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勇介という少年

無機質で微かに消毒液の匂いが漂う病室。少年はそこで眼を覚ました。

瞼を擦ろうと動かした右手が痛む。左腕も、足も、身体のあちこちが痛む。そうだ。爆発に巻き込まれたのだ。今はいつ頃だろうか。

首を動かすと、椅子に座る1人の少女が眼に入った。自分よりやや歳上だ。

「なんでここに?」

眠気が残る事もあり、いつもより不機嫌な声で彼、勇介は問いかけた。

「起きた?まだ痛むだろうけど、すぐ良くなるって。」

少女、詩音は椅子から立ち上がり、ベッドに近づいて勇介の顔を見下ろした。

「そうか。」

短く答え、彼はベッドから降りようとする。

その手を、詩音が掴み制止した。

「まだ安静にしてないと。」

「余計なお世話だ。」

手を振り払い、強引に降りようとする勇介。だが、彼は顔をしかめ、動作を止めた。

「くそ………」

予想以上に身体が痛んだ。彼は悪態をつき、渋々ベッドの中に戻った。

「……………………なんで、あんな危険な事したの?1人で突っ込んで行って………」

数秒の静寂の後、詩音は彼に話しかけた。

「関係ないだろ。」

顔を背け、ぶっきらぼうに答える。

「教えてくれない?」

「誰に言われて来た?誰の命令だ?」

「え?」

「どうせ誠一さんとかその辺りだろ?事後処理とか調査って事で。」

「確かに誠一さんは気になるって言ってた。でも、今ここにいるのは、私の意思。私が気になったから。」

「ほっとけばいいものを…………」

彼は深くため息をついた。

「知ってどうする?そんな事。」

少しして、勇介が訊いた。

「突っ込んで行ったのは勇介君の作戦でしょ?だったらそれを知る必要があるの。それにまた1人で敵に近づいて、怪我して、最悪……………………」

ここぞとばかりに、詩音は畳み掛けた。彼の意思を聞ける唯一のチャンスだと思ったからだ。そこで慌ててしまい、逆効果だったかと詩音は後悔した。そして、「最悪」の先は言えなかった。言いたくなかったし、言ってはいけない気がした。

「俺が怪我しようが死のうが、アンタには関係無い事だろ?それに、化物屠って死ねるならそれでいい。」

「そんな事ないよ!仲間が死んじゃったら嫌に決まってる!何で分からないの!」

詩音は思わず声を張り上げた。彼女の予想外の行動に、勇介は眼を丸くしていた。

「……………………ごめん。」

椅子を引き寄せ、彼女は静かに座った。だが、真っ直ぐと勇介の目を見つめたままだ。

「引き下がる気はねぇか…………」

彼は詩音に顔を向け、静かに口を開いた。

「俺はな、あいつらを殺すしかねぇんだよ。」

「殺すしか無いって…………?」

「ここが俺に残された最後の居場所なんだよ。家でも、学校でも無い。」

話す内に、彼の声は小さく、顔は下を向き始めた。

「よかったら教えてくれる?話すだけでも、楽になるかも知れないから。」

再び詩音が詰め寄る。何としても彼の胸の内を知りたい、むしろ知らなければならないと言う使命感だ。好奇心もあったが、興味本位で訊いていい事なのか、彼女は不安だった。

「この事は他言するな。何の感想も言うな。アンタには分からないだろうからね。」

そう言って、勇介は静かに語りだした。



「学校では下らないお遊びの相手にされる。反撃しようもんなら、数で潰される。家に帰れば母親からの理不尽の連続。帰らなければ『親に逆らうのか』って言われる。その毎日さ。」

静かに、彼は自分の境遇について語った。それは詩音の想像を遥かに超える物だった。彼がここを「最後の居場所」と言うのも納得ができる。ただの無鉄砲な少年だと決め付けていた物が根本から崩れ去った。もっと深く、暗い、深海か洞穴の様な理由があったのだ。

「ごめんね。辛い事話させて。」

「気にすんな。」

「ならよかったけど………でも、どうして話してくれたの?…………ごめんね、質問ばっかりで。」

少しでも場の重く暗い空気を晴らそうと、詩音は少し笑って見せた。

「アンタとの距離が丁度いいって思ったからだ。ノリで話しかけもしないし、自分なら解決できるって自信も感じない。それに、今の俺は動けないから、話すしか無いだろ。」

ノリで話しかける。恐らく由莉の事だ。冗談の好きな彼女は、勇介の過去や、彼の重苦しい雰囲気を恐れ、拒んだに違いない。そして、話題を逸らした事だろう。

解決できる自信は誠一や六花の事だろうか。彼らなら良いアドバイスや打開案を与えたはずだ。だが、年上の彼らの優しさと自信が、彼には不愉快だったのだろう。

「…………そっか。」

では、どうして彼は危険な戦い方をするのか。彼女はそれを質問した。

「ここならクラスの馬鹿共とも、クソみたいな親とも会う必要が無い。でも、ここに居るには魔物を殺すしか無い。魔物を殺して、役に立つしか無い。そうでなきゃ、捨てられる。ろくでなしは捨てられるんだろ?」

ここが、魔道士として対策本部にいる事が、彼に残された唯一の居場所だったのだ。そして、そこに残るには魔物を殺し、戦果を上げるしか無い。ここに残るために、他人より多くの魔物を仕留めなければならない。着任してからずっと貫いてきた、彼の信念だ。

結果の無い者はいらない。いらない者は捨てられる。彼の母親の言葉は、この少年に深い傷跡を残し、その傷は今も痛みを主張し熱を持っている。あれ程憎んだ相手の言葉を信じ切っている。勇介はそんな自分が嫌だった。

捨てられたく無いと言う思い、そして、境遇への八つ当たり。それが彼の戦う理由だ。

「それは違うと思う。」

黙って聞いていた詩音が口を開き、勇介の信念を否定した。

「違う?何がだ?」

彼は詩音に詰め寄った。何で彼女は否定するのかと。

「魔物は、必ず倒せなくても良いと思う。」

「倒すべき敵だろ?アイツらは。」

「そうじゃ無いの。倒せなくても、戦うってだけで充分なんだと思う。」

彼女は勇介の顔を真っ直ぐ見つめる。

「戦う、その場にいて何かをするだけで、充分役に立てると思う。「倒した」った結果じゃなくて、「戦う」とか、「協力する」って行動が大事なんだと思う。それで充分、役に立てる。』

「……………………行動、それだけか………」

「うん。」

詩音の言った事をを勇介は何度も反芻した。

「信じていいんだな?本当に、それで捨てられないんだな?」

「うん。それに、誰も捨てたりしない。」

彼の独り言の様にも聞こえた言葉に、詩音は大きく頷き、肯定した。

「…………」

「…………」

静寂が病室の中を包む。そして

「わかった。アンタを信じてみる。」

勇介は詩音に顔を向け、言い切った。

「ありがとう。あ、でも、絶対じゃないからね?他の考え方とかもあるから………」

礼を言った後、詩音は慌てて付け足した。

「自分で言ってそれは無いだろ…………………一寝入りしたいから、ここまででいいか?」

彼は布団を掛け、ベッドに横になった。

「うん。じゃあ、おやすみ。」

詩音は静かに立ち上がり、病室を後にした。

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