【永禄十六年(1573年)五月】
【永禄十六年(1573年)五月】
九州の半ばと四国を制圧し、山陽山陰の諸勢力の多くを従属させた幕府軍が東へと向かっている。そして、輸送は後醍院氏の水軍が参加しているという。
後醍院氏とは、後醍醐天皇の末裔だとされる九州の武家で、いよいよ建武の乱めいてきている。史実で水軍として活躍したとの話は耳にしたことがないので、元時代でのオンラインゲーム大会のもうひとりの参加者、双樹が絡んでいるのだろうか。
そして、南蛮船……、スペインとポルトガルの艦隊も参加していた。何を交換条件にして、参戦に同意させたのだろうか。
西軍の将の一人として、武田信玄の名があり、一向衆から選抜した者達と、打ち破った中からの志願者を率いて精強な軍勢が築かれているようだ。
押し込まれて近江から退いた中央軍と、伊勢をほぼ平らげた南方軍が合流し、美濃に滞陣している。北陸を進んだ北方軍は、加賀から越前方面へと進出し、会戦の機運が高まっていた。
太平洋側は、関ケ原へと収束しそうだ。そして、日本海側は……。越前の藤島辺りとなりそうだ。なんだかもう、本当に因縁物になってきてしまった。この時代でももちろん、その地は新田義貞終焉の地とされているのだった。
南方の関ヶ原方面は純然たる陸戦となりそうだ。ただ、東軍も足利幕府勢も野戦に大筒を投入しており、戦国の戦さの様相とは大きく異なってきている。そして、双方に未来知識持ちがいるために、ある程度の対策も行われているはずだ。
北の藤島近辺での戦いは、水軍も含めた総合力勝負になることが見込まれており、新田水軍の多くが投入されている。
櫂船を使っての突撃戦術を得意とする新田勢に対して、幕府側の主力となっている一向衆水軍は、大砲の精密射撃を得手としていた。……もっと後の時代でも、あてずっぽうで射撃していたはずなのに、なんと厄介なことだろう。
対応するために、笹葉はこのところずっと、蒸気機関の開発に注力してきていたのだが、間に合わなかった。いや、蒸気機関の試作までは完了したのだが、艦載サイズにはどうにも収まらなかったそうだ。
替わりに、足漕ぎと風車の二種のスクリュー機動を切り替えられる新型船が投入されてはいるが……。
藤島の戦いは、双方の砲撃で幕を開けた。本陣近くから見渡す限りでも、凄惨な状況が広がっていた。
本願寺勢の砲兵は、中々に優秀である。海上で精密射撃を実現しているからには、陸上ではさらに精度が上がるだろう。一方で、位置の特定もしやすくなる。
そこへの対応は、忍者隊が担当している。弾雨の中で一般の部隊を単純に突撃させるのは、無謀とも言える。
無謀と言ってしまえば、この戦いの総てが無謀なのかもしれない。この本陣も、堅固な造りではあるが、もちろん安全ではない。
「ねえ、父様。出番はまだ?」
幼さの残る声が、俺の耳朶に届いた。そう、俺は娘の柚子をこの場に連れてきているのだった。
「この本陣が戦場になるのは、よほどのことさ」
「えー、せっかくここまで来たのに」
不満そうな彼女は、まだ十二歳ながら剣の腕は確かである。多くの若い命が散るのが避けられない状況下で、戦力になる彼女を安全な場所に留め置くことはむずかしかった。いや、むしろ俺の自己満足として、娘の身を危険に晒しているのかもしれない。
「大将が戦わずに済むなら、それに越したことはないと思うぞ」
「でも、相手の将軍はガチ剣豪なんでしょ?」
どうも、我が子は皆、語彙が……。ただ、柚子の指摘の通り、現将軍の足利尊棟は、先々代の義輝とは別段の腕前の持ち主らしい。
「戦ってみたそうな口振りだな」
「そりゃ、そうでしょ」
なに言ってんの? みたいな対応をされると、父親冥利に尽きる感じがする。あんなにととさま、ととさまと言っていた子がねえ……。
「あちら陣営とも、のんびり仕合いができる環境になったらいいんだけどな」
「わかってないなー。実戦はまた別物なんだってば」
「それは、本気でわからん。蜜柑、わかるか?」
話を向けると、のんびりとお茶をすすっていた我が妻君が、首を捻った。
「そうじゃのお。実戦で手練れと戦ったのは、数えるほどじゃしなあ。長野業正殿は、本来はなかなかの使い手なれど、護邦の指示でほぼ騙し討ちじゃったし。なあ、澪」
「そうねえ。あれはえげつなかったわよねえ」
弓巫女の総帥が澄まし顔で同意した。
「えー。父様ったら、無粋―」
「実戦は結果が総てだろ? あそこでやられてたら、柚子も産まれてこなかったわけだし」
「なら、まあいいか」
お許しが出たのはなによりである。
本陣近くに詰めている青梅将高からの戦況報告を聞き終え、柚子に間食を与えていると、なにやら地響きが近づいてきた。
「……これ、だんだん寄って来てるよな」
「こちらを狙っているんじゃ?」
「いや、本願寺砲兵の精密射撃なら、そんなことしなくても、直接狙えると思うんだが……。一撃くらいなら耐えられるはずではあるものの」
本陣は半地下の構造物となっている。
「なら、近隣の部隊を排除してるの?」
「さあなあ。……待てよ、近い」
蜜柑と顔を合わせた時、さらなる近場で着弾音が轟いた。