【永禄十二年(1569年)二月/三月】
【永禄十二年(1569年)二月】
史実では一月末に本圀寺の変が起こるはずだった。この歴史上の事件は、足利義昭が在所にしていた京の本圀寺を、三好三人衆が襲撃したというものである。危ないところではあったものの、細川藤孝、明智光秀といった幕臣衆と、摂津らの国人衆によって撃退された、というのが史実の展開だった。
織田の軍勢は揃って岐阜へ戻っており、急報を受けた信長は雪の中をわずかな供を連れ、京へ急行したという。供の幾人かが命を落としたそうだから、よほどの強行軍だったのだろう。
元世界では、前年に実現した上洛は、織田信長が主体となって、お飾りの足利義昭を連れていったと捉えられる場合が多かった。これ以降、京は信長の支配下に入ったとされてもいた。
ただ、実際には信長は将軍の後継者に供奉する田舎の将の一人だとみなされているようだ。そして、信長の方も、京は幕府衆が対応するとの認識であるように思える。そうでなければ、史実での織田勢が、ほぼ全軍で岐阜に戻ることはなかっただろう。
けれど、この時代では……。我が新田に報せを寄越したのは、京に残っていた楠木信陸だった。
将軍家の細川藤孝、三淵藤英ら、そして周辺の友好国人衆と連携し、あっさりと撃退したそうだ。一応、準備しておいたからねと、文章からも飄々とした感じがにじみ出ている。
史実では、この本圀寺の変を受けて、造営途上で義輝が暗殺されてしまった御所の跡地に、いかにも急拵えの二条御所、二条城が造られ、そこが義昭の居城となった。この世界では、築城は行われていないそうだ。
義昭の今後の行動も、本圀寺の変が未然に防がれたことで変わってくるかもしれない。ただ、ここまで色々と史実とずれているいるはずなのに、流れはほぼそのままであるのだから、ゲーム的な力というよりも、史実への復元力的ななにかが働いているのかと勘ぐりたくなる。
そして、織田信長はこの世界でも雪の中を京へと急行し、義昭に手を握って労われたという。この二人は、やがて反目し合うのだろうか。
対立のきっかけは、信長が義昭の行動を掣肘しようと申し入れを繰り返したためとされていたが、実際のところは、特に初期のものは将軍が担うべき政事を確認するためのまっとうな申し合わせ事項だったとの見解もあったようだ。室町幕府の将軍とは、中央で全国の武家に指令を出すべき存在で、日本全体を支配しているわけではない。
……ただ、問題は、出家の身だった足利義昭が、往年の幕府の統治ぶりを把握していないことにもありそうだ。さて、どうなるのだろう。
剣聖ラーメンが人気を博しているのに触発されてか、奉納仕合のために厩橋を訪れていた剣神こと塚原卜伝が、対抗してラーメンを作りたいと言い出した。こちらも、自分で調理すると言って譲らないのだが、剣豪というのはそういうものなのだろうか。修業の旅をしつつ、体作りもするとなると、料理は必須なのかもしれないが。
前回の反省を踏まえて、伊豆でのんびりしていた耕三を呼び寄せ、早期に介入してもらった。結果として、こちらは村上から持ち込まれた鮭の香り漂う一品に仕上がり、コアなファンに支持される状態となった。本庄繁長や傑山雲勝にも味見してもらうとしよう。いずれ、本庄城域に支店を出せるとよいのだけれど。
【永禄十二年(1569年)三月】
俺のところに、上洛命令が届いた。足利義昭の命令という形だが、実際は天下を手中にした信長からのものだと考えてよいだろう。
同じく上洛命令を受け取った諸大名は、信長への反発や、状況が許さないなどの事情で実行に移す気配はなかった。軍神殿も、見合わせるつもりだそうだ。
新田としては、命令に従って上洛することにした。朝廷と室町幕府で秩序を再形成しようとする動きに異を唱えるつもりはない。そして、織田信長とあいさつをしておきたいというのも正直なところだった。
家中にその方針を伝えて、留守中の手筈を整える。蜜柑と青梅将高が、もしもの場合の後事を託すべき二人となる。
柚子と柑太郎がいるから、守り立てていってくれればいいし、将高が自ら率いていくつもりになるなら、それもまたありだ。
世襲制が最良の解決策とは思えないが、この時代に他の在りようもなかなかむずかしい。いや、欧州の一部のように選帝侯的な存在を設定する手もあるけれども。
ただ、実際には多くの武家で養子が取られているので、必ずしも世襲ばかりではない。その際に血筋をつなげるためもあって、一族の娘をよそに送り込む習慣があるのだろう。
その話からの思いつきで、青梅将高に養子か猶子にならないかと打診したら、どうか勘弁してくれと懇願されてしまった。なぜだ。
そして、将高と言えば、道真との関係はどうなったのだろうか。澪に確認しておくとしよう。
上洛にあたっての人選は、明智光秀、最上義光、二階堂盛義、八柏道為が朝廷対応を含めての統率役として、忍者隊を率いるのは三日月と多岐光茂で、剣豪隊として上泉秀綱、諸岡一羽が同行する運びとなった。それとは別に、林崎甚助と結城義親が護衛隊を率いてくれることになった。
そして、今回は澪も若手の弓巫女を率いて参加と決まった。蜜柑は置いていかれるとふくれていたが、普段は澪が厩橋城と子どもたちを守ってくれているから、出歩けているのだとは本人もわかっている。ただ、納得がいかないのじゃー、と言われると、頭を撫でるしかなくなる。
そうしていると、柚子が飛びついてくるのもいつものことだったが。