第七回 攻めの手と守りの手
ここはとある県のとある街。その住宅街の片隅である。
そこには、胡乱な気配を放つ、ゲーマー妖怪サティスファクション都の屋敷があった。
周りの住人からもここは変なところだ、ヤバイところだ、そう思われている屋敷の中で、サティスファクション都は格ゲーマー育成に着手していた。
黄色と黒のジャージ姿で目に優しくない、そんないでたちのサティスファクション都が言う。
「次の階梯の為には、二つ覚えてもらうわ」
「二つ」
オウム返す格ゲーマーなり立ての犬飼美咲に、サティスファクション都は頷いて続ける。
「一つは空中ダッシュ。もう一つはガードよ」
「どっちもレバー操作の話で出たやつっすね」
「確かに、そういう話はしてたね」
空中ダッシュが、ジャンプから一気に前に進む行動。
ガードは攻撃のダメージを減らす行動だった、と美咲は思い出す。
「そこを、もうちょっと掘り下げつつ、スキルアップしていく、ということね」
「スキルアップ! いい言葉だね!」
やっぱり格ゲーしてるとテンションが違うなあ、と美咲の隣に座っている、こちらも格ゲーマーの大寒桜は思う。
美咲という少女は、普段はもうちょっと、いやかなりぼやぼやというか、ちょっと危なげなぼんやりさがあるけど、ここではなんだかしっかりまっすぐ一直線だ。
若干増上慢というか、根拠が変なのに自信を得てしまう所はあるが、今はいい方向に向かっているし、無視でいいか、とも判断する。
なので、そこを維持できるように説明を始める。
「まず空中ダッシュっすね。
さっきの対戦で思わなかったっすか?
地上走っているだけでは近づけないって」
「……ひょっとしてエスパー?」
やたらに慄く美咲に対して、サティスファクション都は淡々と理由を述べる。
「見ればわかるし口にも出してたわよ。
ダッシュで近づけないー! ってね」
「そして実際その通りでしたっすね。
最終的に、ダッシュするとこに攻撃を置かれてどうしようもなくなってたっす」
「そうなんだよ、ダッシュで接近するしか出来ないのに、それを止められてどうしろと!?」
テンションが高いまま、悔しさそのままの美咲に、桜は柔らかく諭す。
「そういう時に便利な接近手段。それが空中ダッシュっすよ」
「元々」
と、サティスファクション都は大仰に続ける。
「ギルティギアシリーズは空中行動の多彩さが売りよ。
二段ジャンプやハイジャンプ、そして件の空中ダッシュがあるのがシリーズ通してのポイントだったわ。
それは、『ギルティギアストライヴ』でもほとんど変わらないわね」
「事実上はちょっと変わってるっすけど、美咲先輩は初ギルティっすから、これを標準と思ってもらって構わないっす」
「で、この空中ダッシュを使う、というのを美咲には覚えてもらいたい訳なのよ」
「まず練習っすね」
隙を見てスティックを奪っていた桜が、画面をトレーニングモードに移行する。そして、ダミーをCPU設定に変更した。
「これに、空中ダッシュで近づいてくださいっす」
スティックが手元に返却されると、美咲が強くレバーを握り、画面に挑む。
「空中ダッシュは、ジャンプして前2回、だったよね……」
そうすれば、一瞬の停滞の後、ソルは前へと高速移動する。
何度かそれを繰り返し、美咲は気づく。
「そうか、これで攻撃の上から行けばいいんだ!」
「まあ、アクセルの場合はちょっと高めで空中ダッシュしないと、Pに当てられちゃうこともあるけどね」
「でも、希望が見えたよ! これで勝てる!」
「まだそれだけじゃ勝てないっすよ。そこから攻撃を出さないと」
明らかさまにマジで!? の顔な美咲に、マジよ! と顔で答えるサティスファクション都。明らかに美咲には通じていないが、話には関係ないので問題ない。
「ソルで空中ダッシュから出すなら、SかHSね。
Sは攻撃範囲が広くて。HSは二段技。
だからどちらも地上行動に移行しやすいわ」
言われて、美咲はジャンプSを振る。早く出し過ぎて、ダミーに当たらない。
「美咲先輩、落ち着くっす。
相手の近くで振らないと、相手には当たらないっす」
「それはそうだね!?」
やや混乱が見られるが、言われてその辺を修正して、ジャンプSをダミーにぶち当てる。
「よし、当たった!」
「から、もう一段しないといけないわよ、美咲。
折角飛び込めても、それで終わっては勿体ないわ」
「つまり?」
はてな? となる美咲に、サティスファクション都は道を示す。
「着地すぐに地上のSを出すのよ。
そしてそのSからHSに繋ぐ。
さっきまでやっていたことの延長戦でしょ?
これで飛び込みからのコンボを狙ってダメージを取るのよ!」
「これはさっきのヒット確認の方も応用できるっすよ。当たっていたら」
「バンディットリボルバーだね? 分かっているよ!」
一連の動作をする美咲。流石に色々やっただけに、形にはなっている。
「バンディットリボルバー!」とコンボを締めて、美咲は得意満面である。
「この一々ドヤるの、流石に矯正した方が良いのかしらね」
「そういうコーナーじゃないだろ。褒めて伸ばせ」
そうね。とサティスファクション都は言葉を受け取り、実際に褒めそやし始めた。
「流石ね、美咲。あなたには天凛があるとは思ったけど、ここまでとは思わなかったわ」
「フフフ、そうだね。あたしやれるね?」
「そうね。でももうちょっとやれるようになる行動も、覚えておいて損はないと思わない?」
「このあたしに、まだ足りない所が?」
増上慢はおっかねえなあ、他山の石、他山の石、とわりと酷いことを思いつつ、それはおくびにも出さずに、桜は美咲に告げる。
「そうっす。ガードが足りてないんすよね」
「ガード? あのダメージを食らわないように動く臆病者のあれ?」
増上慢する原資がないのにそれをする、その様に恐怖すら覚える桜だが、努めて冷静に、事実だけを告げる。
「そのガードが出来てないから、最初から苦戦してるんすよ?」
「……、マジ?」
「本気と書いてマジレベルでマジっす。防御出来てたら、さっきのアクセル戦は全然ましまであったっす」
そう言われ、美咲は桜とサティスファクション都に食ってかかる。
「なんでそんな大事なことを教えてくれなかったの!?」
「壁を見てからの方が、身が入ると思ってね」
サティスファクション都は当然、ある種実験めいて見ていたことだったとは言わない。が、それはそれでどうなんだという言い訳である。
むしろ実験だったの方が良いまであるのではないか?
そう桜は考えるが、そこをグダグダしても時間の無駄と見切り、冷静に美咲に語る。
「何事も必要性から生まれるものっすよ、美咲先輩。失敗は成功の母っす」
我ながら、これはこれで口から出まかせだな、とちょっと自嘲もする桜に、美咲ははてな? と問いかける。
「……そういうものかな? でも転ばぬ先の杖とも言うじゃない?」
そもそもそういうのは何でも言えてしまうのがことわざである。
のだが、そこを上手くサティスファクション都は取り繕う。
「美咲は転んだ方が学習力が上がるタイプでしょ?」
「そうかな? そうかも!」
サティスファクション都の扱いの上手さに、桜は驚く。
美咲のちょっと図に乗りやすいとこをきっちりと突いた格好だ。
下手に妖怪だとか長生きだとかしている訳ではないのだ、と納得するばかりである。
そんな微妙な畏怖を受けていると知ってか知らずか、サティスファクション都は力強くいう。
「いい、美咲? 格ゲーにおいてガードは超重要よ!
ダメージをくらわない。
ならば体力がゼロにならない。
つまり負けない!
その為にガードと言う概念はあると言っても過言じゃないの」
「成程」
無駄に大きく、分かっていなさそうにうなずく美咲に、サティスファクション都は、だけど、と留保を入れる。
「ダメージを全く受けないで勝つ、というのは理想だけど現実的ではないわ。
どうやっても、どこかでダメージは受けるものなの。
でも、だからこそ必要ないダメージを受けない、というのは重要なのよ。
無駄にダメージを受けなければ、当然体力が残る訳だから、強引な手も出来るようになる。
そうすれば、当然勝ちやすくなるのよね。
畢竟、ガードはすれば勝てる可能性が高くなる、という訳なのよ」
「無駄なダメージを減らす行動を出来るようになれば、どうしても食らうダメージを総量を減らすのも、その延長戦上で可能っすね。
まあ、これはこれで大事な思考っすけど、さておき、まずはすぐに効果がある、要らないダメージを減らすことを考えるべきっす。
その為にはまず、ガードを意識する。
これが重要になってくるんすよ」
やや大上段な物言いに、美咲は見るからにうろたえる。
そんな重大なことを、今さっきディスったのか、という感じである。
基本いい子なのではある。
しかし、こういう風に少し脅し付ける形になったのにはなったなりの理由がある。
深い意味はなく、単純にそういうレベルで重要だということだ。
格ゲー技術の半分はガード技術で出来ているのだから。
それはさておき、サティスファクション都は桜の強弁の効果を確認しつつ、続ける。
「といって、ガードの練習というのは中々難しいのも事実」
「なんで?」
「実戦的なガード、というのはどうしても実戦の中で身に着けるものだからっすよ。
実戦的なのは、つまり相手がしてくる行動に対してどうガードをするか、という形が主っす。
ああいう行動するからこうガードする、っていうのの積み重ねっすからね。
つまり、相手があってのことなんすよ」
「相手がしてこないことを防御しようとしても意味がないのは分かるわよね?
一応、相手がしてきたら、それに対する方策は立てられるけど、全くの初見でされたら、それをガードする事は純粋に技量やガード勘に頼るしかない。
だから、そういうのはまず実戦で身に着けるしかないの。
でも安心なさい、美咲。
あなたのガード能力はそれ以前よ!」
若干のこける仕草をする美咲は、つい問う。
「それって安心できることなの?」
「逆を言えばこれからの伸びしろが大きいのよ。
その伸びしろ、というのも簡単だから、より安心ね?」
そう言いつつ、サティスファクション都はホワイトボードに板書する。
文言は簡潔だった。それをサティスファクション都は口頭でもする。
「止まる時は後ろ斜め下を入れておく! これが基本ね」
簡潔過ぎて、桜としては文句も言いたいところだが、これ以上の機微をし出すとそれはそれで沼とも言える。
ガード自体は簡単にできる行動だが、その広がりというのはどのゲームでも広いものだ。
そのゲームの色々なシステムや仕様によって、防御技術というのは出来上がっていく。
まずゲーム理解を根本からしていかないと、防御技術というのは安定しない。
普通のガードすらも、一見簡単な事象に見えて、深堀するとハマってしまうくらいに奥がある。
そして『ギルティギアストライヴ』は新作な上に、これはβ版だ。
どのように広がるか、どのような奥があるのか、まだ分からないとこだらけなのだ。
となれば確かに、止まる、止まっている時には後ろ斜め下、は一つの解とは言えよう。
動きを止めている時に、ただ立っているのではなく、ガードを入れているというのは、それだけ重要な状態なのだ。
そして、これは初心者の美咲であっても簡単確実に出来る事であり、ガードの利点を感じることも同時に可能だ。
なので、サティスファクション都の言は、初心者の美咲においては、理にかなっている、と言えるのである。
閑話休題。
サティスファクション都は告げる。
「美咲の動きだと、止まっている時にガードしてない状況が多いのよね。
さっきの対戦でも、どうしようかと迷っている時に攻撃を食らったり、あとは起き上がりなどで動こうとして食らう、と言う場面が大半だったわ
いい美咲? 動けない時に動こうとするのは愚策ってやつなのよ。
特に起き上がり、倒れてから立ち上がる時は動けない所から動こうとするとこだから、焦るのは分かるけど、まず様子を見るのが安全策ね」
ということで、とサティスファクション都はホワイトボードに更に記載する。
そして声にも出す。
「ガードをして様子見はどこでも役に立つ、ね。
これは単に立ち上がった時だけじゃなく、攻める前に一旦様子を見るとか、相手の起き上がりを見る時にはガードを入れておくのが一番お薦め出来る行動、ってこと。
近くでもだけど、相手が遠くても、相手が突然突進技を打ってくるとか、飛び道具を使ってくるとか、あるいはリーチの長い技を使ってくるとか、そういうのが結構あるから、それに無駄に当たらない為に、ね。
まだ美咲には相手を見るは難しいかもだから、とりあえずまず様子を見るタイミングを作る、というのから始めるといいと思うわ。
そう言う時でも、とにかくガードをしながらを意識すること。これね」
むむむ、と美咲は唸る。少し詰め込まれ過ぎているのだ。
色々と要素が出てきて、混乱している。空中ダッシュとガード、重要な要素を二つもぶちこまれているので、そうもなろう。
そこで桜が渡し舟を出す。
「さっきのアクセル戦で言うなら、空中ダッシュは相手の地上のリーチの長い技を回避しつつ攻める、と言うモノ。
空中ダッシュと地上ダッシュを使い分けると、地上技だけで封殺されるってこともなくなると同時に、逆に空中ダッシュを封殺される可能性も減るっす。
攻めの選択肢が増える、ということっすね。
そして、ガードは遠くからの攻撃のダメージを減らす、という守りのモノっす。
相手のリーチが長いと分かってガードすれば、無駄なダメージは減らせて、自動的に攻めの時の許容するダメージも変わってくるっすね。
守りが出来る、というのはそういうことっす。
つまり、ジャンプ行動で攻撃力を上げ、ガード行動で防御力を上げる、という感じっすね」
いい渡しだったので、サティスファクション都は感服といった風に「その通り」と。
「そういうスキルアップ、ってとこね。どっちもまだ深堀りは出来るんだけど、とりあえず最低限これだけは、ね」
「十分深い所に居る気がするんだけど、まだあるの?」
「何事も生半では極められないわ。それは格ゲーも同じよ」
「これでもとば口、初歩ってとこっすからね。
まあ、そういう細かい話というのはおいおいっす。
とりあえずジャンプとガードも意識して立ち回るというのがどれだけ負荷が高いか身をもって知るところからっす」
「CPUを相手にするのはどうなの?」
先ほどから、美咲はCPUが動かすキャラ相手に、ガードしたり追いかけたりをしている。これで十分なのでは? と美咲は問うているのだ。
それに対して、桜は否定をする。
「さっきも言ったっすけど、意図した場所にいやすい相手に空中ダッシュしても、対戦相手がしてこない行動をガードしても、どちらもしょうがないっす。
空中ダッシュの勘所も、ガードのポイントも、実戦的なとこでないと、意味がないって、あたいは思うっす」
ということで、と桜は言った。
「組手しましょうっす」