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私が更衣室に行くと、同じ部の1年生がほとんど集まっていた。それぞれから聞こえてくるおはように答えながら鞄を置く。朝から騒がしいグループを無視してのろのろと着替えを始める。
隣にいた桃は私の様子に気づき、私に声をかけてきた。
「りっちゃん、眠そう」
「眠たい。すごく」
「昨日何時に寝たん」
「1時」
「1時!?何してたん!」
台本を読んでいた。とは言えないため、眠れんかったなどと適当に返す。昨日は2周ほど台本を読み返したが、内容はとても引き込まれるものだった。
一言で言うと、登場人物である「空」と「ナナ」が1万人規模の大舞台である、東京フォーカスホールでイベントを開き、大成功をおさめるまでの物語である。メンヘラジオ特有のゆるさは一切なく、学校でのいじめや、ネットの炎上、家庭問題など暗い話題が盛り込まれているシーンもあれば、友情など青春のようなストーリーもある。
さらに、今回の映画では空さんは高校生役を演じる。本来は20代半ばの年齢ではないかとネットでは言われていて、もしそれが本当ならば10歳ほどサバを読むことになる。私の演じる「花」と同い年であり、一緒に演技するシーンも多い。空さんの制服姿がどんなものなのか、私個人としてはとても楽しみだった。
朝の柔軟体操はいつも以上にきつい。体が伸びてくれないため、つま先に手が届くのもやっとだ。もう少し、もう少し・・・届いた。
しかしこの喜びを誰かに表現できるほどの空気は、この場には一切ない。
特に2年生は、この春休みがそれぞれを強化する最後のチャンスと言っても過言ではないため、少しの時間も無駄にできない。もちろんそれは1年生も時間を大切にしなければならないことには変わりないが、1年の差は大きい。まだまだ時間の焦りを感じていないのが正直なところだ。
今日もグループに分かれて練習が行われる。最早この劣等感が日常になってきていたため、ほとんど何も感じなくなっていた。いつも通り、自分を強化するためにトレーニングを行い、コートに入れる時が来たら、その時間を大切にする。実際にそれ以外に強くなる方法はないし、できることをするしかない。
しかし、その間にもどんどん実力差は開いてくる。バドミントンの試合は全員が出られるわけではない。各校で出場枠が決まっており、ダブルスは3ペア。シングルスは4人。ダブルスとシングルス両方に出場することも可能。女子は1、2年生合わせて20人。10ペア作ることができる。その中で、上位4人、または3ペアに入らなければ試合に出場できないため、競争率はかなり高い。
2グループの2年生からは、「こんなに頑張ってるのに・・・」と言う気持ちが言葉にしなくても伝わってくる。頑張っているのはみんな同じ。そう言ってしまえば簡単だが、そんな言葉で相手が納得するとは思わない。選ばれないことの悔しさが、厳しさに変わる。そして、体育館に緊張が走る。
気づけば私にとってとても居づらい、自分自身に集中できない空間に変わった。トレーニングも自分のためではなく、先輩に怒られないためにやる。コートに入っても、甘いショットを打てば「やる気あんの」と言われる気がして、変な力が入る。
それまで近くにいた仲間が、脅威に変わった。
春休みの期間、どれだけ活動者達に救われただろう。動画、そしてラジオ。部活が終わるとすぐにこの世界に逃げた。とにかく人の目が怖かった。1年生同士で会話することは普通に楽しめたが、2年生が現れた瞬間、それまでの楽しかった時間は跡形もなく消えた。
私は2年生になった。
クラス替えが行われ、教室も担任も変わった。クラスには知らない人たちで溢れ、既にグループができ始めていた。新しいクラスにはバドミントン部のメンバーはおらず、既に出来上がったコミュニティに足を踏み入れる勇気を持っていなかった。やがて女子を牛耳る人が現れ、かつてのクラスメートのSNSも、「クラス離れるの寂しい!」という投稿が嘘のように、「これからよろしくね」と新しい友達と撮った画像が上がっている。プロフィール画像に「元1年◯組」と書かれている人が少しずつ消え始め、いよいよ居場所がなくなったのだと痛感した。
人間関係について、人一倍関心を持たないこの性格はいい加減に直さなければならない。しかし、既に遅かった。かつて同じクラスだった友達から、「あのグループに入れてもらいなよ」なんて言われることはあったが、言われれば言われるほど相手に対する興味が冷めていくのが分かった。昼休みのお弁当を食べる時間さえ耐えられれば日常などなんてことない。勿論、友達がいないという理由で陰口や嫌がらせを行う勇気を周囲が持ち合わせていなかったことにも感謝しなければいけないのだが。
慣れというものは怖いもので、気づけば教室で一言も言葉を発さずに終わる日もあった。部活動で声を出すことは必須だったためにあまり深く考えていなかったが、ある日の放課後に同学年の部活仲間に声をかけようとした時に、寝起きのような声の低さだったことに自分で驚いてしまった。それだけならば特に問題はないのだが、こうしている間にも、映画撮影日は一刻一刻と近づいている。舌が回らず台詞が言えなくなるなど論外だ。夏休みまでの期間はなるべく会話をするように心がけたり、発声練習を家で行ったりした。