月の下の舞踏会ー終演ー
『お困りの様ね。』
その声は、突如無線機から聞こえた。やや緊迫に欠ける女性の声だった。
「ああ、見ての通りだ。奴らを片付けてくれないか?」
『わかった。バリアごと粉砕するから、伏せててくれる?同志撃ちは御免だもの。」
魔物に包囲され、誠一のバリアにはヒビが入り、所々穴も空き始めている。
「誠一さん!誰なんですか!?」
応射の準備をし、魔物の打撃音に負けないよう詩音が声を張って訊いた。
『そろそろ始めるわ。全員伏せてなさいよ!』
魔物の陰になって見えないが、車のエンジン音が接近して来た。
「紹介は後だ!出来るだけ姿勢を低くしろ!」
いち早く誠一がうつ伏せになった。由莉と詩音もそれに続き、渋々ながらも勇介もそうした。
『いくわよ!』
その声と共に銃撃が始まった。予想より近い位置から破裂音が連鎖する。容赦の無い鉛弾の暴力が水平に飛んで魔物の群れをなぎ払う。彼らの頭を粉砕した弾丸は、ガラスの割れる様な音を出しながら誠一のバリアすら破壊する。
「これ大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ!多分ね!」
頭を手で守りながらバリアの破片を浴びる事になった詩音たち。その間も銃撃は続き、遂には殆どバリアを破壊して反対側の魔物に届く様になった。
やがて、その場にいた魔物は全滅した。無論、上空のシャンデリアを除いて。
「逃げるぞ!」
掃射の完了と同時に誠一が指示を出し、彼らは近くの建物の中に避難した。建物の中なら赤い紐も入り込めない様だ。しかし、勇介だけはその場に残った。
「逃げられるかよ!ここで仕留めりゃ良いだけのこと!!」
彼は真上の敵に向かってM16を撃ち始めた。弾が切れると素早く弾倉を変え、再び連射をする。
「離れなさい!また同じ手食らうわよ!」
「今度は避ける。なら問題ないだろ?」
「…………なら良いわよ。自己責任ね。」
先程機銃掃射を行った女性が勇介に接近し、彼同様本体へと銃撃を浴びせた。着弾の度にシャンデリアから装飾が落下するが、流石は魔物。目立って弱った様子はない。
「由莉、あの人知ってる?」
2つの銃声が重なる中、詩音は由莉に救援に駆け付けた彼女の名前を訊いた。
「六花さんだよ。あの人、かなりのベテラン。最近は他の所の応援に行ってたんだ。」
「そうなんだ…確かに、戦い慣れてる感じがする。」
ほぼ真上に向かって発砲する長い黒髪にやや長身の彼女。腰には何か大きなポーチが付けられている。彼女は降りてくる紐を回避しつつ、ベルト給弾の機関銃を撃ち続けていた。
「あたしたちもやるよ!」
「ええ。わかった。」
由莉と詩音の2人も、建物から銃口を出して上空のシャンデリアを攻撃する。機関銃、自動小銃の凶悪な重奏が始まった。誠一も狙撃銃で応戦しているらしいが、消音性を求められる銃種故、合奏には参加出来ていない。
そしてこの頃になると魔物は赤い紐だけでなく、赤い光線を撃ち始めていた。だが、2人は小刻みに動きその標的にならぬ様射撃を続ける。
「遂に本気を出したみたいね。」
「ナメやがって…………」
だが、それに当たる2人では無い。そもそも、光線の発射間隔が広く、速度自体もさほど早くは無い。恐らく、召喚される人型がメインで、この光線はあくまで自衛用なのだろう。
「これまで1番楽かも。」
弾倉を変えながら、由莉が言った。
「なんで?」
「動かない的だから。」
再び射撃に戻った彼女。確かに、人型と紐に注意すれば、そこまで手強い相手で無いのかも知れない。詩音も過去の魔物と照らし合わせ、確かに楽な方だと思った。
「クソっ!」
突然、勇介の射撃が終わった。
「弾切れ?だったら今のうちに退避しなさい。後は私が引き継ぐわ。」
射撃を止め、六花は勇介に促した。
「俺がやります。」
「あそこまで跳べるの?」
「……………」
勇介は答えなかった。答えられなかったのだ。魔法で強靭な身体能力を持ったとしても、空中に浮遊しているシャンデリアまでは届かないだろう。
「なら銃を貸して下さい。」
「出来ないわ。作戦の方針が違うもの。」
「じゃあその作戦を見せて下さいよ。それでダメなら、貸してください。」
渋々同意した勇介は建物の中へと歩いて行った。
「それじゃ、やるかしらね。」
六花はその場で深呼吸をした。彼女の髪が風も無いのに靡き始めた。すると、すぐに彼女の足が地を離れ、彼女の身体はどんどん上昇していく。浮遊し始めたのだ。
「あれが夏美さんの…………」
「そう、飛行魔法だよ。」
詩音は目を見張って空中を自在に移動する六花の様子を見ていた。
やがて魔物の本体と同じ高さまだ上昇した彼女は、その周りを旋回しながら攻撃を開始した。正に縦横無尽に飛び回り、次々と弾丸を撃ち込む。
「地上でも下手くそだったのに、当たる訳無いでしょ?」
平行移動、突進、離脱、上昇、下降、六花は飛び交う光線を華麗に回避し、機関銃を撃つ。時にはシャンデリアに飛び乗り、至近距離から弾幕を浴びせてやった。地上の詩音らには空のあちこちから銃声が響いて聞こえた。
シャンデリアに無数の弾痕が生まれ、剥げた装飾と、機関銃の殻薬莢がキラキラと光がながら地面へと落下する。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか。」
六花は右手で銃を保持、左手には腰のベルトから外した大きなポーチを持ってシャンデリアに接近する。
「ここで良いかしらね。」
光線の合間を潜り抜け、手頃な場所にカラビナでそのポーチを取り付け、そこから生えているピンを抜き、一気に下降する。
風を切り、重力に任せて高度を下げる。靴音を鳴らして彼女は詩音たちの目の前に降り立った。風が、彼女の髪を揺らす。
「そろそろかしらね。」
彼女は機関銃を肩に担ぎ、そう口にした。
「……少し早かったみたいね…………」
次の言葉を言い終わる前に、上空で激しい爆発音が響いた。爆炎の余波で建物が一瞬緋色に染まった。
六花の仕掛けた爆薬によって損害を受け、浮力を失った魔物が急速に落下、地面に激突し、先程の爆発に劣らない程の衝撃音を鳴らした。弾き飛んだ装飾の数々が道路を滑っていくのが見える。
「やったの?」
「いいえ。まだ消えないって事は…………」
「トドメ刺さないとね。」
六花の言葉を由莉が引き継ぎ、彼女はAKS47を持って外へ進んだ。
メインストリートの真ん中に、盛大に墜落した巨大シャンデリアが無造作に落ちている。台座も軸も何かも無残にひしゃげたそれは、遠目に見れば典型的な財宝の山のイメージそのものだった。だが、ここまで破壊されていれば、ただの光るガラクタだ。質屋でも引き取り拒否になるだろう。
「よくやってくれた六花。大型の敵は、君に任せるに限るな。」
彼女らとは別の建物に避難していた誠一が合流し、六花に礼を言った。
「そうね。その代わり、精密射撃は任せるわ。」
彼女は軽く手を振って答えた。2人は、互いに知り合いの様だ。まだ消滅しないそれの命脈を断つ為、詩音、由莉、六花、そして合流した誠一の4人はシャンデリアへと近づく。勿論、銃口は前に向けている。
その4人の間を風が吹き抜けた。だが、それは風ではなく、風のごとく疾走する勇介であった。
「食らええええええ!!」
彼はアスファルトの上を駆け、勢いを付けて跳躍、落下の力を利用して瓦礫の山と化したシャンデリアに銃剣を突き立てた。
硬い音がして、やがて静寂が訪れる。渾身の一撃を放った勇介も、それを受けた魔物も互いに動かない。
「しぶとい野郎だ。」
捨て台詞を吐き、彼は突き刺さった銃剣を抜き、もう一度、思い切り突き立てる。
次の瞬間、強烈な破裂音と共に真っ赤な光がその場にいる全員の視界を奪った。反射的に眼を背け、耳を塞いだ。
再び前を見た時には、辺りは煙に包まれ、魔物が放つ瘴気は消えていた。
「自爆したか…………」
誠一は呆気にとられ、煙の中を見ていた。魔物の討伐は完了した。だがあの中で、自爆を超至近距離で受けた少年がいるのだ。
「勇介君!!」
詩音は呆然としていたが直ぐに我に返り、銃を置いてまだ治らない煙の中へと駆け出した。