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夏は何度でも巡るから【上】  作者: みむまに
0度目の夏
6/12

06


 19時ぴったりに映画監督を始め、映画に関わるスタッフさんたちが姿を現す。それまで資料に目を落としていた共演者全員が一斉に顔を上げた。私は気持ち程度に姿勢を正し、監督の方を向いた。

「じゃあまず、簡単に自己紹介からお願いしようかな!じゃ、空くんから時計回りで!」という監督の言葉で視線が一気に空さんの方に向く。監督の左隣には空さんがいる。私は監督と同じ机を共有してはいないが、場所から考えて監督の右隣にあたる。つまり、私は最後に挨拶をしなければならない。

「はい、えーっと・・・空役の、空です。・・・あ、これ、本名名乗ったほうがいいんですか?」

活動者4人が急に焦り出した。え、嘘やろ?このタイミングで非公開情報が知れるん?と、私も目を見開く。

「んー、いや、無理に言わなくてもいいよ。なんか一言でもあれば欲しいかな」

「あ、そうですね・・・演技はほぼ未経験なんですけど、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」

真面目な挨拶が行われ、周囲から拍手が生まれる。私も同じ感じで言えばいいのか。そう思っていたが、

「・・・何かテンション低くない?動画の時もっとすごいのに(笑)」

と監督が冷やかしを始めた。

「え!?・・・あ、それは、次に挨拶するナナさんが!」

「ちょっやめろやめろ!」

動画内でもたまにあるやりとりが繰り広げられる。まさか生で見れるなんて。自然と顔が綻んでしまうことを必死で耐えていたが、後にそれどころではなかったことに気づかされる。



「『咲』役を演じます。相田ゆかりです!スマイラーに所属する高校1年生の16歳です。えっと・・・面白いこと・・・」

監督の指示で、いつの間にか一言の部分が何か面白いことを言うと変わっていた。自己紹介が行われているうちに、テレビでも見かける俳優さんががこの場所に数人いることに気がついた。彼らもまた、ウケるかはさておき期待に応えようと一発ギャグであったり、短い面白エピソードを話したりしている。私の右隣で今挨拶を行っている女の子も、何かをしようと必死になって考えている。


 「咲」もまた、「花」と同様女子高生のキャラクターだ。両親からの虐待と学校でのいじめによって、死にたいと考えるようになり自殺の方法を動画サイトで探していた時、メンヘラジオと出会い虜になるという、何とも重い設定が書かれていた。これを高校1年生ながら演じるというのか。そう言えば、オーディションの最終審査で彼女を見かけて、すごく演技が上手いな、こういう子が受かるんやろうなと考えていたことを思い出した。私の1つ年下で、体も細い。オーディションの時の自己アピールでモデルをやっていると言っていた気がする。


 「えっと、今朝学校でトイレに行きたくなって、入ったんですけど、間違って男子トイレに入っちゃって・・・これから始まる撮影ではそのようなことがないように気をつけます!よろしくお願いします!」

 

 この部屋にいる人全員が「えー!」という表情をしながら笑っている。「大丈夫だったの!?」という声も飛び交い、滑らずに終わったことに彼女は安心していた。今いる出演者の中では高校生は私を含めて2人しかいなかった。それだけに、心なしか温かい視線が向けられているように感じる。


 そしてとうとう、順番が回ってきた。席を立ち、自己紹介を始める。

「『花』役を演じます。前田りこです。スノー劇団所属の高校2年生、16歳です」

ここまでは良かったが、まだ一言が決まっていなかった。幸い急かしたりされることはなかったため、考える時間は少しだけ設けられている。最近何かあったか・・・。

「あ・・・えと、最近・・・自分の、寝言の声が大きくて、驚いて朝目を覚ましました」

自分でも、なぜこんなことを言ったのか分からない。確かに1、2回経験したことはあるが、最近というのは普通に嘘だった。

「これからの撮影では、突然叫ばないように頑張ります。・・・・・・よろしくお願いします」





 人を避け続けていた私が、好きな活動者が目の前にいるからといって明るく振る舞えるほど器用ではなかったことを今更思い知る羽目になった。今まで画面の中の存在だとしか思っていなかったが、相手も人間であると自覚をした瞬間に動けなくなる。その結果がこれだ。気を使って笑ってくれた人もいたが、ヤバい奴認定を受けたことは間違いないだろう。何や、突然叫ばないって。普段日常的に叫んでるみたいやんか。


 しかし後悔しても遅い。過ぎたことに文句を言っても仕方がない。関わりたくないと思われてしまったかもしれないが、これからの撮影で挽回しようとなんとかポジティブな考えに持っていこうとするが、何かが邪魔をする。人間は第一印象が大事だとよく言われるが、それが本当なら私は最早救いようがないに等しい。


 20時50分、読み合わせや業務連絡などを終え、解散した。この後の読み合わせは強制的に気持ちを切り替えて取り組み、監督の細かい指示や、新しい表現やこんなことをしたら面白くならないかと思うことをメモした。しかし、全て終わればやはり最初の後悔が突然襲いかかる。最初は活動者と同じエレベーターに乗って途中の道まで行きたいと思ったが、恥ずかしくなってやめた。普通に嫌がられそうというのもあった。


 少し時間を空けてエレベーターに乗り込むためにトイレで時間を潰すことにした。行きたかったというのも嘘ではなかったため、個室に入り用を済ます。扉を開けると、鏡の前に人が立っていた。1人になりたかったのにと言う気持ちを堪えて手を洗おうと隣に立った。


 鏡を介して隣を見ると、「咲」役を演じる女優さんだった。白のカッターに水色のリボン、そしてチェックのスカート。おそらく制服だろう。私の紺色で無地のスカートと比べれば何倍も可愛い。都会の制服はみんなこんなに可愛い制服を身に纏っているのだろうか。


 羨ましい。そう思っていると、目が合った。咄嗟に「お疲れ様です」と伝えると、相手も笑顔で「お疲れ様です!」と返してくれた。やっぱり、たくさんのお仕事を経験しているからなのか、人に話しかけることに慣れている。先ほどの挨拶もすごく堂々としていた。私とは大違いだ。


 挨拶もし、手も洗い終えたのだから、あとはトイレを出るだけだった。しかし、笑顔で会釈をされている中でそれを無視するように背中を向けて出て行く勇気がなかった。さらにはこの人の方が芸歴先輩やんな。とか、こういうとこって、先に後輩(?)が退出するのって良くないのでは?と、よく分からない思考に陥り動けなくなってしまっていた。


「これから、頑張りましょうね」

何とか地蔵のように固まっていた私の足を溶かそうと言葉を紡いだ。彼女にだってファンはいるだろう。そんな人と話せて私にはもったいなすぎるとも思った。

「はい!実は私、こんな大きな役初めてで、緊張してて・・・!」

「え、そうなんですか?」

「はい。あ、私実はモデルやってるんですけど、演技の経験はほとんどなくて。しかも、普段の仕事って大体同年代の人たちが現場にいるんですけど、でも今日全然いなくて!どうしよう〜って思ってました!」

その言葉を聞いて、少し私の表情の硬さが消えた。緊張しているのは私だけではなかった。そして、たくさんの大人たちがいる中でそわそわしていたのが私だけではなかったことにかなり救われた。


「モデル、すごいですね。でも私は、普段は仕事とか全くしてなくて・・・」

「え!?そうなんですか?あ、でも、何かのMVに出てませんでした?なんか見たことある気が・・・」

「あ、CLOUDYの曲には・・・はい。あ、でも、本当にそれ以外で大きなお仕事とかは無くて、学校の部活とか普通にやってるんです」


 CLOUDYは私が去年出演したMVの歌手だ。何枚もCDを世に出しており、その中の1つである表題曲に出演していた。その日は晴天で、裸足で道路を走って足の裏が真っ赤になったのを覚えている。


「そうなんですね!でもそれで選ばれたのって凄くないですか!?」

「・・・そうですかね」

「いや、凄いですよ!オーディションかなり倍率高かったじゃないですか!主役の人がかなり有名人みたいだし、本当に頑張りましょう!」

勢いに押されて「はい」しか言えなくなる。しかし、選ばれたのは偶然でしかない考えていた私にとって、「凄い」という言葉はあまりにも想定外すぎた。確かに凄いことであることを否定する気は無い。しかし、家族以外に誰にも出演について報告をしていなかったため、褒められることに一切慣れていなかった。


「そうですね。頑張りましょう」

「はい!・・・あ、りこさん、私より年上ですよね?タメ口で話していいですよ!私1年なんで」

「あ、え?でも・・・」

芸能界の複雑さがふと頭をよぎる。相手が年下でも、事務所の所属歴が長い方が先輩になるのではなかったか。いや、事務所が違えば関係ないのか。

「本当に!私のことゆかり〜って呼び捨てでも構わないので!」

「いや、それは・・・ゆかりちゃん、じゃ、だめ?」

「あ!!じゃあそれで!!」

ゆかりちゃんの気迫に押され、否定などできるはずもなかった。この数分でコミュニケーション力の差が露呈し、少し恥ずかしくなった。

「じゃ、ゆかりちゃん。またね」

「はい!お疲れ様です!」

ゆかりちゃんより先にトイレを出て、エレベーターを待った。すぐに到着し、1人で乗る。1階に降りると、もう誰もいなかった。



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