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和傘をさす少女  作者: 桝克人
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第12話

 スマホを見ると時刻は十五時前を指していた。遅くならないうちに帰ろうとお暇することにした。北条君は駅まで送ると言ったが、病み上がりのことが気になり断った。


「駅までの道も慣れたから大丈夫。ありがとう」


 また月曜日学校で、そう言って喫茶店を後にした。雨は止んでいるがまだ薄灰色の雲が空を埋め尽くしている。右肩には学校指定のボストンバッグ、持ち手の部分に使い慣れた傘の柄を引っ掻けて和傘を両手で抱えた。バスを待つことなく歩くことにした。坂を下っている間、帰り際のゲンさんの言葉を反芻する。


「一昨日は傘をさしてから声がしたって言ってたよね。それで今は聞こえないと」


 喫茶店の外まで見送ってくれたゲンさんが問いかけた。


「そうです」

「じゃあとりあえず傘をさしてみて。雨が降った時でかまわないから。声が聞こえたら返事をするんだ。俺の経験だけど受け入れることが第一段階だと思うんだ。その後どうなるかは、やってみないと判らないから試してみて。それから」


 口ごもって首筋をさすった。


「草介には無理に言ったのは本当だよ。あいつ騙すようで嫌だって言ってた。誘うきっかけも見つからないって、どこか安心したように言ってたんだ。でも君が喫茶店の特集を雑誌で見て声をかける決心がついたって。それでも本当に嫌だったんだろうな。あいつな、嫌なことしたりされたりするとすぐに熱出すんだよ。今回もそうだったたから俺も正直申し訳ないんだ。俺が言える立場じゃないかもしれないけど、草介とこれからも仲良くしてやってくれるかな」


 騙されたと思ってないといえば嘘になる。傷つきもしたし、裏切られたようで苛立ちもした。


「勿論です。こちらこそお願いします」


 だからと言って嫌いにはなれない。誰も傷つかないように立ち回る優しい人。同時に弱い人でもあるのだろうと思った。


「ありがとう。困ったらいつでも連絡して」


 二つ折りの小さなメモ用紙を渡された。開いてみるとゲンさんのフルネームと携帯の電話番号、メールアドレスが記載されていた。


「ふる?こ?」


 見慣れない苗字に首を傾げる。


「古い館ってかいて『こやかた』って読むんだ。近所の人も大体ゲンさんって呼んでくれるから、風花ちゃんもこれまで通りそう呼んで」

「わかりました。後でメール送ります」


 お辞儀をして駅に向かって下り坂に足を進めた。一昨日みたいにまだいるのかなと、途中で振り向くと、期待通りにゲンさんは立っており手を振った。胸がくすぐったくなった。もう一度軽く頭をさげた。


 三度目の帰り道は慣れたもので、とんとんと靴底でリズムを取るように軽やかに下っていく。来た時の重苦しさとは打って変わって心身ともに軽かった。一昨日に見た和傘の幽霊と話をすることすら楽しみでドキドキしていた。あんなに気味が悪かったのが嘘のようである。誰かの知り合いだと判るだけで不思議と受け入れられる。人と幽霊の違いなんて生死以外ないのかもしれない。

 待ち望んだ雨は駅についても降り出すことなく和傘の出番はなかった。駅についた時には丁度電車が出て行ったところだった。乗り損ねた電車を駅の外から見送る。次の電車が来るまであと十五分ほど時間があった。見送った電車がさっきまで待っていた乗客を運んで行きホームはがらんとしていた。向かい側も誰もいない。前から二番目の車両に足を運ぶ。壁と同化している木製のベンチに腰を掛けて鞄を足元に置いた。傘はベンチにもたれかからせるようにして立てた。


 電車を待っている間、貰った連絡先を登録しようとスマホを出す。打ち間違いがないように、スマホの画面と紙を交互に見ながら打ち込んでいく。一文字もミスがないことを登録後に何度も見比べて確認した。


「よし」


 誰もいないホームで小さい声で呟いた。ほっとするのもつかの間、今度はメールの文面に頭を抱える。特になにも考えずにメールしますと言ったが、年上の男性に送る文面の正解が解らなかった。何を書いたらいいのだろうか。連絡先はこれです、とシンプルに送るのは流石に失礼に当たるのかな。でも他に書く内容が思いつかない。思いつかないというより、ゲンさんの他人にはない幽霊の声が聞こえる特別な能力の話を聞いた後だと、何を書いても薄っぺらに思える。


『こんにちは。細井風花です。今日はありがとうございました。お約束していた連絡先を書いて送ります。また遊びに行かせてください。』


 子供のような拙い文章にため息がでる。でもこれ以上の文章が思いつかなかった。ホームにアナウンスが鳴り響く。顔をあげるとちらほらと電車を待つ人が立っていた。どうにでもなれと送信ボタンを押して、スマホを鞄にしまい込んだ。


 乗客の少ない電車に乗り、目に入った端っこの座席に座る。肩にかけたままの鞄から右の横腹に振動を伝える。傘をふたつ膝で挟んで支えて鞄を肩から降ろした。卸した鞄は膝の上、傘と身体の隙間に置く。他にも席は空いているが幅を使ってしまうのは躊躇いがあった。一席をぎゅうぎゅうにつめて仕舞ったばかりのスマホを取り出した。登録したてのゲンさんのフルネームと共にメールが来たことを知らせる。


「はや」


 周りに聞こえるか聞こえないかの大きさの声だったが思わず口についた。視線がこちらに向いていないか顔をあげるが、特に気にしている人はいないようである。再びスマホに目を落とす。画面に表示されたお知らせに指を滑らした。


『早速ありがとう。風花ちゃんにとって恐らく信じられないような話だったとは思う。それでも真剣に聴いてくれたこと、本当に嬉しかったよ。あの傘のことで困ったことがあればいつでも連絡してね。勿論それ以外でも歓迎だよ。

追伸 草介に電話番号教えてもいい?俺だけが知っててあいつが知らなかったら多分すねちゃうから』


 思っていたよりフランクな文面だった。文章の間に絵文字が挟まれており可愛らしい。ゲンさんの打ち込む様子を想像して破顔した。返信ボタンを押してポチポチと返事を打つ。


『北条くんにも私の電話番号を伝えてください。和傘の幽霊さんのことはまだどうなるかわからないから緊張しています。とりあえず話が出来るか試してみます。また報告します』


 二回目の文面は、想ったことを思ったままに打ち込んでみた。ゲンさんの文面を見た後だと一回目より断然に気持ちが軽かった。

 スマホをしまって窓の外を眺める。雨雲は到着駅に近づいても焦らしていた。



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