【永禄十六年(1573年)五月十三日】
【永禄十六年(1573年)五月十三日】
本陣のコンクリート製の屋根に、続けて三度の着弾があった。全面崩落こそしなかったが、それでも一部が崩れ、本陣の中は土煙で視界が閉ざされていた。
「敵襲ですっ。ご注意を」
物見役の若い兵の声が響く。
「どこから現れたかわかるか」
「集中砲撃の後ろに隠れていたようです」
……どんな精密射撃だよ。だが、そこに気を取られていられる状況ではない。
「各自で防御態勢を」
「お前が一番守りを固めろ。ってゆーか、逃げられれば逃げろっ」
返ってきたのは、剣聖殿のお叱りの言葉だった。この場にいる者の中で、俺がもっとも剣技に劣っていそうであるからには無理もないのだが。
乱入してきたのは、二十人ほどだろうか。こちらは三十数名だが、攻め込んでくるからには手練れ揃いであると思われた。
林崎甚助と結城義親、それに剣聖殿の若き弟子たちに守られながら、俺は乱戦の様子を見つめるしかない。
先頭に立って侵入してきた、すらっとした風情の若者の上には、▽印が浮かんでいない。その隣りにいる人物のステータスには、伊東一刀斎との名があった。
その他も、名に心当たりはないが、剣に覚えのある者が多いようだった。そんな突撃隊を率いている様子の、▽なしの人物は……、敵の大将なのだろうか。ソントウと俺との間に面識はない。
そこかしこで、激烈な斬り合いが始まる。蜜柑と澪も臨戦態勢を取っていた。
埃の臭いが急激に血の香りに置き換わっていく。互いに被害が生じる中で、ぶつかったのは塚原卜伝と伊東一刀斎だった。後者は、既に幾人かを斬り、頬が血飛沫で紅く染められていた。
剣豪として名を馳せた剣神も、既に八十を越えている。それでも、元気そのものに見えるのだが、さすがに動きが鈍くなったとこぼしながらも、今回も有無を言わさず参戦されてしまっている。
対して、後代で一刀流と呼ばれる流派の祖となる伊東一刀斎だろう人物のステータス画面には、二十七歳と表示されている。勢いが如実に出たのか、塚原卜伝は正面から深い斬撃を浴びた。
息を呑んだ俺の視界の中で、老剣神が若き剣豪に組み付いた。
「澪っ。儂ともろともに射抜け」
「なれど……」
「このたわけがっ。ここは戦場ぞ。愛する者を守るのじゃ。……巫女の矢で天に召されるのも、また一興」
澪が近距離から放った矢が、剣豪二人を射貫いた。若き剣豪は苦悶の表情を、老剣神は凄惨な笑みを浮かべた。
一方で、足利尊棟と思しき青年剣士は、表情を変えずに豪剣を振るっている。素人目にも、剣聖に近い域に達しているように見える。
同様に相手の頭目だと見たのだろう。蜜柑が果敢にも斬りかかるが、暴圧に晒されて退くしかなくなっている。
蜜柑が討たれてしまってはと、思わず飛び出しそうになったが、林崎甚助に腕を絡め取られた。
「なりません」
「だが、蜜柑が」
「それがしが向かいます」
周囲に俺を参戦させるなと厳命して、林崎甚助が戦陣に加わる。この時代では居合での斬撃は目新しい技法のはずだが、あっさりと受け流された。……やはり、俺と同じ時代からの来訪者なのだろうか。
そんな思考が過ぎったところで、蜜柑に一撃が迫る。思わず喚いてしまったところで、相手の主将の前に立ち塞がったのは剣聖殿だった。
剣を振り上げて制する余裕はなく、身を入れるのが精一杯だったようだ。上泉秀綱の左肩辺りに大刀が吸い込まれ、剣を握ったままの左腕が飛んだ。
剣神が命を落とし、剣聖が片腕を失ったわけだ。足利の突撃部隊の腕は確かなのだろう。対して、こちらは戦力がガタ落ちである。……大きな犠牲を払いながら、俺は現状を把握する方向に意識を向けるしかない。
一方的な蹂躙を覚悟した時、剣聖殿が体を捻った。そして、右腕一本で相手に向けて手を伸ばす。
左腕を失った痛みで乱心したのだろうかと一瞬だけ訝しんだが、そういう人物でもない。
伸ばされた手は対手の剣の柄へと達した。そして、しなやかに絡みつく。
無刀取り。その言葉が脳裏に浮かんだ時には、相手の主将の手から刀がこぼれ落ちていた。
蜜柑の薙ぎが、敵将の首の前で止められる。飛び出した柚子は相手の膝を裏から蹴りつけ、脇腹に一撃を加えた。
「召し捕ったり~」
柚子の明るい調子の叫びに、蜜柑が慌てた声を発する。
「これ、柚子。それは、盗賊相手のときの……」
相手の剣士たちは、半ば動きを止めている。全滅覚悟で徹底抗戦という雰囲気ではなかった。
戦気は失せ、俺は敵方の主将と対面していた。
「……ソントウ、なんだよな?」
「ああ、俺だ。そういうお前は、やはり震電だな」
「ああ。新田と書いて、シンデンって読む苗字だったんでな。……なあ、こんな無理をしなくても、近畿と四国、九州の大半を押さえたそちらは、残る西国を制圧しつつ、守勢に回ればよかったんじゃないのか」
「ふっ。最後が作業ゲーになるのが、戦術SLGの弱点だよな」
その口振りからすると、「戦国統一・オンライン」に実装されていない「関ヶ原モード」を無理やり実行しようとしたのだろうか。
「まあ、なんにしても、決着がついてよかった」
西朝方の主将は、本気でそう言っているようである。俺は、カチンと来てしまった。
「なあ、ソントウ。どうして、東西で戦う必要があった」
「……俺たちは戦国を統一するために、この地に現れたんだろう? 実践している震電に刺激されて、対決に至ったんだが」
なんで不服そうなんだ、とでも言いたげである。
「この世界で、愛した人はいなかったのか?」
「さあなあ、血を残すとか、あまり考えられなかったな」
ゲーム気分なのは、そのせいか。我が好敵手は、この世界に根を張っていないわけだ。
と、声をかけてきたのは柚子だった。
「ねえ、父さん。今こそ、約束を」
蜜柑と一緒に主将同士の対話を聞いてきており、その声音には決然とした響きがあった。
「本気なのか?」
「うん。ずっと言ってきたでしょ? 手の届く範囲の強い人とって」
俺は大きな息を吐いた。そうせざるを得なかった。
そして、嫌々ながら足利第十六代将軍に問い掛けを投げつける。
「娘を……、娘の柚子をもらってくれないか」
「は? 何を言っているんだ。勝ったからには、殺せ。それが、戦国のあるべき落着だ」
「……ソントウ、お前にとっては、ここまでの戦いは「戦国統一・オンライン」を実地で……、「戦国統一・オフライン」をやってきたわけだよな。なら、新しいゲームをしないか?」
「新しいゲームとは?」
足利将軍である足利尊棟は、東朝の主将としての新田護邦の……、いや、ソントウが震電の提案を、結局のところ受け容れたのだった。