二回目 格ゲーの基礎の話を嬉々とする格ゲーマーの姿である
ここはとある都市の住宅街。閑静なその場の片隅に古くからある和の建築物。
そこがゲーマー妖怪サティスファクション都の屋敷である。今日も今日とて、不穏な空気をセルフで頑張って出しています。
その屋敷の中で、一人の少女がゲームに興じている。格ゲー大好きっ子、大寒桜だ。小さい体が、正座でちょこんと座ると、より小さく見る。端正な顔立ちとおかっぱヘアで、日本人形じみた雰囲気すらあった。
その隣で、悔しいの表情で共にいるのが、この屋敷の主、サティスファクション都である。今日もモデル美人めいた姿だが、それが悔しい憎らしいで顔を一杯にしているので、中々にレアリティのある物件となっている。
何故このように? というのは単純で、二者は格ゲーで対戦をしているのだ。当然、負けている方が悔しがっている方である。
吠えるサティスファクション都。
「ぬがー! 通らん! なんも通らん!」
「通らないじゃない。通してない」
「わーっとるわ! でも通らんでいいの!」
などと和気あいあいである。
先日の対戦結果により、プレイ時間の大体を桜に取られた格好のサティスファクション都だったが、桜が帰って場にいないタイミングでモリモリと対戦をし、腕前を上げてきている。寝なくてもいいという、妖怪らしいスキルも発揮してまでやっている。
だが、それでも桜の位置は揺るがない。結局、『ギルティギアストライヴ』のオープンβが接続不良だった時間が結構あったお詫びとして、期間が延長された最初の日である本日に至っても、大体の時間は桜がプレイしている状態である。
しかし、そこでサティスファクション都は一計を案じた。
結局一緒にプレイするなら、問題は無い。つまり対戦すれば自分も出来る。それにようやく気付いたのである。サティスファクション都の従者でこちらもゲーマー妖怪のニシワタリなどは今頃? と阿呆を見る目でをしていたが、それくらいで挫けるようなゲーマー妖怪、サティスファクション都ではない。
「もう一戦よ!」
そういうサティスファクション都に、意気挫けねえなあ、と思いつつ、桜は答える。
「妖怪のサさん、もう一戦が何戦目?」
「過去はいい。今は、今しかないのよ!」
「……それは違いない」
そうしている和室に、入室者があった。サティスファクション都の友人、犬飼美咲である。茶色のショートボブが犬を彷彿とさせる娘である。
「都ちゃーん、負けてる?」
「入室一発目の台詞として、それはおかしくない!?」
「ぶふっ」
瞬間的な憤怒を見せるサティスファクション都に対して、桜は噴出してしまった。
「ちょっとしたウィットだよ?」
「富み過ぎ! 完全にアオリじゃないの!」
「ぶふっ」
怒るサティスファクション都に対して、桜は更に噴出してしまう。
「てか、大寒! あなたも笑い過ぎ!」
「笑わないって無理。ぐふふ」
「……ッ!!」
と、ブチ切れるかと思われたサティスファクション都だが、確かにその域まで表情は進むものの、最終的には溜息一つで決着した。
「切れない?」
「案外体裁を気にするからね、都ちゃん」
「そういうのではないわよ!?」
結局はキレ気味で片が付いたところで、サティスファクション都はおもむろに言った。
「城は?」
「うーん、今日は来ないんじゃないかな? 剣道部の試合が近いとかだったはずだよ。たぶん明日だったと思う」
「そりゃ来ないわね。……ニシワタリは用事で出てるのよねえ。ということは」
サティスファクション都は恐怖を顔に出して言う。
「今日はこの三人、で……!?」
「慄くことはないんじゃね?」
「慄くわよ!」
サティスファクション都は大げさに言い、更にもう一段大げさに言う。
「今日はツッコミが私しかいないのよッ!?」
「あたしはツッコミってたちじゃないからそうだけど、桜ちゃんはボケボケなの?」
「どっちかっていうとあたいもボケだとは思うっす。でもこの妖怪のサさんがツッコミ?」
「確かに都ちゃんはボケ体質だよね。今の言動からしても」
「そこは否定するわよ!?」
「そういうのは、どうでもいいんだよ」
「ワッザ!?」
「うんやっぱり犬飼先輩もサさんもボケだ」
「んな事はないわよ!」
力いっぱいサティスファクション都が否定を入れてくるが、そこで、サティスファクション都は無視して、桜は美咲の雰囲気を察する。
「なんか、あたしに聞きたいことでもあるっすか、美咲先輩?」
常に単刀直入な美咲にしては、少し逡巡があった。しかし、それも少し。気持ちを入れて、美咲は聞いた。
「うん。うん、そうなんだよ。あのさ、この前、格ゲーの何が面白いのか、って聞いたけど、返答が物騒だったじゃない?」
「まー、相手を殴殺撲殺するのが楽しい、って物騒以外何ものでもないっすね」
「おしなべて、対戦系をするゲーマーは物騒よね。すぐ暴言吐くし」
うんうん、とサティスファクション都と桜は頷きあう。
それを微笑みを持って見ながら、美咲は言った。
「でも、でもね。あたしはそれを聞いて、面白そうって思っちゃったんだ」
「……ほう」
サティスファクション都か桜か、どちらかは分からないがそういう声が漏れた。
「これは、布教しどころじゃないかね、妖怪のサさん?」
「沼に引き込むには、美咲というのは都合がいいわね……」
「知り合いに手ほどきする、というのは、実は一番の布教」
「となれば」
と、サティスファクション都は立ち上がってベガ立ちして曰く。
「早速だけど、美咲に教えてあげましょう。格ゲーというものを!」
「いや、そこまで大きく出られると逆に」
「黙らっしゃい! 言い出したのは美咲よ!」
そういうことになった。
大モニターの前に、三名が並び座る。モニターには『ギルティギアストライヴ』のメニューが映っている。
まず、とサティスファクション都はモードをトレーニングに挿げ替えつつ、始める。
「美咲の格ゲー経験って、さっぱりでいいのよね?」
「完全な初心者とはあたしのことだよ?」
「ノリがいいっすねえ」
「それなら、まず基本のキから始めましょう」
「何が、キになるのかな?」
「当然、レバー操作っすよ、美咲先輩」
「そしてボタン操作ね。そこが出来なければ何も出来ないわ」
そう言うと、サティスファクション都は、既にキャラクター選択を終えた状態で、手元にあったアーケードスティックを美咲に手渡す。
「と言う訳で、まずはレバー操作とボタン操作についてやっていくわよ!」
そして、サティスファクション都は指示をする。
「まずレバーをキャラクターの向いている方向、この場合は右。そっちに倒すと前進よ!」
「流石にそれくらいは分かるよ。逆に入れると後退だね?」
言われるままにスティックを操作して、美咲はキャラを前後に移動させる。
「その通り。中々筋がいいわよ」
「これで引っかかるとかなり長い話になりそうだから安心したっす」
「あたし、わりとポンコツに思われてるのかな?」
「次はレバーを下に入れるのよ、美咲」
無視するサティスファクション都に言われるがままにすれば、操作キャラクターはかがんだ状態になる。
「これが所謂しゃがみよ。これ単体で使うことは少ないけれど、覚えておいた方がいい状態なので覚えておきなさい」
「ふむふむ」
「次は上っすね、美咲先輩」
言われるままに上にレバーを入れると、キャラクターが跳ねた。
「それがジャンプ。上だけなら垂直ジャンプ、斜め前なら前ジャンプ、斜め後ろならバックジャンプよ。これも頻出する単語だから覚えておきなさい」
次は、とサティスファクション都は美咲からレバーを拝借すると、メニュー画面を操作する。そして、手早くダミーの設定を2P操作に切り替える。
そして、メニューを閉じて言う。
「美咲、ちょっと後ろにレバーを入れていなさい」
「はーい」
すると、サティスファクション都は操作キャラで美咲を攻撃した。しかし、攻撃によるダメージは無い。防いでいるのだ。
「それがガード。通常技ならダメージを受けず、必殺技でも削りダメージしか入らない、格ゲーでは大変重要な行動よ。現行の格闘ゲームほぼ全てで通用する行為だから確実に覚えておきなさい」
「ちなみに、しゃがんでいる時に後ろ、つまり斜め後ろの下方向にレバーを入れていれば、しゃがみガードになるっす」
「ふむふむ」
「次は素早く前に接近するダッシュ。美咲、前に素早く二回」
「はーい」
美咲は言われた通り、前に素早く二回、レバーを倒す。カコカコっとすると、キャラクターは前に走り出した。しかし、それはすぐに止まる。
「ダッシュは前に二回レバーを入れるんですけど、長く走るならずっと前にレバーを倒してないといけないっすよ、美咲先輩」
「ふむふむ」
言われてすれば、確かにキャラクターは走り続ける。
「今度は逆に後ろに二回よ、美咲」
そのようにすると、キャラクターが後ろにすっと飛び退いた。
「それがバックステップ。基本的に素早く相手と距離を取る為のものよ!」
「ゲームによっては無敵時間、簡単に言うと攻撃が当たらない時間があったりするっすよ」
「ちなみにジャンプ中もダッシュできるゲームもあるわ。この『ギルティギアストライヴ』もその一つね」
言われ、美咲は試しにジャンプして前二回。一瞬の停滞の後、前へキャラクターは一気に進んだ。
「ふむふむ」
「レバー操作は大体そんな感じね。じゃあ、しばらく動かしてみなさい」
言われ、美咲は適当にキャラクターを動かす。
楽しそうにするそれをしばらく見ながら、サティスファクション都はいう。
「初々しいわ。やっぱり、最初は移動するだけで楽しいものなのかもね」
「もうかなり昔に無くした感覚だね」
「だからこそかしらねえ。こういうの見るとほのぼのするのは」
しばらくレバー行動を堪能した美咲に、サティスファクション都は告げる。
「次はボタン操作よ!」
「これはまあ、ボタンを押すだけなので、レバー操作よりも更に分かり易いっす」
「でも、ゲームによってどのボタンでどのタイプの通常技が出るかとかが違うから注意ね」
「このゲームではどうなの?」
美咲の問いに桜が答える。
「まず、このゲームの使うボタンは基本五つ。それぞれパンチ、キック、スラッシュ、ハイスラッシュ、ダスト、というものっす。
まず、パンチ。今の配置は、ここっすね」
と示されたところを、美咲は言われるがままに押す。キャラクターがパンチらしき行動をした。
「パンチは基本的に威力は低いっすけど、出るのが早い。格ゲーマー的には発生が早いって言うっす」
「発生が早い」
「この辺の話を突っ込んですると長くなっちゃうから今は省くけど、発生って言い方は今後頻出するから、ちゃんと頭に叩き込んでおきなさい。出る早さ=発生って感じよ」
「はーい」
「しゃがみ、ジャンプの分も大体発生が早くて、リーチはない、って感じっすね。」
「次、キック! 略するとKになるわね。位置は、今はパンチの上ね」
押す。足を使った攻撃をした。
「これが、キック」
「キックは意外とキャラによって性能にばらつきがあるんだけど、大体パンチと同じくらいの発生と、パンチ以上の派生の広さを持つわね」
「今回のギルティギア、足払いとかのD類、ダスト類っすね、これに派生できるルートが極端に少ないんすよね。なので足払いとかを狙う場合は大体K類からの派生になるっす」
「足払いとダストは後で話すから置いといて、とりあえず色々次の行動に派生しやすいのがキックだと思っておけばいいわ」
「はーい」
「それとしゃがみKは下段になる、というのも覚えておいてくださいっす。キャラによっては貴重な下段要素なんす」
「はーい」
若干理解しているのか怪しいと、サティスファクション都は思うが、どうせやっていれば嫌でも覚えるだろう、という楽観論を自分の中に打ち立てて、次に続ける。
「次はスラッシュっす。キックの右隣がそれっすね。ここから武器で攻撃するタイプになるっす」
「スラッシュの特徴は、立ちだと近距離版と遠距離版があることね」
「何か違うの?」
「大いに違うわ。同じ立ち技だけど性能が全く別物なの」
「基本的に、近距離版、近Sって言うっすけど、これは発生が早いけどリーチがないのがほとんどっす。対して遠距離版、遠Sっすね、これは発生はそこまでではないっすけど、リーチに優れる技が大半っすね」
「特に遠Sはその発生とリーチの関係で、手軽に振れる牽制技として使う場合がほとんどね」
ぶんぶん、という感じで、美咲は遠Sをぶん回す。
「ふんふん」
何か堪能しているようだ。無視して、サティスファクション都は続ける。
「しゃがみスラッシュは大体姿勢の低い牽制技、ってパターンね。コンボとかに使う場面が多いわ。ジャンプSも牽制向きのキャラが多いわね」
桜が続けて次のボタンの説明をする。
「次はハイスラ、ハイスラッシュっすね。今の配置だと、スラッシュの右隣のボタンっす。これはキャラによってかなり差があるっす。そのキャラの特徴に見合った性能っすね」
「リーチも威力もキャラによってまちまちね、極端に長いのもいれば、それほどでもないのもあるわ」
また、ぶんぶん、と言う感じで美咲はHSをぶん回す。
「ぶん、ぶんぶん」
存外に楽しそうである。何か分かっていないのでは? という言い知れぬ不安はどうしても付きまとうが、困った時にまた話せばいいや、と桜は心配をぶん投げて、続ける。
「最後にダスト。これはハイスラッシュの下のボタンっすね。これは、ちょっと特殊な攻撃を出すボタンになるっす」
「特殊?」
オウム返す美咲に、桜が続けて説明する。
「立ってのダストボタンは、そのままダストアタックっていう中段攻撃になるっす。対して、しゃがみダストは下段でダウン効果の足払いになるっす」
「どちらも色々使い道があるけど、まあ今はまだそういうのがある、っていうふわっとした理解でいいわ」
「はーい」
そして美咲は言う。
「大体分かった」
もやし感であった。
しばしの硬直の後、呆れながら、サティスファクション都は苦言を呈す。
「アナタねえ、それを言うと絶対分かってないフラグだから止めなさい、美咲」
言われ、「分かってるもん!」とぶーたれる美咲に対して、桜はおずおずと切り出した。
「それに、まだキャラクターの全ては話してないっすよ」
「な、なんですって!? もう十分沢山の情報量だよ!?」
「そして落ち着いて聞いてください。まだ情報は最大でもこのキャラの二分の一くらいっず」
「待って? 多くない? あと残り二分の一は多くない? これだけでも結構あったのに、後5割? あとこのキャラのって何?」
「そうよねえ、格ゲー、覚えることが多いわよねえ」
「ある程度格ゲーを嗜んでいれば、情報に対する身構えも出来るし応用も出来るけど。初めてだと困惑はあるのもしょうがないっすね」
「答えが返ってこないか?」
「まあまあ。とりあえず、通常技がどんなものかは分かったすね?」
「うん、分かった。大体分かった」
「……。しゃがみとジャンプでも攻撃が違うのも分かったすか?」
「なんか適当にやってたら動きが違ったね。大体分かるよ?」
「で、通常技と言う言葉に何か引っかかりません?」
「……通常以外の何かがある訳? あっ、さっきも必殺技みたいな言葉を聞いた気もするけど、まさか」
「その通り。このゲームには必殺技、及びゲージを使う覚醒必殺技というのがあるんす」
「ふえー、まだ覚える事があるの?」
桜は頷く。そして厳しめなことを言う。
「端的に言えば、今覚えていることは、自転車に乗る時に補助輪付けた上で後ろを持っていてもらっている状態くらいの、ド初歩っす。そもそも、通常技の使い分けとか言ったら、はてな? ってなるでしょ?」
「うん、使い分け、って言葉の意味は分かるけど何を使い分けるのか分からない」
「そういうことよ、美咲。あなたはまだ、格ゲー道に入門したて。階段で言えば一段目に足をかけたに過ぎないわ。でも大丈夫。この格ゲーと言う階段を、きっちり登りきらせてあげるわ!」
そう、どこか虚空に向かって見栄を切るサティスファクション都に、桜がわあー、と手を叩く。
これはどうやら、何かを失敗したかもしれない。そう思う美咲であった。