月の下の舞踏会
後8時過ぎ、戦闘区域内の元メインストリートにて。
「敵を捕捉した。全員配置に着いたな?」
「はい。着きました。」
詩音は無線機で誠一と連絡を取った。
夜に訪れた突然の警報。魔物に時間など関係無いのだ。現場に到着してすぐ魔物と接近、今は建物の影から様子を伺っている。詩音と由莉は店のカウンターから、勇介は近くの路地裏、誠一は別の店内にいる。
魔物は、複数体いた。真っ白な体で人の形をしている。1体が中央、8体がそれを囲む様にしてどこからか流れるクラシック音楽に合わせて踊っている。正体不明のスポットライトに照らされたその光景は、魔物であれ幻想的だった。
『いつまで観賞会してるつもりだ?誠一さん、攻撃許可はまだです?』
無線機越しに皮肉めいた勇介の声が聞こえる。
『そうだな。よし、攻撃開始だ。余り前に出過ぎず……』
誠一が言い切る前に、路地裏から彼が飛び出した。魔法による身体強化。風を切り高速で距離を詰め、M16の銃剣が魔物の首を捉えた。
「1人……!」
切り離された頭部が地面に落ち、胴体がゆっくりと傾く。
勢いを捨てずに2体目に突進し、銃剣を胸に刺突、貫通させた。魔物を突き刺したまま、正面に向かってセミオートで乱射する。小刻みに破裂音が続き、火花が煌めき、弾丸が残る6体に次々に着弾する。
掃射を終えた彼は突き刺した M 16を抜き、銃撃された魔物を刺突、打撃、銃撃し、一気に殲滅した。
僅か20秒未満の早過ぎる結末だった。折り重なる魔物の死体が消滅する様を、勇介は一歩引いた位置から見ていた。
「やった………!」
「……おかしい…………弱過ぎる………」
彼の無双の戦いぶりを見ていた詩音はガッツポーズを作った。だが、由莉は納得がいかない様だ。魔物が余りにも弱く、一瞬で決着が付いたからだ。
「たまたま弱かった……って事は無いの?」「どうだろ……私が会って無いだけかな……」
彼女は顎に手を添え、首を傾げている。
『敵を殲滅。これより帰………新手だ!』
銃を担ぎ、その場から去ろうとした勇介の動きが止まった。彼を囲む様に6体の白い人影が出現したのだ。
「何度来ても………同じだ!!」
装填よりも、銃剣突撃の方が早いと判断し、目の前の1体に飛びかかる。人並み外れた速度で襲い掛かる切っ先が魔物の胸を貫く。
筈だった。確実に仕留められる状況だった。
突進した勇介の身体は派手に転倒した。だが、その転び方は余りにも不自然だった。普通なら前に転倒する筈だが、彼の場合は何かに後ろに引っ張られ、背中から地面に叩きつけられた様な転び方だった。
「クソっ……!!」
立ち上がり、もう一度攻撃をしようとする。すると彼の足が大きく上に持ち上げられ、その場に転倒してしまった。
彼は起き上がらなかった。否、起き上がれないのだ。手足は動かせるが、他は全く持ってダメだ。地面に押しつけられ、金縛りにでもあった様な感覚だ。
「動け………動け…………よ………!!」
どんなに力を込めても、どんなに魔力を使っても、彼は起き上がる事が出来なかった。
「しまっ……!」
彼は息を呑んだ。仰向けの視界に、自分に向かって歩く魔物達の姿が映る。手には、長い棒のような物を持っている。
「ぐぁぁぁぁぁあ!!」
魔物達の塊の中から勇介の悲鳴が聞こえる。彼は、魔物達に次々と殴打されていた。残虐な処刑のシーンに不似合いなクラシック音楽は流れ続けている。
「何でアイツ反撃しないの!?」
「分からない……でも助けないと!」
勇介は、一切の反撃をしていなかった。それよりも出来ない様にすら見える。
「あの赤い紐…何?」
ふと、詩音は空中を見上げた。総攻撃を仕掛ける魔物群の中から、空に向かって真っ赤な線が伸びている。
「もしかして……あの紐………」
由莉が視線の先を上へ上へとずらす。そして、
「真上に本体がいる。」
静かに、そう言い切った。
彼女が言った瞬間に、音楽の音が大きくなり、上空から強い光が走った。
正解、とでも言うように魔物が姿を見せた。その姿は、豪華な装飾の施された巨大なシャンデリアそのものだった。金色ベースの本体から等、間隔で円形に伸びた棒の先に宝石が付いていて、そこから煌びやかな光を放ちながら夜空をに静止している。思わず見惚れてしまいそうだ。直径は10mはあるだろうか。そのシャンデリアから1本の赤いが真下に伸びていた。
「助けなきゃ!」
詩音は89式を二脚でカウンターに固定し、魔物の群れに向かって撃ち始めた。隣で由莉もM14で射撃している。別の方向からも火花が見え、魔物の頭に穴が空いた。誠一も攻撃に加わったのだ。
魔物単体の戦力は低く2、3発で仕留める事ができ、すぐに殲滅が完了した。
『今だ!助けに行くぞ!』
誠一が無線機で叫び、真っ先に駆け出した。由莉と詩音もカウンター裏から飛び出し、地面に倒れている勇介の所で合流した。
「この赤い線で操られたんじゃないの!?」
「分かった。切ればいいのね?」
勇介の頭からは、件の紐が伸びていて、そのせいで自由に動けなかったのだろうと由莉は予想した。詩音は腰のベルトからナイフを抜き、赤い線を切断した。切られた線は、すぐに消滅した。
「幸い、命に関わる程では無いな。」
誠一は彼の体を少し調べ、判断を下した。
その直後、再び敵の増援が現れた。
「敵です!!」
詩音が真っ先に応戦する。先程よりも数が多い。
「囲まれたか…………」
吐き捨てる様に言いながら、誠一も距離を詰める敵の頭を撃ち抜いた。
「クソが…………」
突然、荒く息をしていた勇介が腰のホルスターから拳銃を抜き、倒れた姿勢のまま発砲した。
「ちょっと!安静にしてないとダメだよ!」
「ほっとけ…………俺は………やらなきゃならねぇんだよ…………!!」
由莉の制止を無視して、立ち上がった勇介。おぼつかない足取りで歩きながら拳銃を撃ち続けた。弾が尽きると、それを地面に投げ捨て、今度はナイフを構えた。本体のシャンデリアから、赤い紐が降りて来ていた。
「今は攻撃するな!引くぞ!」
誠一が振り返っだが、その時既に勇介は敵の群れに飛び掛かろうとしていた。
「何でだよ!!」
彼は、叫びながら拳を振り下ろした。その先の空間で拳は止められ、金属板を叩く様な鈍い音が響いた。
「誠一さん、行かせて下さい。」
勇介は誠一に睨む様な眼を向けた。
「ダメだ。またさっきの様になったらどうする?」
「そん時は自爆してやりますよ…………」
「それなら、尚更ダメだな。」
静かに激昂する勇介と、それを諭す誠一。2人の話し合いは、進展が無かった。
「ねぇ、何があったの?なんか周りも青っぽく見えるし………」
詩音は、頭に疑問符を浮かべていた。先程から彼女らのいる空間を覆う様に、青く透明なドームが形成されている。
「これ?誠一さんの魔法。バリアみたいなもんだよ。」
「だからか…………」
詩音は納得がいった。先程勇介が止められたのも、今空中から赤い紐が降りて来ているが、誰もそれの影響を受けていない事に。
「あいつら………増えてない?」
「あたしがモテるとは言え、コレはヤバいかもね………」
気がつくと、包囲している人型の数は増えていた。その数は軽く50を超える。皆手には槍やら斧やらの武器を持ち、高密度で誠一のバリアを破壊しようとしていた。
「バリアが破壊されたら一旦逃げるぞ!」
状況を把握したのか、勇介との口論を中断した誠一。
「逃げるんですか!?俺はやれますよ!!」
それに勇介が噛み付く。その間も魔物の攻撃が続く。やがて、空を覆う青い壁にヒビが入り始めた。
遅れましたが、明けましておめでとうございます。今年も細々と執筆続けますので、宜しくお願いします。