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夏は何度でも巡るから【上】  作者: みむまに
0度目の夏
2/12

02

 空さんとナナさんは、映画で主演を務めることが決まっている。


 現在はキャストを決めるオーディションが開催されており、全国から集まった人たちが少しずつ絞られ、現在は数えきれるほどの人数になった。本日は最終審査。全国から集まった俳優が、台詞を口に出したり、音楽を聴いて集中力を高めるなど、それぞれの世界に入り込んでいる。


 この情報は世間に公表されているわけではない。にも関わらず、なぜ私が知っているかというと、その最終審査の選考をこれから受けるからだ。このオーディションが開催されることを知ったとき、もし落ちてしまったら、嫉妬を理由にこの活動者の動画を見ることにこれから抵抗を感じたり、他の出演者を妬んだりと、負の感情で支配される毎日をこれから送ることになるだろうと思い、一度はやめようとした。しかし、受けなかったとしても受かった人たちに対して、キャリアは違えど同じくお芝居をする者として複雑な思いを抱く未来が容易に想像できた。やらずに後悔するならやって後悔したほうがいい。そう考えた私は親に頼んで許可をもらい、審査を受けることにした。


 受付でもらった、名前と番号が書かれたシールを服に貼り、審査開始を待つ。やるべきことはやってきたつもりだが、やはり劣等感は拭いきれない。ここにいる人たちは、一体幾つの壁を乗り越えてきたのだろう。どれだけの辛さ、苦しさを経験すれば、こんなに堂々と前を向いていられるのだろう。


 途端にこの場所から逃げ出したくなった。「受かったらいいなぁ〜」なんて軽く考えてきた私が本当に嫌になった。本気で努力している人たちを見ていると、負けたくないという気持ちが現れる。しかし、今更考えても遅い気がした。部活なんかせず一途に取り組めばよかったのではないか、そう考えかけた時、


「時間になりましたので、会場に案内します。受験者の方は、番号順に整列をお願いします」


案内係からの指示が入った。







 



 「落ちてもいいや」


 いくつかのオーディションを今まで受けてきたが、初めてそう思った。


 今日あった出来事は、正直ほとんど覚えていない。いや、正確には、記憶をほぼ消した。その分、今日私が見た情報を頭に叩き込んだ。その日の帰り道は、足取りがとても軽かった。


 たとえ落ちたとしても、誰も妬まない自信がある。これからも、間違いなく空さんとナナさんを好きでいられる。きっとこれから先生きていく中で、忘れられない日になると確信していた。


 合否の結果は後日発表される。しかし、そんなことはどうでも良かった。





 最終審査の部屋には、監督を含めた審査員が数人座っていた。初めに、オーディションの内容の説明と、合否の発表の仕方についての説明が簡単にされた。いよいよ審査が始まる。そう身構えていた時に、会場の扉が開いた。


 入室してきたのは、空さんとナナさんだった。


 思わず目を見開いた。空さんの素顔はSNSで公開されていたが、ナナさんは顔のパーツを一部隠した写真しか見たことがなかった。彼らは「初めまして、空です」「あ、ナナです。お願いします」などと挨拶をし、審査員のいる方へ向かい、席に座った。彼らに私の演技が見られる。余計ヘマはできない。一気に興奮と緊張が最高潮まで達していた。


 しかし、1番目と2番目の受験者が席を立って前に出ると、監督は「せっかくだから・・・」と、空さんとナナさんの方を向いた。

「今回の課題、二人で芝居するものだから、空くんかナナくん、どっちか入ってよ」


 二人は「え!?」と顔を見合わせていた。


 「二人は台詞少ないほうでいいから。ね、内容は知ってるでしょ?」


 監督に言われたため従うしかなかったのだろう。1番の人は空さんが、2番目はナナさんが交互に担当することになった。私の番号は奇数だから、順番通り行けば空さんと演技をすることになる。目の前で非現実的な出来事が起こりすぎて混乱している。嬉しいけれど、信じられない。動画サイトのチャンネル登録者が100万人近くいる人たちに、お金も払わずに会話もできて(台詞ではあるが)、近くに寄ることもできて、こんな贅沢なことがあるのかと、もはやオーディションであるということを忘れかけていた。


 2人の演技はとても自然だと思えた。勿論素人に近い私が上からものを言う立場ではないが、それでも上手だと思う。最初は動画投稿者が役者をやるということが不思議だったが、今目の前で行われている芝居を見て、是非とも作品を見てみたいという気持ちに変わっていった。


 オーディション会場は温かかった。主に空気作りに携わったのは空さんとナナさんではあるが、「すごい緊張する(笑)」と茶化したり、「俺ヘラヘラしてて場違いみたいじゃん!」と会話のあるおかげで落ち着いて行動できたし、とても救われた。


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