戦意途絶えることなく、その姿鬼神のごとし 2-8
アレクセイの掛け声とともに前進を始めた中隊は、少し進んでから小さくはあるものの数度の銃撃音を耳にした。それは尾久利たちが斥候と認識し排除したソ連兵であり、中隊からすると功労者だった。なぜなら、関東軍の所在を明らかにしたからだ。
――銃撃は続いていた。重機関銃の存在が考えられるな…。
森林潜む敵部隊の発見と犯罪者の処刑の両方を同時に果たせたのだから、これほど有意義な使い方はない。特に、少しでも敵の規模の情報が入ったのだから決して無駄ではない。少し残念なのは彼らに持たせた短機関銃の行方だが、土埃が機関に入り込むこの環境では小銃の方が使い道がある。
そう考えながらさらに進むアレクセイとその部隊は、前方からこちらに向かってくる兵士を視界に入れた。
片足を引きずりながら一切の武器を持たず向ってくる姿は、さながら生きる屍かのようだ。
――斥候に出された罪人。
ダニイールはそう思い、改めてその兵士を哀れむ。
「嫌だ、死にたくない。嫌だ、死にたくない……」
独り言を口にしながら、やがて彼は中隊に気付いた。
「中隊長!傷の手当てを、お願いしいます。もう絶対に軍規を乱し……!」
突然のことだった。
モシン・ナガンから放たれた7.62mmの弾丸は、兵士の頭を撃ち抜いた。それまで生者だった存在は、今では死者だ。
アレクセイは小銃から排莢し、何事もなかったように前進を続ける。部隊もまた彼についていく。
――これが、犯罪者の末路なんだ。
満州侵攻が始まった後も後方勤務が主だったダニイールにとって、入隊してから初めて見たその光景は、彼がその人生を終わるまで決して忘れることが無かった。そして、より一層軍規を守り、立派な兵士になることを誓った。
「BTを突撃させる、中隊はそれに続き攻撃を開始せよ」
アレクセイが淡々と命令を下していく。いくら朝鮮まで日本軍を追い返したといっても、彼らはまだ戦意を保っている。決して日本軍を油断してはならないのがソ連軍人共通の考えである。それを忘れた兵士は無惨な死体となってこの地に帰り、あるいは精神に異常をきたし死んでいった。
一方のダニイールは実戦経験がほとんどなく、今回が事実上初陣とも言えた。不安はある。しかし、同志アレクセイをはじめ多くの仲間が日常のように足を進める姿を見て勇気づけられる。
――みんながついていてくれる、と。
BTシリーズの快速戦車が前を進む。
兵士が後に続く。
同志アレクセイ中隊長が先頭を進む。
兵士が後に続く。
青年が進む。
兵士の後に続いて。