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夏は何度でも巡るから【上】  作者: みむまに
0度目の夏
1/12

01

【Prologue】


 夜の光。車の音。そこにいない誰かが褒められていることへの違和感。目の前にいる人が私を肯定するのか、否定するのかわからない、モヤモヤとした気持ち。



ー欲張りだと思いますか?本気でやりたいことがたくさんあるってー



 不確かな気持ちを知ったかぶりで語ってしまえば、誰かの小さな一言で簡単に砕けてしまう自信があった。


 それでも、聞かずにはいられなかった。


 


この日は雪が降っていた。


 カーテンを開けるまで全く気づかなかった私はいつも通り朝ご飯を食べ、通っている高校へ向かう。


 電車は少しだけ遅れていたが、最大で5分程度。1限の授業も電車遅延を理由に遅刻をし、少しでも短くならないかという淡い期待も簡単に打ち砕かれ、仕方なく寒さに耐えながらホームで待つことにした。


 どこの学校も学年末テストを控えているからか、ノートやプリントを確認する生徒やマーカーでカラフルになった教科書を夢中で読んでいる生徒で溢れていた。


 私の前に並んでいる女子高生もまた、授業で配られたと思われるプリントを手にしていた。私とは違う制服を着ている彼女のプリントは、たくさんのメモ書きで溢れ、少し覗いただけでは何も読み取れなかった。途端に私は後悔する。他人の努力を見ると、なぜ自分はやらなかったのかと、訳もなく自分を責め始める。意味がないと分かっていても、それは永遠に繰り返される。


 他人と比べる、それは必ずしも悪いことではないとは思う。下にいる人を見てモチベーションを高めることだってできるし、親に「テストで上位○番までに入ったら〇〇買って!」という交渉の手段にもなり得る。しかしもし自分が下の立場ならどうだろう。いいことなんかきっと何もない。劣等感の塊になるだけ。


 私の親はよく「よそはよそ、うちはうち」と言ったり、「〇〇ちゃんはあんなこともできて、こんなことも上手なのに、あんたはどうして・・・!」と叱られたりした。今になって見ると都合が良いなとは思ったけれど、結局世の中そんなもんで、矛盾だらけだとしてもどうにか付き合っていくしかないのだなという考えにたどり着いた。


 少しでもその女子高生に追いつくではないけれど、この気持ちを払拭させようとノートを開いた。訳も分からずに書き殴った数学の公式や練習問題の跡がそこにはあった。何でその答えにたどり着いたんだっけ?そう考えていたら、遅れていた電車が到着した。





 目的の駅に到着すると、同じ制服を着た人で溢れる。友達と合流して会話をするために教科書を閉じるクラスメイトの姿を横目に、私もノートを閉じた。少し歩けば学校に着くが、前を向いてなければ人にぶつかるかもしれないなどと適当な理由をつけて、教室に行くまで勉強はしないことにした。代わりにスマホにイヤホンを挿し、動画サイトに投稿されたラジオを聴き始める。私がハマっている活動者の4人が、主に撮影の裏話だったり、最近の出来事だったりをだらだらと話している。ゆるやかな空気が流れるこの時間が大好きだった。


 私が好きな4人は、特にグループで活動しているわけではない。ただ、コラボをしたり、イベントなどで関わりを持っているためか特に一緒にいる頻度が高いように見える。年齢は公開されていないものの、ネットでは20代後半ではないかと言われている。私が好きになったのは最近だが、既に7年近く活動しており、かなり有名な人たちだ。先日渋谷にある2000人程度が入る会場でイベントを行っていた。


 私は地元の京都から東京までにかかる交通費を持ち合わせていなかったのと、学校の部活があったため参加することはできなかったが、現在流れているラジオの内容を聴く限り、かなりの盛り上がりを見せたらしい。次こそはなんとか予定を空けて参加したいなどと考えながら、私のクラスである1年2組へ足を踏み入れた。







 学年末テスト最終日。

 1限目 現代社会

 2限目 数学1


 

 最後の最後に苦手な分野にぶち当たる今日は、いつも以上にHRを行う担任の話を無視する。下を向いているだけならばクラスメートの前で名前を呼ばれて注意される・・・なんてことは滅多に無いが、今日は例え名指しされたとしてもそんなことに構っている余裕はない。


 時間が近づくにつれて周りも必死になって暗記を進めている。本番前にならなければ本気になれないこの性格はどうにかならないものか。そんなことを考えながら、ノートで不安な分野のページを開いたり、周囲の問題を出し合っている会話を盗み聞きしながら何とか要点を自分の中でまとめ、50分間の試験に挑んだ。








 「死んだに決まってるやろ。馬鹿じゃないの」


 お弁当を食べながら、数学解けた〜?と呑気に聞いてくる友達を一蹴する。問題の6割近くが応用問題で占められるなど聞いていないし、試験終了のチャイムが鳴ると同時に周囲がざわつき始めたのも、おそらく全員にとって想定外の事態だったからだろう。


「ほんまに平均点がごみであることを願う」

「間違いない」


 解読不可能な問題用紙をもう一度眺める。せめてもの部分点を頼りに計算を続けた筆跡が並んでいるだけではあるが、何も書かないよりはマシだと謎のポジティブシンキングが生まれ、どうにかなるだろうという気持ちが不安に打ち勝った。

「うわ、りっちゃん落書きしてるやん」

隣でお弁当を食べ終え、部活の服に着替えていた仲間が私の問題用紙を覗き込む。

「え、だって暇やったし。桃も書いてたやん」

まあ(解けなくて)時間余ったから〜と、呑気にしている奴=桃も覗き込んでくる。

「空さんやん」

「んだ」

「『んだ』って何(笑)」


 空さんとは、今朝私が聴いていたラジオにも出ていた活動者の1人だ。動画サイトのチャンネル登録者は100万人を超える有名人で、私が書いていたのは彼のシンボルである変顔をしたコアラの絵だった。


 「数学意味わからんすぎて死んだ。どうしてくれんの」

と再び話題を戻し、謎の怒りを周囲にぶつけて困惑している姿を楽しみながらお弁当を食べ、服を着替えて体育館へ準備に向かった。



 冬の体育館は一段と寒い。


 完全に冷え切ったポールを運び、ネットを立てる。2月ももうすぐ終わろうとしているが、未だに暖かくなる予感はしない。


 準備を早めに済ませると、各自がバドミントンのシャトルとラケットを手にし、練習開始時間まで打ち合いを始めた。体をいち早く温める方法はもはやこれしかない。テスト期間で鈍った体はショットをエンドラインぎりぎりまで打つ力を奪ってしまっていた。何とか打ち返している私に、相手コートで待ち構えている桃は余裕そうに返球をする。休みの日に個人練習でもしていたのか、体の衰えをネット越しで見て取ることはできなかった。


 桃が打ち返した球がアウトになった。私はそれを拾い、再びコートの中に戻る。一瞬だけ目に映った桃は、寒そうに手をウィンドブレーカーの袖の中に隠し、小さく腿上げをしている。お前を相手してたら体動かせへんわ!とでも言いたいのだろうか。申し訳なさを少し感じながら、緩急をつけて前後に桃を動かすことに集中した。







 キャプテンの集合の合図がかかると、それまで聞こえてきた笑い声やゆるい会話が一切なくなる。


 それまで2年生の先輩方が中心にメニューを作り上げてきたが、顧問やコーチが体育館に来た瞬間、それらを隠すように「今ここの練習までやりました」と報告をしている。やはり技術を教えてもらっている立場であるから、逆らえないみたいな部分もあるのだろう。従った方がレベルアップの可能性があるし、今の自分に何が足りないのか客観的に見てくれる人がいることは大切だと思う。


 大人の指示に従って、私もコートに入り練習を開始する。練習相手は変わらずに桃だった。ダブルスのペアであるということと、校内のランキング戦をした際、私は桃に最終セットまで行って敗れ、結果桃より1つ下の順位になって終わったと言うこともあり、打ち合う相手はほぼ固定されていた。


 技術の練習をしていると、コーチに私と桃の練習を止められた。何かアドバイスを貰えるのではないかと思ったが、桃側のコートにいるコーチが私を呼ぶことはなかった。更に、コート外にいた2年生のペアが呼ばれる。何が起こっているのか分からずにいると、桃は私とは別のコートに移動してしまった。そして、2年生ペアの1人と今までやっていた練習を別の場所で始めていた。私の前にはもう1人の2年生がいる。つまり、練習相手を変えてメニューを続けろ、という指示が出たらしい。私は従うしかなかった。


 最近、私と桃のペアだけが離れて練習することが増えた。その理由は予想でしかないが、私の技術不足が原因だろう。確かに校内戦の実力はあまり変わらないかもしれないが、試合の中身を見れば私が桃に振り回され、それにかろうじて耐え、桃ののミスを粘り強く待っているだけだった。だからこそ、技術だけの練習では相手にならないのだろう。仕方ないのかもしれないが、やはりどうしても悔しかった。





 

 


 4時間という長い練習時間が幕を閉じ、汗ばんだTシャツをそのままにして片付けに走った。あの後結局桃と共に練習をすることはなく、先輩に相手してもらってるんやから、むしろラッキーやん、という気持ちで何とかモチベーションを保つことしかできなかった。桃と練習が別々になってから、コーチは桃にアドバイスをすることに集中し、私のいたコートに来ることはなかった。「この子は強くさせたい」というリストがあるとするならば、私はその中に入ってはいないのだろう。


 そんな焦りと不安を抱えた私に聞こえてきた言葉が、「雑草魂」という言葉だった。「刈られても、踏まれても、コンクリートで塗り固められた場所でも育つ雑草のように、諦めずに生きようと強い気持ちを持つこと。今はできなくても、根気強く取り組まなければ成功には繋がらない」という顧問の言葉が、私に突き刺さった。 


 最後の集合の際に、部員に向けて顧問が放った言葉。「はい」と、その場にいた全員が返事をしたが、実際に聞き流さずにきちんと受け止めた人はどれだけいるのだろう。私自身がいつも聞き流さずにいるかというとそうではない。トレーニングの結果全身が疲労してしんどさが勝ってしまうこともある。しかし、この日は違った。私は間違っていないと思った。何度も何度も失敗を繰り返して、それでも心折れずにやり続けた人が輝ける、そう思っていたし、今の自分にとって、そうであって欲しかった。




 緊張感のあった空気から解放されると、私はすぐにイヤホンを取り出し、動画サイトをクリックする。今度はラジオではなく、全く別のミュージックビデオを流した。そこには、夕焼けが綺麗な海原を前に、薄汚れた制服を纏い、裸足のまま一冊のノートを抱えて立っている私の姿があった。テレビ出演もしているアーティストということもあり、動画の再生数は既にミリオンを達成している。今の自分が自尊心を保っていられる理由はここにあった。このミュージックビデオには歌手と私しか出演していない。私の世界。そう思うことで存在意義を貰えたような気がして、自然と心が軽くなれた気がした。


 私は現在、劇団にも所属している。そこは俳優や声優なども多く輩出され、舞台などにも力を入れている。小さい頃からテレビに出演する人になりたいと考えていた私は、両親に頼み込み、中学の頃から通い始めた。現在は部活と両立してレッスンにも通っているが、もし被った際は部活の試合が近ければ部活を優先し、それ以外は休みをもらうという形をとっていた。バドミントン部は習い事禁止などのルールは設けておらず、同学年でも週に一回休みをもらって習い事に打ち込んでいる人もいる。


 音楽が終わると、今朝聞いていたラジオを続きから再生する。体力を消耗しきった後にゆるい会話を聞いていると自然と睡魔に襲われた。しかしそれを我慢し、駅のホームで電車を待ち、それに乗り込み家路を急ぐ。テストからようやく解放されたが、やらなければならないことがあった。家にある「課題台詞」を読み込み、その監督が過去に担当した映画を見ることだ。


 近いうちに新作映画のキャストを決めるオーディションがある。正直大きなオーディションに参加した経験はほとんどなく、大概早い段階で落とされていた記憶しかなかったが、偶然に偶然が重なり、現在私は最終審査まで残っていた。


 家に着くと早速机に向かう。テスト期間中にも「課題台詞」を読み込んだりしていたが、やはりずっと手にしていないと不安になる。審査のために来週は東京まで行かなければならない。幸い部活はオフのため、気を取られずに本番に臨める。ただ、正直受かる気は全くしていない。ここまで審査が進んでくると残っている人はみんな可愛い。そして何よりキャリアが全く違う。前回くらいの審査から思っていたが、私だけ場違い感がすごい。それでも今審査を通過しているのはそれなりに理由があるのかもしれない。それが何かは本当に分からないが、できるところまでやってみようと思う。


 




 台詞をある程度覚えてきた頃、スマホが振動し、ナナさんのSNSが更新されたことを教えてくれた。今夜に生放送を行うということが伝えられ、投稿して1分しか経っていないにも関わらず、たくさんのリプライが送られていた。


 ナナさんもまた、私の好きな活動者の1人で、ラジオにも出演している。顔出しはしていないが、かなりイケメンであると、イベントを見た人は話している。


 イベントに行きたかったな。と、何度呟いたか分からない言葉がまた無意識に現れる。東京に足を運ぶだけでも、新幹線に乗って片道2時間程度かかるため、高校生一人で気軽に行けるような場所ではない。それでも、動画だけではどうしても足りない。、他の活動者仲間と生トークだって滅多に見ることができない。


 そんなことを考えていたら、次は空さんのSNSが更新された。

「今夜生放送しまーす!!ちなみにナナさんも一緒!!たーのしみだーい!!」


 2人でコラボやん。やった。そう思いながらスマホを閉じ、今度は映画を見るためにテレビを起動させた。生放送を楽しむために、今はやらなければいけないことを頑張ろうと思えた。

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