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【DAY・1】その二

【DAY・1】その二


 隣村への道を連れだって歩いていると、前方から軍勢がやってきた。道から外れてやり過ごすと、五騎が率いた百人ほどの軍勢で、軽装の兵が多い。こうなると、戦国か源平か、その間の鎌倉から室町あたりか。


 と、主将らしき人物の頭上に、赤い▽が浮かんでいるのが見えた。目を凝らすと、ステータス表示画面的なものが浮か上がった。


 身分欄には豪族の当主で、名前は堂山頼近とあった。ステータス表示は、統率、軍事、智謀、内政、外交がオールFとなっていた。彼の姿が小さくなっていくと、浮かんでいた画面がふっと消え去った。


 これが「戦国統一」であれば、ランダム初期配置の豪族モブキャラか、史実外後継者の完全な外れ、といった能力となる。


「なあ、澪。あの遠ざかっていくお侍さんの頭上に、赤い三角印は見えるか?」


「見えない。……三角?」


「だよな。すまん、忘れてくれ」


 そのやり取りの間に、軍勢は木々の間に見えなくなった。なにやら慌てていた様子だったが、戦さがあるのか、上位の者から兵の供出を求められたのか。


「戦いは、よくあるのかい?」


「そうね。どこでもあるみたい。あたしはなるべく関わらないようにしているけど」


「今回はだいじょうぶなのかな」


「村に危機感がないから、たぶんだいじょうぶだと思う。徴兵絡みで城と関わりはあるものだから、ひどくまずければ情報は伝わってくるって。……でも、確かにちょっと焦ってたね。村で状況を聞いてみようか」


 そう話す彼女に、危機感は漂っていなかった。気配を感じつつも警戒度が上がらないほどに戦さが身近であるようなら、ここはもしや、「戦国統一オンライン」の舞台となっている戦国時代なのだろうか。


「戦さでは、村から兵士が徴用されるものなのか?」


「そうみたい。戦うための人数と、人足とが割り当てられるんだって。あたしら狩人は、村に属してないから、その枠外だけど」


 領主と民は一体なのか、単に支配されているのか。まあ、その在りようは、それぞれなのかもしれない。


 到着した村は穏やかな空気で、こちらでもまた澪は馴染みの存在であるようだった。彼女が連れているからなのだろう、ポロシャツにスラックスという異形の風体をしているはずの俺にも、笑みが向けられてきていた。


 軍勢について問うてみると、徴用の指示は来ていないから、訓練かなにかではないかとの話だった。


 地場の豪族であるなら、実際の主戦力は徴用された農夫であるようだ。手近な者達だけ集めての行動となれば、確かに重大事ではないのかもしれない。


 村人の一人に湯治の相談をすると、あっさりと村外れの温泉に案内してくれた。浸かり慣れているらしい狩人の少女も一緒だが、男女で分かれている形跡はない。


 さすがにいきなりの混浴はまずいんじゃないかと焦っていると、患部を浸すだけでいいから、とりあえず左足だけでも、との話だった。安心……、いや、違う。残念だ。残念。


 隣で澪は、足だけ湯に入れてくつろいでいる。正直な話、服は清潔とは言えず、臭いもあるのだが、不思議と嫌な感じはない。安らげる状態の中で、俺はゆったりと考えを巡らせてみた。


 澪もそうだが、最初の見坂村でもこの上坂村でも、▽印が頭上に浮かぶ者は見当たらなかった。そして、自分の頭上にも見当たらない。頭の動きに連動して頭頂部に表示されるわけでなければ、俺自身はモブキャラってことか。


 ここは戦国以前のいつかのように思えるが、元時代の日本語が通じたり、武将のステータスが見えたりと、ゲーム世界的要素が含まれるのは間違いない。だけれど、決して豊かでない村の様子や、澪の感じを考えれば、ゲーム的でない余白の部分は、現実世界だとも感じられた。


 ゲーム大会に向かっていた俺が見ている白昼夢なのか。あるいは、それこそ「天下統一オンライン」の世界への転生なのか、はたまた、タイムスリップ先に何らかの理由でゲームが組み込まれたのか。


 本来なら、真剣に検討するのがバカバカしく思える話なのだが、熊との死闘や、今もうっすらと左足に残る痛みも含めて、周囲の世界は実存であると感じられる。


 そうであるなら、どうにか生活の目処を立てて、町に出る必要がありそうだ。元時代知識が役立つ分野とかはあるだろうか。


 いずれにしても、澪を頼れそうな現状は、望外の幸運だと言える。できれば、しばらく道連れとなってほしいけど、どうだろう。飄々とした風情なだけに、どこかであっさりと置いていかれる可能性もありそうだが、それはそれで仕方ないと割り切るしかない。




 深刻にならない話題での雑談をしながら、ゆったりした時間を過ごすと、左足が本当に楽になった気がしてきた。


 温泉を出て、村の広場的なところに戻ると、叫びながら駆け込んできた人物がいた。抱えられているのは、どうやら赤子らしい。


 その血塗れの人物には見覚えがあった。見坂村で、澪に親しげに話しかけていた、そして俺に湯治を勧めてくれたひしゃげた顔の農夫だった。


 澪が赤子を抱えると、安堵の表情を浮かべた。


「殿様が戦さに負けたらしい。敵がそのまま攻め込んで来て、撫で斬りに遭っている」


 そう口にした農夫は、どうやら自身も深傷を負っているらしい。澪が水筒から水を飲ませると、ようやく表情が緩んだ。


「どうかこの子を。この子だけでも……」


 そこで、農夫は事切れた。赤子を揺らしながら、澪が死者の目を閉じさせた。




 その頃には、上坂村の住人が続々と集まってきていた。居合わせた村人から状況が伝わると、穏やかだった村が一気に危機感に包まれた。


 お館様というのが先ほど目撃した堂山某だとしたら、まっとうな能力の敵将を相手にしてしまったら、一蹴されるのは無理もないように思える。


 そして、撫で斬りはこの村も対象となる危険がある。その認識は、村の中ですぐに共有された。


「逃げるのはきつかろう。山に入ってやり過ごすのも、厳しいだろうな」


 そう口にした人物の頭上には、白い▽印が浮かんでいる。


「だが、どうするよ、英五郎どん。女衆や子供を殺してやって、せめてもの抵抗をするか」


「うーん」


 応じた▽持ちの村人のステータス表示画面を覗くと、呼ばれた通りに英五郎との名があった。能力値では、統率Bが目を引く状態だった。


 統率がBというのは、「戦国統一オンライン」であれば、織田家や武田家といった有力武将揃いの家でなければ、充分に傑物である。その他の数値はオールFだが、モブ豪族や小大名であれば、防衛戦の主将に任命してもよいくらいである。


 しかし、撫で斬りをする意味がどこにあるのだろうか。乱取り……、略奪や人拐いならまだわかるのだが。


 ただ、瀕死の状態で赤子を連れて来た農夫の言葉を疑う必要はないだろう。


 行きがかり的に評議に参加する形となっている俺は、疑問を口にした。


「なあ、英五郎どん。城に逃げ込むのは駄目なのか?」


「殿様自ら百人出して敗れたなら、城に兵はほとんど残っていないだろう」


「城を越えて逃げられないのか」


 重ねての問いには、英五郎どんとは別の農夫が応じた。


「山道を抜けて、西の峠の方へ向かえばあるいは。……だが、暮らしが立ち行かん」


 この村も決して豊かではないが、それでも新たな土地で再起を図るのはきつい状態なのだろう。だが。


「命あっての物種だろう。親切にしてくれた人たちが目の前で死ぬのは見たくない。まずは城へ向かったらどうだ」


「だが、移動している間に追いつかれたら、同じことだ」


「なら……、ひとまず女子供だけでも向かわせるのでは? そして、男衆だけで抵抗を試みれば、撃退は苦しくても、足止めくらいはできるんじゃないか」


「あたしもそう思う。相手は油断しているでしょ? いったん態勢を立て直させる展開に持ち込めば、男衆も生き残る目が出てくる」


 村人たちは短時間の相談で、ただ死ぬよりはましだ、との結論を出した。


 英五郎どんと共に相談の中心になっている茂吉どん、鹿太郎どんと呼ばれる二人の頭上には、▽印は浮かんではいなかった。村人の中では、英五郎どんが唯一の▽持ちのようだ。


 そして、他の▽持ちとしては、湯治に来ていたという商人に黄色の▽が浮かんでいるのが目を引いた。


 通常の「戦国統一オンライン」であれば、登場キャラクターは勢力所属と浪人の二種類に限定される。


 赤、白、黄色の色分けがあるのは、シリーズの異色作である「戦国統一・極」か、それをベースにしたオンライン版の「戦国統一オンライン・極」に限られる。


 本来の「戦国統一」シリーズは、簡潔を旨とした、味も素っ気もないシミュレーションである。この分野の草分け的存在となる、シリーズが進むに従ってエンタメ性が強くなっていった「織田家の野望」シリーズとは対極にあるものとされてきた。


 けれど、「織田家の野望」や、あるいは同メーカーの「関白立志伝」といった派手なシリーズの要素を取り入れて、究極のゴテゴテが目指された鬼子的タイトルが「戦国統一・極」である。


 本来の「戦国統一」なら、初期配置後はタイプ別の共通AIが操作して、プレイヤーが史実通りの動きに徹したとしても、歴史とはまったく別の展開となるのがシリーズの通例となる。


 対して、「極」では、各武将の史実上の動きから学習させたとの触れ込みのAIによって、プレイヤーの介入がなければ、少なくとも初期は概ね歴史通りに動くし、状況が変わってもその武将らしく動くというのが売りとなっていた。


 一方で、商人、忍者、水軍といった要素まで取り込まれ、大幅に複雑化もしていた。フルダイブとまでは行かないが、RPG向けに発展した新進の操作補助技術を使ってもなお扱いに無理がある状態で、一般受けはあまりよくない。


 逆に、はまる人間は熱烈に支持し、俺も支持派の一人だった。参加予定だったゲーム大会で対象となっていたのは、正統後継の「戦国統一」系の最新作だったが、できれば「戦国統一オンライン・極」でやってほしかった。ワンプレイで何日かかかってしまうかもしれないが。


 どうやらこの世界は「戦国統一・極」に準拠しているらしい。時代設定は戦国でない可能性も残るけれども。



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【スピンオフ作品】
「新婚剣術少女の永禄上洛行 ~新陰流一門の戦国旅紀行~」
時期的には、第二部途中のお話となります。ネタバレの関係で、第二部終了後にお読みいただけるとうれしいです。

【イメージイラスト】
mobgouzokupromo.jpg
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【主要登場人物紹介】
<【永禄三年(1560年)八月末】第一部終了/第二部開始時点>


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【第一部周辺地図、ざっくり版となっております】

モブ豪族初期周辺地図
国土地理院Webサイト掲載の地図を利用させていただき、加工(トリミング、イラスト、文字載せ)は当方で行っております。
※現代の地形であるため、ダムによる人造湖、河川の氾濫による流域変化、用水路などなどが作中と異なるのはご留意ください。すみません、そこは作者も把握できておりません。


【第一部の舞台外側の有力勢力の配置地図、ざっくり版となっております】

モブ豪族第一部舞台外地図
国土地理院Webサイト掲載の地図を利用させていただき、加工(トリミング、イラスト、文字載せ)は当方で行っております。
※現代の地形であるため、ダムによる人造湖、河川の氾濫による流域変化、用水路などなどが作中と異なるのはご留意ください。すみません、そこは作者も把握できておりません。また、東京湾の埋め立てが進んでいるので、雰囲気として感じていただければ幸いです。>
香取海は、霞ヶ浦周辺の青くなっている辺りまでが湖だった、くらいの感覚で捉えてください。>







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