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夏は何度でも巡るから【上】  作者: みむまに
0度目の夏
5/12

05


 何の躊躇いもなく全力で鳴く割には、木に止まっているセミを大量に見かけることはほとんどない。色が似ているから私が見つけられていないだけだろうか。


 6月末。学校は学祭ムード一色であり、それぞれが出し物や有志発表のための準備に取り掛かっている。各クラス40人近くもいれば、手も空いて何もない時間に耐えなければならない人も出てくる。それを「クラスに協力していない」なんて言われても、ごめんなさいなんて言いたくもないし、かと言って言い返すほどの気力もない。


 こうしていると、つくづく集団行動に向いていないなと思う。もしそれで社会が成り立っているというのであれば、生きることに向いていないのかもしれない。


 私のクラスでは劇を行うことになった。生徒一人一人に台本が配られ、出演するクラスメートが段取りを覚えることに必死になっている。本番は明日に迫っているが、未だに立ち位置やでるシーンを覚えていない人が多く、今まで何をしてたんだとは思うが、私は特に出演するシーンがないため、どうにでもなれと投げやりになる。


「誰か意見ある人〜」


 劇のワンシーンを終えて、主役を演じる生徒が演技の感想を求めている。台本を持ちながら唸っている人もいれば、日頃の疲れからかうたた寝をしている人もいる。私はと言えば、劇の台本に必死で文字を書いている。勿論それはクラスメートに対するアドバイスなんかではなく、『メンヘラジオthe Movie』で私が言う台詞を書き起こしているだけだった。


 正直、この期間でかなり覚えることはできたが、どうしても一人芝居では想像力に欠ける。直接会って読み合わせをしたいという思いはあった。そんなことを1人で考えていたが6月の頭に、劇団から1枚の小さな封筒が送られてきた。内容は映画に関することで、顔合わせを行うから集まって欲しいということだった。その日程が、今日の夕方だった。学祭準備期間ということもあり、体育館は特設ステージや椅子、飾りつけなどで使えなくなるため、部活はオフになる。学校が終わった瞬間速攻で電車に乗り、東京まで向かわなくてはならない。


 家族は仕事のため、一人で向かう。東京という土地に慣れていないため不安もあるが、それ以上に浮かれている私がいた。また、空さんやナナさんたちに会えるのだ。そして、今日はそれだけではなく兄(役)である一ノ瀬さんや、SEDOさんも集まる。遊びに行くわけでは決してないが、4人のファンである私にとっては非現実的な空間であり、今日は朝から変な緊張感が全身を駆け巡っていた。






 




 


 東京で電車に乗り換えて、こんなに高層な必要があるのか逆に疑問に思ってしまうビルたちを抜け、場所が記載された紙と携帯のマップを頼りに進んでいく。集合時間の1時間前には東京に到着していたが、目的地にたどり着けなければそんな時間もあっという間に過ぎてしまう。何度も確かめながら、指定された住所と建物の名前を必死で探していく。地下鉄から徒歩3分と書かれているものの、本当に着くのか不安で仕方がなかった。


 周辺を見渡しながら歩いていると、自動ドアで開くコンビニエンスストアが見えた。入口が高く、地元ではなかなか見ないなと感心していると、中から人が出てきた。その姿に見覚えがある。活動者のSEDOさんだった。SEDOさんもまた、今回の映画に出演する人物であり、動画サイトの登録者ももうすぐ100万人を突破する勢いのある人物だ。「変態おじさん」という愛称を持ち、どうやら空さんたちと比べて少し年上であるようだ。


 まさか、こんな形で対面するとは思っていなかったが、半分道に迷っていた私は助かったという気持ちの方が強かった。彼についていけば、間違いなく目的地にたどり着く。向こうが私に気づくことはなかったが、彼についていく形で少し離れて歩いた。



 彼が入ったビルは、記載されていたビルの名前で間違いなかった。顔合わせの部屋は17階にあるらしい。エレベーターを使って上に上がらなくてはならない。自動ドアで中に入ると、冷房が心地良かった。スーツを着た会社員のような人たちしかいないこの場所に、制服姿のまま東京に来た私は場違いなのだろう。不思議そうな目で見ていた。話しかけられるのが怖かったため、早足でまっすぐ前だけを見て歩き、前の角を右折したSEDOさんを見て私もそれに従った。


 エレベーター前に着くと、SEDOさんは上ボタンを押して待っていた。17階に止まるエレベーターは全部で4つあったが、すぐに1階まで降りてきてくれたものはなかった。しばらくの間、2人でいる時間が続いたが、相手はスマホを取り出して文字を打ち込んでいたため、私の姿に気づいているのかも怪しかった。


 それから約10秒後、「チン」という音が鳴り、私とSEDOさんは顔を上げた。他にエレベーターを待つ人はいなかったため、乗るのは私たちだけだった。SEDOさんが先に乗り込み、私も後に続く。そこで初めて私の服装に気づき、不思議そうな表情を浮かべていた。

「何階まで行きます?」

行き先を決めるボタンの前に立ったSEDOさんが私に話しかけてきた。なるべく悪いイメージをつけられないように、相手の目を見て・・・は緊張したため、鼻を見て答えた。

「あ、17階まで、お願いします」

私が答えると、「はーい」と言いながら17のボタンを押した。

「・・・ってあ、同じ階!?もしかして、映画に出る子?」

「あ、はい!」

大きな声につられて私も声を張ってしまった。SEDOさんは驚いた表情で私を見ていた。最初のリアクションを聞いて、たまに投稿しているラジオや雑談動画に似ているなと少し思った。

「え!まじか!・・・初めまして、『SEDO』役のSEDOです(笑)」

笑顔でなぜか自己紹介が始まった。早めに東京に着かなければ、SEDOさんとこうして話す機会がなかったかもしれない。そう考えると、今日はついてるなと思った。

「初めまして、『花』役を務めます、前田りこです」

よろしくお願いします、と頭を下げた。

「『花』・・・あ、いっくんの妹か!」

いっくんとは、一ノ瀬さんの愛称だ。空さんたちもみんな彼をそう呼んでいる。


 SEDOさんはその後も「俺演技できるかなぁ〜」などと話しながら、目的の階に着くのを待っている。17階に到着するまで、誰かが乗ってくることはなかった。目的の場所に到着すると、会議室のような部屋が奥まで続いていて、壁にはどこかの企業のポスターが貼ってある。東京にはこんなおしゃれな店があるのかと呑気にしていられるのは、隣にSEDOさんがいるからだ。私一人では、着いたはいいがこの後どうしたらいいのか分からず不安と緊張がMAXになっていたに違いない。SEDOさんは迷いなく廊下を進んでいく。彼曰く、一度はここに来たのだが早すぎたために誰もおらず、荷物だけを置いて先ほどのコンビニに寄ったらしい。


「誰か来てるといいけど・・・」

予定では19時から始まるのだが、私のスマホは18時19分を指している。普段役者さんたちは一体どれくらいの時間に集まるのだろう。それぞれ仕事があるため必ず決まった時間に到着するということはないかもしれないが。


 しばらくすると、スーツを着た女性が現れた。私たちの方へ近づいてくるところと、SEDOさんが「お疲れ様です〜」と会釈をしているところを見る限り、関係者であることは間違いなさそうだった。女性は私たちと一緒に並んで歩く。

「SEDOさん、目的のおにぎりありました?」

「はい!俺の地元売ってなくて・・・ようやく見つけられましたよ〜これ!」

「・・・きな粉わらび餅?それ本当に美味しいんですか(笑)」

女性とSEDOさんは笑顔で会話を広げている。え、何そのおにぎりとは思ったが、会話に入る勇気が持てなかった。折角大物の人物が目の前にいるのに、これでは普段と全く変わらない。簡単に人は変わらないのだなと改めて実感した。


 歩いていると、急に二人が私の方を向いて立ち止まった。驚いて声が出そうになったがなんとか堪える。私のいる方に何かあるのかと不思議に思いながら見ると、そこには大会議室の扉があった。

「ここだよ〜」と言いながらSEDOさんは扉を開けた。中には長い机が円を描くように並べられていて、「〇〇役 名前」という紙が貼られていた。席もどうやら指定であるらしい。

「お、いっくん来てたんだ〜」

「うぃーっすSEDOさん」

 扉を開けた手前に、一ノ瀬さんが座っていた。その表情や声は普段の動画で見るのと全く一緒だった。唐突に現れたにも関わらず、思ってた以上に私の心は落ち着いていた。

「あっ、りこちゃん・・・だよね?このおじさんが一ノ瀬くんだよ〜」

SEDOさんが私に気づき、声をかけてくれた。

「いや俺よりおっさんでしょあんた・・・あ、初めまして。一ノ瀬です」

「は、初めまして、『花』役の前田りこです」

「よろしく・・・あれ!?俺の妹じゃん!えぇ〜びっくりした!この子なんだ!」

「花」という言葉にピンと来たのだろう。先ほどのSEDOさんと同様に驚いた声を上げていた。

「そーそー、さっきエレベーターで会ってさ!俺もビックリしちゃった」

「まじか〜」

てか、エレベーターでもう話したの!?と、一ノ瀬さんとSEDOさんの二人で盛り上がりを見せている。会話に入る隙がなくなった私は、自分の名前が書かれている席にこっそり荷物を置機に行こうとするが、先ほどの女性に呼び止められた。

「あ、もしかして受付まだ済まされてないですか?」

「・・・え?」

そう言うと先ほどまで話で盛り上がっていたSEDOさんが私たちの方を見る。

「あ、そうだ!先にそっち行かないとだね!ごめんね〜言うの忘れてた〜」






 受付と呼ばれる部屋に女性が案内する。それについて行くと、大会議室の隣にそれはあった。気付かずに素通りしてしまっていたが、その部屋には「〇〇役の〇〇です」と名乗っている人がいて、その後ろにも列ができていた。あの人があの役か・・・などと考えながら、列の後ろに並び、順番が来た時に見よう見まねで受付をすませた。名前を名乗り、今日使うと思われる資料を貰い、先ほどの大会議室に戻る。人数が増えていたにも関わらず、誰の話し声も聞こえなくなっており、それぞれが静かに資料を読んでいる。ここに来ている人たちがメインキャストだと考えると、急に緊張が走り出した。この部屋にいるのがほとんど大人だからと言うのもあるかもしれない。


 私の足音が部屋中に響く。ローファーだからどうしようもないかもしれないが、集中力を乱しているような気がして申し訳なさが募った。先ほど会話していたSEDOさんや一ノ瀬さんとはもう目が合わない。大人しく自分の名前が書かれた席に座る。


 周囲の真似をして、資料を読み始めた。映画の撮影日時や今後の打ち合わせなどが細かく書かれていた。そして、改めてキャストそんやスタッフさんの名前、スポンサーについても書かれている。地元のテレビ局の名前が出てくると少しテンションが上がった。全く知らない土地で知らない人ばかりの空間だったからか、知っている名前が現れて少し安心した。


 更に、もう一つ分厚い資料があった。主要キャラクターの具体的な設定が記載されていた。台本を読んでいれば何となく年齢や舞台、性格などを察することができるが、私の場合「花」が過去にどんな経験をして、何を信念に生きているのか、更に女子高生の役ということで、学力についても記載されていた。今回の映画で使われるシーンはなかったような気がするが、その人物をよく知るためにも必要なのかもしれない。主人公の「空」と「ナナ」、「一ノ瀬」、「SEDO」の4人が2ページ半にかけて書かれていたことにも驚いたが、それ以上に、「SEDO」の下に「花」の設定が書かれていたことが自分の中では驚いた。映画の中でかなり中心人物であることを改めて自覚する。




 開始時刻の10分前、空さんとナナさんが一緒に入ってきた。何となくオーディションの時を思い出す。部屋に入ってきた瞬間、空気を察したのか表情が固まっているのが分かる。活動者の4人はテンションが高く騒がしいことで有名ではあるが、やはり空気を読まずに騒いでいる人たちではいないようだ。


 緊張感で手汗が出てきた、なるべく音を出さないようにして鞄からハンカチと水を取り出す。しかし、水を飲んで後悔した。学校の昼休みにお弁当を食べてから何も口にしていなかったことに気づいてしまった。お腹がなってしまったらどうしようと別の不安が頭をよぎる。お腹を凹ませて音がならないように力を入れていると、静寂な空間に「ぐぅ」という音が鳴り響いた。その音に数人が反応する。一瞬冷や汗をかいたが、すぐに私は音に反応する側であったことを自覚させられる。

「あ、すいません〜」

言葉を発したのは、SEDOさんだった。頭を掻きながら謝る様子に、空さんとナナさんは下を向いて笑いを堪えている。それによって、他のキャストさんたちにも小さな笑いが生まれた。少しだけピリついた空気が解けた瞬間、私のお腹が鳴った。



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