういう幻想を抱くのもいけないんじゃないかな。自分たちが幻想なんだから。アイドルや芸能人みたいに。


 君たちが次に小説を読む機会があったら考えてほしい。その主人公や登場人物が何を伝えたいのか。どんな気持ちでなんで動いているのかを。


 私としてはあまり好きな言い回しじゃないんだけどね。世の中には意味のないことなんてない。

 社会の根幹で地味な仕事を続ける人たちを無視して自分がいるおかげで……と思ってはいけない。

 必ず、どんなことでもあなたが行うことには意味がある。そして責任がある。 

 世界が知識を持って動いている現代で、本当の無知がどれだけ怖いのか。

 少なくともね。僕たち小説の世界の住人はそういうことに関して、君たちに教えてあげられることがいっぱいあると思うんだ。


 だから気が向いたらこっちにおいでよ。この世界に。


 この世界に。






小説の主人公が、自分で「俺は小説の主人公なんだ!」って言ってたら面白いなぁと思って書きました。ネタ的には多分、もっと広げていけそうな気がします。僕の場合、あまり設定活かしてませんね。別に「小説の主人公だ!」て言ってなくてもあまり関係がないような……

とにかく! 閲覧してくださった皆様ありがとうございます。只々感謝です。

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― 新着の感想 ―
[一言] sur先生、Novel jack、作品、読ませてもらいました。初めまして、午雲と申す者です。一人芝居、独り語り、という形式ですね!作者は分身でしか登場でき無い者だけに、この書き様、ちょっと刺…
2009/09/20 18:12 退会済み
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