第8回 組手で取っ組み合って
ここはとある県のとある街。
そこで異彩を放つ和の屋敷。
異彩といって、屋敷としては色や形が変な訳ではない。
それでも異彩といえるのは、そこがゲーマー妖怪サティスファクション都の邸宅であるからに違いない。
そんな屋敷で、サティスファクション都は格ゲーマーの手ほどきを行っていた。
「組手をしましょうっす」
と言ったのは、小型美人格ゲーマー、大寒桜である。
言われたなり立て格ゲーマー犬飼美咲は、言われてきょとんとした。
「組手?」
「あー」
「あー」
そりゃそうだ、とサティスファクション都は思う。
「組手って言われて、対戦するってすぐ結ぶつかないわね」
「えっ、桜ちゃんと対戦!?」
いくらなんでもそれは無茶だ、と初対戦以降やや増上慢だった美咲でも理解出来る。
『ギルティギアストライヴ』の2階層で四苦八苦している自分が、一番上、所謂天上界で対戦している桜に勝てる姿は、全く思い描けない。
そういう無茶だというのは、当然桜も理解している。
だから、こう付け足した。
「ちゃんとハンデはあげるっすよ。こちらは前進はしないっす」
「……もう一声!」
まあそうよね、と桜は思いつつ、更に追加で条件を出した。
「使うボタンは二種類でどうっすか?」
「……、これは流石に舐められてるかな?」
「まー、美咲に勝ちの可能性があるならそれくらいよね」
「えっ!? これでぼろ勝ちないの!?」
まだ微妙に実力差が分かってないな、と可能性について言及したサティスファクション都は思う。
油断があれば、まだ分からないが、桜に油断はないだろう。とサティスファクション都は考える。
実際、自分と対戦をしているからこそ、そこは分かる。
常に冷静に全力なのが大寒桜という格ゲーマーだ。
その上、ハンデがある。
負けるつもりは毛頭ないだろう。
美咲がいいとこまでいく可能性は相当薄いが、かといって、絶対というのはそうそうない。
だから、もしかすると、とも思ってしまうのも無理からぬところである。
しかし、それはいくらなんでも格ゲーマー大寒桜を舐めている、とも言える。
同じことを考えていたのか、桜は突如笑顔になって、美咲に言った。
「負けるつもりはないっす」
「ひっ……!」
異常にビビられてた。さもありなんな顔だったからだ。
ということで、桜と美咲が対戦する運びとなった。
キャラ選択画面で、サティスファクション都が確認する。
「レギュレーションは、大寒は前移動をしない。そしてPとHSの二種しか使わない。これはいいわね?」
「了解」
「大寒、使うキャラは?」
「アクセルで」
「ぬぅー!」
いきなりうめき声を出す美咲。
先ほど辛酸を舐め舐めさせられたやつだから、当然ではある。
でも、と美咲は内心ほくそ笑む。こちらには既に新しい知見がある。
これを活かせばいいだけだ。
相手は動けないし、使ってくるのもPとHSだけ。
それが分かっていれば、流石に腕前の差があっても倒せるのではないか。
などと言うのが、甘い考えであることは、すぐに証明される。
試合開始の瞬間から、美咲の考えはダッシュからの攻撃だった。
さっきの話から、空中ダッシュを使いたいと思っていると考え、それを布石として前ダッシュでの詰めを選択したのだ。
だが、その程度の短慮が読まれていない訳がない。
桜は、落ち着いてリーチの長い屈Pを選択する。
「むっ」
当てられた美咲は、次の選択を考える。
そのほんの少しの間、一応しゃがみガードの態勢を取っておく。
そこに、桜が屈HSを振ってきた。これもリーチの長い攻撃である。
ガードしていたのが奏功し、ダメージは受けない。
ガードしても少し押されて、距離は絶妙にアクセルの制圧圏内である。
どうするか、と美咲は少し考えてしまう。
そこに、またアクセルの屈HSがやってくる。
これもガードで凌いでから、美咲は決断する。
地上ダッシュだ。
「ふむ」
美咲がダッシュで攻めてくる。これをやはり屈Pで止めようと、桜は動こうとする。
距離はあるから、普通にダッシュをしてくるなら、きっちり止められる。
そう判断して、屈Pを振る。
これも美咲の操作するソルにヒットする。動きが止まった所で屈HSを振っておくが、これはガードされる。
さてと、と桜は次の行動を決めつつ、考える。
ガードについては、理解し始めている段階、と言えるだろう。
サティスファクション都の先の言である、止まったらしゃがみガードをしっかり守っている。
それでダメージも減らせている。さっきのアクセル戦とは打って変わって、というのが分かっている頃合いだろう。
だが、空中ダッシュを仕掛けてこない。
それが意味するところを、桜は考える。
出来ない、ということはない。CPU相手ではちゃんとやれていた。
ということは。
結論は瞬時に浮かんでいる。
ここぞで、空中ダッシュをしようという腹積もりだろう。
それが意味することは一つ。
自分に勝とうとしている、ということだ。
そこに思考が到達した瞬間の血の沸き具合は、桜本人も自覚していないことだった。
桜は、基本的にクレーバーな方である。
本人もそう自認しているし、サティスファクション都との対戦でも語気を荒げるようなところは全く無かった。本人としては、だが。
しかし、そのクレーバーな桜をして、美咲の行動は血が沸くものがあったのだ。
それは、実力差のある桜に対して勝ちを狙っている増上慢に対してか、あるいは勝つという意識を既に持っていることに対してかは、にわかには分からないことであった。
だから、ほんの一瞬だけ、そういうのが沸き立つだけで、気づきはしなかった。
ただ、サティスファクション都はそれを敏感に感じ取り、そしてにんまりとしていた。
「っと」
美咲は攻めあぐねていた。
ここぞで、空中ダッシュをしてやろう、というつもりではいるが、どこでそれに打って出ればいいのかが分からないのだ。
なので、地上ダッシュをして止められる、を繰り返している。
屈Pの方もガード出来るようになり、ダメージは食らっていないが、それでも近づけてもいない。
どうするか。
と、考えている時間があるのは、相手が前に来ないからだ。
既にハンデが効いているのだ。
ならば、そのハンデをちゃんと使うべきだ。
そう考えた美咲は、もう一度地上ダッシュで攻める。
と、地上ダッシュで屈Pの間合いに強引に侵入。
ダッシュで突っ切ろうと見せて、そこでジャンプ。
こここそ、ここぞだ! と空中ダッシュを敢行する。
地上ダッシュを見せての空中行動。釣られて地上技を出しているはず!
という目論みで、美咲は空中ダッシュからの攻撃を。
と思ったのだが。
「あれ?」
アクセルは屈Pを出していない。
立っているだけ、いや、動いてはいる。ただそれは、屈Pの動きではない。
あらよ! とアクセルが出していたのは、立ちHS。リーチはないが、攻撃範囲が広い技だ。
この場合、空中相手に使う技としてきちんと機能するくらいには。
そこに、美咲のソルがつっこむ。
COUNTER
の文字がでかでかと表示される。
ソルの方が、迎撃されたのだ。
ゆっくりと無防備の状態になる美咲のソルに、桜は冷静に立ちPで追撃を入れる。
そして、地上に降りて受け身を取った所に、更に牽制の屈HS。焦っていた美咲は、これを食らってしまう。
そこから、桜は更に追撃する。アクセルの必殺技で、相手の後ろから捕まえるガードが出来ない攻撃が、まだ混乱して地上にはっついている美咲のソルに当たり、アクセルはソルにラリアットをぶちかます。
この一連のプレイで、美咲のソルの体力はごっそりと減ってしまった。
美咲は混乱する。完全にミスリードさせたと思っていたからだ。
「なんでえ!?」
「勘っす」
「答えになってなくない!?」
「勘で対処される程度の動きだったってことよ」
と言っている内に、美咲のソルの体力はゼロになる。
美咲は大きく言う。
「まだラウンド一つだよ!」
「言われるまでもないっすよ」
アクセルが、覚醒必殺技を使う。
「ビャクエ! レンショウ!」
美咲のソルがこんがり燃えて、SLASHの文字。
アクセルの、つまり桜の勝利となった。
二ラウンド目も、桜は危なげない試合運びだった。
跳んだところに立ちP、地上ダッシュに屈Pと、完全に決まってしまっていた。
折に触れてラリアットも決まる展開で、まさしく完敗であった。
そういう完全にしてやられた格好の美咲だったが、敗北の屈辱感以外のものも、同時に感じていた。
「あれ、これもしかしたらさっきのアクセルくらいなら?」
敗北して尚増上慢か、とも取れる発言に、しかしサティスファクション都は否定はせずに聞く。
「どの辺りにそれを感じたかしら?」
「最後、うまく潜り込めたと思わない?」
それは確かに、と桜は思う。
覚醒必殺技が刺さった場面ではあったが、もう数瞬行動が早ければ、あるいは一撃は当てられたかもしれなかった。
ハンデがあるので、桜側としては一度近づかれると覚醒必殺技、百重鎌焼以外で切り返しは辛い。
そして、それが効かなければ、そのままごり押しされる可能性が高かった。
その最後の手段を、最後の最後とは言え、出させたのだ。
桜は、そこをちゃんと評価する。
「そこはもうちょっと、思い切りが良ければもっと結果は良かったんすけどね」
「あれだけこちらの動きを止めておいてよく言うよ!
また読まれてるんじゃないか、って怯えちゃってたんだよ!?」
と、プリプリ怒る美咲に、サティスファクション都はにこやかである。
そして言う。
「でもね、美咲。実はわりと動きは良くなっているわよ?」
「本当? 担ごうとしてない?」
「してないしてない。そもそも思い出してみなさい、美咲」
「何を?」
「大寒が、立ちPを空振りしていたタイミングよ。それが試合後半になって多くなってなかったかしら?」
うーん、と美咲は試合を思い出す。
当たった攻撃は印象に強いからよく覚えている。しかし、当たらなかった攻撃となると、どうだったろうか。
ううーん、と更に悩む美咲に、サティスファクション都は助け船を出すことにした。
「リプレイ見てみましょうか」
リプレイ画面に移行し、先の美咲と桜の試合が選択される。
そして一ラウンド目をちゃんと見た美咲は、少し恥ずかしそうになる。
「的確に当てられてるね……」
「正直、この辺りではまだ読み切れてたっすからね」
「完全に相手が空中ダッシュを咎めてくるだろう、って勘違いで攻めてるもんね」
「ちょっとダッシュからジャンプ、からの空中ダッシュの拙攻感も凄いっす」
「や、止めてー!」
ほんの数分前の出来事だが、こうやって一旦遠くから見ると、無闇に恥ずかしい気持ちになる。
その上、そこでどう考えていたかを読み切られると、恥ずかしさが頂点を突き抜けてしまう。
ゆえに悶絶する美咲に対して、サティスファクション都と桜は、冷静である。
「通じなかったのがあって、二ラウンド目からは無茶は少なくなってたっすよ?」
「まあ、それでも封殺に近い感じだったけどね」
「だから止めて―!」
しかしリプレイを見れば、美咲の動きに対しての桜側の動きに変化が見られた。
立ちPが当たらないところが増えているのだ。
「流石に空振りが増えるわね」
「こちらとしては一度でも接近されるとやられちゃう可能性があるからね。
そりゃ保険もする」
「ああそうか、だから最後はダッシュで立ちPをくぐっていたんだ」
美咲が理解に達したのを確認すると、サティスファクション都は「そういうことね」といい、続ける。
「美咲が空中ダッシュをする、というのを読みだけで処理していたんじゃないのよ」
「ある程度、安全に出せる所で空振りをしていた、ってこと?」
「そうっすね」
と桜。
「さっきのアクセル戦では、空中ダッシュが無かったから屈Pしか出されなかったわけっすけど、今の試合は空中ダッシュもある。
だから立ちPもどこかで振らざるを得ない。
そして、必ず読み通りになる訳でもない。
空中ダッシュを見せて接近する、というだけで、無視は出来なくなる、ってことっすね」
「とはいえ、当て勘の精度かなり高いのよね、大寒って」
「取柄だからね」
しれっと言いのける桜に、サティスファクション都は怪鳥音を発するが、桜は当然動じない。
「とはいえ、最後のダッシュはタイミング以外はベストと言える選択だったっす」
「タイミングはちょっと駄目だったけどね」
「ほんと、もうちょい早ければ、遠Sが通ってたんすけどねえ」
「思い切りが足りなかったてことかな?」
「いや、思いきるまでの時間が足りなかった、っすね」
「判断から行動がほんの少しだけ遅かった、ってとこね。
まあ、その辺はまだまだ初心者だからしょうがないんだけど」
「結局場数の違いが出た、って感じっすね」
「なら」
と、美咲は大きく言ってみる。
「あたしでも、桜ちゃんに勝てるように、なるのかな?」
どこか悔しさも見えるその言葉の意味が沈着するまでに、数秒を要した。
それが終わった後、桜は言った。
「勝てる」
視線が視線だったので、サティスファクション都は笑ってしまった。
「そんなバカみたいにガチな顔で言うもんじゃないでしょ。逆に言うと自分が負けるのよ?」
「でも、事実勝てるようにするのが、引き込んだあたいの最低限やることだと思う」
「それを言うと、私もそうするべきってことになるじゃない」
「違うのかよ」
「……難しいこと言うわねえ」
なんだか、突然二名の様子がおかしい、と常では鈍い美咲でも気づく。
まさしく一触即発といった雰囲気である。
その微妙な沈黙を、先に破ったのはサティスファクション都の方であった。
「とりあえず、私も美咲と、あんたがやった条件でやらないとね」
「なんで!?」
雰囲気が一気に自分に押し寄せてきたので、流石に美咲も変な声を上げてしまう。
サティスファクション都はさも当然、といった風情である。
「それを為さないと、流石に同格ってことにはならないじゃない?」
「なんの格なの?」
「というか、人間と格を争うって妖怪としてありなのかい?」
「人間とか妖怪とかじゃなく、一個の格ゲーマーとしてよ!」
「あー」
「え? どういうこと? というかそこ共感出来ないんだけど?」
サティスファクション都も桜も、似たような素知らぬ顔で話を進めていく。
「さあ、さっきの条件で対戦よ、美咲!」
「流石に、さっきの条件なら桜先輩でもサさんに勝てるっすよ」
「なんか色んな意味で納得出来ない展開だよ!?」
「大丈夫よ、美咲。私は納得出来るから!」
「言ってることが全然大丈夫じゃない!」
ということで、美咲をだしにした遊びが開催される結果となった。
そこでの勝敗については、美咲は酷い目に遭った、とだけお伝えしておこう。