第3話 忠誠
「どうやら…王女様のお気に入りらしいです」
軽蔑しきった様子でイザベラは言った。
ーなるほど、あの顔と体で聖討伐隊長の座を手に入れたわけか。
「あの、わがままお姫様め…」
ユーリは王女アンを思い出し苦い表情をした。
王女の自由奔放ぶりは有名で、2年ほど前には王女が15歳の誕生日に魔物を殺すところを見てみたいなどという趣味の悪いわがままを言い出しユーリはそれに付き合わされたことがある。
そして5メートル級の魔物を殺した際に飛び散った血が目に入ったと大騒ぎをし、それ以来ユーリの悪口を言いふらしている。
ーお気に入りの騎士なら聖国家隊に入れて自分の専属騎士にでもすればいいものを・・・
「ユーリ、イザベラ、そんな相手を殺すような目で見ないでくださいよ」
殺気だつ二人をメガネの男が慌てて嗜める。
ケビン・エイジャー。
眼鏡の奥の瞳が優しく整った顔立ちの彼は、イザベラと同じくユーリの側近だ。
ユーリの同級生でアカデミーの時からユーリと仲良くしている。
ユーリの視線に気づいたヴォイドがこちらに振り向き視線がぶつかった。
瞬間、その視線に信じられない圧を感じユーリはたじろぐ。
しかしユーリは再び鋭い視線を走らせた。
こんな若造に動揺を見せるわけにはいかない。
ヴォイドは刺すような視線を受けても怯むことなくゆっくりとまっすぐにユーリに向かってきた。
むしろ喜んでいるかのような表情を浮か歩み寄ってくる。
そんなヴォイドを遮ったのは先から背後に控えていたイザベラだった。
イザベラはヴォイドからユーリを隠すようにスッと前方に移動し間に割り込んだ。
ヴォイドはにこやかに微笑むと立ち止まり丁寧に挨拶をする。
「初めましてヴォイド・ブラックです。騎士団の美しき金の弓ことイザベラ様ですよね?お会いできて光栄です」
イザベラはユーリの側近の中でも優秀で特に弓に秀でていることから美しき金の弓と呼ばれていた。
「・・・初めまして、王女様のお気に入りのヴォイド騎士」
イザベラは差し出された手を完全に無視して微笑み、この上なく冷たい声で言った。
ーこの男から感じる威圧感は一体なに?敵対心?下心?どちらにせよ私の敬愛なるユーリ様には最も近づいて欲しくない輩だ。
今にも剣を抜かんばかりの殺気をヴォイドに向けた。
ヴォイドはイザベラの警戒にもちろん気付いていたが、引くわけにはいかない。
憧れのあの人がもうすぐそこにいるのだから。
「騎士団の女神ユーリ・クロフォード様にご挨拶させていただけますでしょうか?」
ヴォイドは片膝を床につけ頭を下げ深々と礼をする。
その場が一斉にどよめいた。
この国では騎士同士では上下関係があろうとこのような挨拶はしない。
普通それは皇族に対し忠誠を示す時のみにするからだ。
今度はケビンが半歩前に出て、優しい口調で言う。
「…ヴォイド騎士、そこまですることはないよ。我々は同じ騎士の立場だからね」
「忠誠は帝と国家に捧げるものよ。王女はそんなことも教えてくれなかったの?」
イザベラがわざとらしく嫌味を言った。
だが今度はあろうことかヴォイドは跪いたまま手を差し出してきたのだ。
それはユーリの手の甲に忠誠の口づけをしたいと言う意味になる。
全ての騎士は帝のため祖国のために忠義を尽くすことを重んじられている。
その忠誠を一人の騎士に捧げるなどヴォイドの行動は反国と捉えられてもおかしくないものだった。
「貴様!一体なんのつもりだ!?」
イザベラは声を荒げた。
ーこの男!まさかユーリ様に謀反の疑いをかけるためにこのようなことをしているのか!?
ユーリはその実力から王家に謀反の疑いをかけられることがしばしばあった。
本人は自分の人気について無自覚で王国内での権力にも無関心なので全て噂や誤解なのだが、その度に「誤解されるような言動や行動に注意してください」とお叱りを受けるのはユーリだった。
イザベラが怒りに震え剣を抜き、宙を斬りヴォイドの首筋に鋭い刃がかかった。