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和傘をさす少女  作者: 桝克人
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第15話

「内緒?」


 昼休みの図書室はまだ誰もいない。広いテーブルに北条君と向かい合わせに座り、それぞれのお弁当を味わっていた。私のものより一回り大きいお弁当箱には、何かしらのお肉と野菜のケチャップ炒めや玉子焼きなどが入ってる。どれも特段変ったものではないが、おそらくゲンさんの手製だろう。昨日のナポリタンの味を思い出すだけで涎が出そうになる。自分のお弁当からスーパーで買った形が揃った肉団子を頬張った。これはこれで美味しい。


「なんで勿体ぶるんだろう?」

「二つ叶ったら教えるって話してくれないの」

「その二つの願いもぼんやりしてるよね」

「でしょー?」


 強めに同意を求めると、二三度頷き返してくれた。


「ホント、何してほしいのかもはっきりしてくれないと困るよね」

「そういえば、その露子さんは?」

「此処にいるよ。あっちで漂ってる」


 本棚の方を指差した。図書室に入室すると楽しそうに見て回っている。十年間傘に憑き、喫茶店でしか過ごしていないと嘆いていた露子さんは、学校にも着いていくと聞かなかった。学校なんて珍しくもないだろうに。

 呆れてため息が出る私を見て、北条君は肩を震わせ噴き出すのを堪えている。午前の授業で悪目立ちした私を思い出しているとすぐにわかった。


「そんなに笑うこと?」

「ごめんごめん。細井、授業中きょろきょろしてたし、ちょっときょどってたよね。もしかしてあれって露子さんの仕業?」

「そう!もう全然落ち着かないでいるんだよ。授業中もうろうろしたり、先生の顔じろじろ見たりして。皆には見えてないって分かっていてもハラハラする」


 朝からずっとウキウキしている露子さん。朝食時は「早く食べないと遅刻するよー」とお母さんの口真似をし、電車に乗れば乗客に揉まれる私を網棚に寝ころびながら笑って見下して、授業中も小テストを受ける生徒の答案用紙を見ては「間違えてる」とか「字が汚い」とか文字を書く音に交じって呟き、果ては現国の授業中に猿顔の先生のモノマネまで始める始末。必死に笑いをこらえてはいたが、そういう時に限って音読を指名される。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせていたのも空しく散々な結果で、教師からも授業中に漫画か動画でも見ているのかと疑われた。


 音読の間見事に笑いのツボにはまってしまい酷いものだった。クラスメートも私の下手な音読に釣られて笑っている者も居て、教室の中は妙な雰囲気に包まれてしまった。授業が終わるや否や、笑いの原因を特定しようと珍しく囲まれてしまった。幽霊が笑かしたなどとは言えず、ただの思い出し笑いだと誤魔化して図書室に逃げ込んだのである。


「そんなにやばかった?」

「やばいかと訊かれると、肯定しかないけど、皆も馬鹿にしてるとかそういうんじゃないと思うよ。細井って普段から真面目でちゃんとしてる人が授業中笑いをこらえてるなんて何があったのか気になるんだよ。日ごろの行いが良い証拠だって」


 フォローしてくれるのは解ったが、失敗した事実はそれなりに恥ずかしく納得はいかない。口を尖らせてみせた。子供っぽくあざとい表情かとは思ったけど、今精一杯の嫌だと言う意思表示だった。


「それで?露子さんの記憶を取り戻す作戦で、これからどうするか決まってるの?」


 私の醜態をひとしきり笑った北条君は自分を落ち着かせようと深呼吸をした。話題を変えてくれるのは有難い。


「情報が名前と和傘だけでしょう。SNSとかやってないかなと思って、とりあえず名前の検索かけてみたけど、特になにもひっかからなかったんだよね」


 私たちにはSNSが当たり前のものである。私も自分から発信することはなくてもアカウントを持っている。十年前はそこまで普及していなかったのだろうか。それとも生前の露子さんがパソコンや携帯電話、スマホなどネット環境がない暮らしをしていたのだろうか。


「ネットに情報があればゲンさんがすでに調べてそうだよね。」

「ゲンさんが知らない情報といえば姿とか?細井には見えるんだろう?」

「あ、制服」

「へえ制服ならどこの学校に通ってたかわかるかも。描いてみてよ」


 北条君は持って来たボストンバッグを漁る。四色ボールペンと適当なノートの後ろを千切って差し出す。絵は苦手なうちの一つだ。だからと言って口で説明する自信もないのでやむなく受け取った。

 覚束ない手で露子さんが着ている制服を描いてみる。傍に戻って来た露子さんを何度も見比べながら歪な線で描いていく。無駄な線が多いのは絵が下手な人の特徴だと、どこかで聞いたことがあるが、それが本当だとするなら私は当てはまる。


「確かに見ない制服だね。」


 皮肉を込めて画伯と言うには無個性で、線に自信のなさが表れた絵をまじまじと見て首をひねる。本当に見たことがないからわからないのか、絵が下手すぎてわからないのかどちらの意味で言っているのだろう。絵心のなさに今にも顔から火が吹きそうである。


「この辺の制服じゃないのかな。ねえ露子さん、どこ中に通ってたか覚えてない?」

「覚えてないわ」


 特に深く考えもせず即座に答えた。


「覚えてないって。でも傘が捨てられてたってことは、近くに住んでた可能性が高いよね」

「恐らくね。それに細井のことを覚えてるんだから、間違いないと思うけどな」

「あら懐かしい」


 紙をのぞき込んで学校司書の白川さんが言葉を落とした。

 生徒から白川さんと呼ばれた女性は、いつも薄いピンクや水色といった柔らかい色合いの服を着ている。服装に合わせたようなゆるいウェーブをかけたブラウンの髪をひとつに纏めていた。結び目をシンプルだけど大人っぽい髪留めで隠している。

図書委員になるまで話したことがなかった。全校生から選ばれた図書委員が集まった時、一年生になったばかりの後輩が白川先生と呼んだら「私は教師じゃないから先生呼びじゃなくていいのよ」とほほ笑んで言った。白川さん曰く、図書室は気軽に来てほしい場所だから堅苦しい呼び方を好まないそうだ。

 本を借りる人は勿論だが、白川さんと話したい生徒や、教師にはできない相談事に来る生徒もいる。他の教師より年若い白川さんはまるで皆のお姉さんのような存在だ。話しやすさもあって生徒から人気があった。

 意外なことといえば、全身で可愛いを表現するような風貌からは想像がつかなかったが、図書室で騒がしくしている生徒にゲンコツを飛ばすことがある。体罰に煩い昨今珍しいが特に責める人はいなかった。実際ゲンコツを食らった生徒の証言によると全く痛くないらしい。しかしそういう真摯に向き合う姿がより好感が持てるところも人気の秘訣なのだろう。


「私この制服着てたのよね。懐かしいわ」

「どこの中学出身なんですか?」

「橋戸中学校よ」

「僕の近所の学校だ」


 此処の学校に来なかったら行ってた公立学校だと付け加えた。


「でも橋戸中ってこんな制服じゃないですよね?」

「ええ。この制服は私の学年で最期だったの。下の生徒から制服が変わったのよ」

「道理で見たことがないわけだ」

「でもあなたたちよく知ってたわね。なにか調べもの?」

「そういうわけじゃ…」


 否定しようとしたが、もしかしたら露子さんのことを知っているかもしれない。しかしどうやって話を切り出そうか。今ここに懐かしい制服を着た幽霊がいます、では通らないだろう。


「すみませーん」

「あら、今日は早いわねえ。はーい。ちょっと待ってね。さ、あなたたちもお昼ご飯が済んだら図書委員の仕事始めて頂戴ね」


 白川さんは受付の方へと特段急がずに向かった。迷っている間に聞きそびれた質問を飲み込み、空になったお弁当箱を鞄に仕舞った。


「情報ひとつゲットできたね。順調順調」


 北条君は筆記具をしまう前に、私が描いた歪なイラストの下に『橋戸中学校、旧制服』と書き加えて言った。


「もしかして楽しんでる?」

「不謹慎だったかな?幽霊とはいえ人の事情に踏み込むの」

「ううん、そうじゃないけど。意外と乗り気で驚いただけ」

「ゲンさんが幽霊とか、目に見えないものと話せることはずっと知ってはいたんだけど、こうやって自分からかかわることって一度もなかったから、少し、いやかなり楽しいんだと思う」 

「心強いよ。私一人だったら考えあぐねていただろうし。ありがとう」


 首筋を掻きながら視線を外した。何度か見た彼が恥ずかしい時に出る癖だ。耳が赤くなっていた。


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