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陰湿な怪物

「君の様な年代だと、ジュースの方がよかったかな。」

「いえ、大丈夫です。」

詩音は、高志の執務室に通され、高級そうなソファーに腰掛けていた。装飾品や表彰状の飾られた部屋で司令官と2人きり、詩音は緊張で身体を固くしていた。勧められた茶の味もよく分からない程に。

一体なぜ自分なのだろうか。とても重大な任務を任されるのか、それとも特殊な新人研修でもあるのだろうか。机を挟んで目の前に座った高志が質問する。

「戦闘には慣れたか?」

「はい。まだ未熟なので、精進します。」

「銃は何を使っている?」

「えっと、89式…………小銃です。」

試されている。詩音はそう感じた。何気無い質問を装いつつ、自己の意識をや礼儀作法などを見ているのだ。彼女の姿勢は過去最高に良かっただろう。

「魔法は使えるようになったか?」

「いえ、まだです。しかし、戦闘を経験する事によって使えるようになるそうなので、積極的に参加し、早く使えるようにします。」

「メンバーについて、何か不満ははあるか?」

これは何だろうか。もしここで不満があると言えば、名前を挙げた人物に影響があるのか。または、輪を乱す者として自分が迫害されるのか…………無論、メンバーに不満はないが。

「特に不満はありません。大丈夫です。」

「それは良かった。……以上だ。戻っていいぞ。時間を取らせたな。」

ようやく解放される。彼女はガッツポーズをしたいのを抑え、

「では、失礼します。」

立ち上がり、頭を下げた。

「随分緊張していたようだが、君と周りの評価待遇に影響はしない。新人の事を知って置きたかっただけだ。」

執務室を出ようとする背中に声が掛けられた。

「はい、気にかけていただき、ありがとうございます。」

もう一度頭を下げ、執務室を後にした。


「緊張したぁ〜……」

足早にそこから離れ、由莉と合流した彼女。まだ鼓動が早いし、服の中に変な汗をかいている。

「そんなに緊張したの?」

「うん。本当に。」

さっき買った缶ジュースの蓋を開け、一口飲んだ。渇いた喉と口が適度に潤った。

「戦う時より緊張したかも…」

「マジで!?まー、私も昔ガッチガッチだったけどね。」

「由莉も話した事あるの?」

「あるよ。なんか、魔道士全員と話してるらしい。思春期の娘からしたらちょーっとウザいかな。」

腕を頭の後ろで組んで歩く由莉。詩音もそれに続いた。この日の残りは、彼女と駄弁って過ごすのだった。



数日後、魔物の出現情報を受け、詩音、由莉、勇介の3人は戦闘区域内、学校跡地へと向かった。誠一は、他部署との連絡で不在だ。

「反応は中なんだろ?先に行くからな。」

現場に着いて早々、彼が校舎の中に飛び込んで行った。曇り空の下の古びた校舎は異様な不気味さを放っていた。

「さて、それじゃあ行こっか。」

「ええ。気をつけてね。」

彼が先行した後、由莉と詩音も中に入った。土足のまま上がるのは少し変な感じだ。

「寒いし気味悪っ。早く帰りたいわ……」

「静かにした方がいいんじゃないかな………」

薄暗い廊下を銃を構えたまま進む。詩音は相変わらずの89式、由莉はAKSのストックを折り畳んで装備している。

「魔物どころか心霊現象だよこれ……花子さんいるかな?」

「由莉!これって!」

嫌そうな顔をして階段を上がろうとした由莉を詩音が呼び止めた。

「何?詩音。」

振り返り廊下を見ると、床に独特な形の銃が転がっていた。

「これってアイツのP 90じゃん………何でここに……?」

由莉が拾い上げた銃は勇介が持っていた物だ。

「もしかして…魔物に襲われたんじゃ………」

「真っ先に突っ込んでやられる……アイツならあり得る…………」

「じゃあ助けないと!」

詩音は走り出した。とりあえず廊下を突き当たりまで進みながら勇介、そして魔物を発見するつもりだ。落ちていた短機関銃、聴こえなかった銃声、戦闘の跡がない廊下。反撃する間も無くやられたのか。血痕が無いのでこの場で殺されてはいないだろう。だが、連れ去られたり、丸呑みにされている可能性もある。詩音は何度もそれを否定しながら走った。途中で由莉も追いついて来た。教室、階段、トイレ、教室と廊下を駆け抜け、遂に突き当たりのトイレまで辿り着いた。

「いた!」

詩音を追い越した由莉がトイレの中を覗いて叫んだ。詩音が駆けつけ、2人で中を見る。

中には、2人の人物がいた。1人は勇介。トイレの奥の方でうつ伏せに倒れている。遠目だが、息はしているようだ。

もう1人は背中を向けた白いワンピースの少女だった。

「詩音、この子は?」

「わからない……えっと、ここは危ないから、私達と一緒に行こっか?」

警戒しながらも少女に声をかけた詩音。

「ぁ……ぇ……」

何かを発しながら振り返った少女。

彼女の顔は、歪に歪んでいた。眼の高さが、左右で違っていて、口には、鋭く大きな歯が並んでいる。

「詩音!そいつ魔物だよ!!」

とっさに反応した由莉。詩音も遅れて銃を構えようとした。しかし、彼女の身体は突然。何かに吹き飛ばされた。

「っ!?こいつめ!!」

由莉は倒れている勇介を巻き込まないよう気を付けながら、下から上に発砲した。室内に喧しく銃声が響く。だが、次の瞬間には由莉は足下を掬われて逆さまになり、宙に宙吊りになっていた。

「なるほどねぇ………そういう訳か…………」

意外にも冷静に、内心は知らないがーーー状況を分析した彼女。

由莉の脚は、少女の身体の下から伸びた触手に掴まれ、その拍子に銃を落としてしまった。そして、その触手は、トイレの床と同じ色をしていた。カメレオンのように色を変えられるのだ。先程詩音を襲ったのも床に同化させた触手による不意打ちで、勇介も同じ手口でやられたのだろう。

「だったらこれはどう?タコ女!」

彼女は魔法を使い、本体と思われる少女の身体に火を付けた。

小さな火種が魔物の服に燃え移り、赤い火柱となる。

「ーーーーーーーーーー!!」

耳障りな悲鳴を上げ、魔物は激しく悶え、由莉を解放した。熱さで擬態どころでなくなったのか、その場の壁や天井至るまでに張り付いた赤っぽい色の触手が露わになった。

「気持ち悪……」

そこら中にある触手に手当たり次第火を付ける由莉。焦げ臭い匂いが充満し、由莉自身も焼けるような熱を感じていた。

「これだけ燃やせば………ってちょっと!逃げんな!」

身体と触手をあちこちに叩きつけて暴れていた魔物は、窓を割り外へと逃げ出したのだ。

「由莉!」

不意打ちで飛ばされた詩音が由莉の元へと駆けつけた。魔物は意外にも素早く、彼女が到着するころには最後の触手が窓から消えたところだった。

「逃げられた。川に逃げるつもりだと思う。追いかけよう!」

「待って!勇介君は?」

「走りながら救護班呼んで。奴が川に付けば、ここは瘴気から外れると思うから。」

「わかった。」

勇介の胸に手を当て、心臓の鼓動を確認した詩音は、先に窓を乗り越えた由莉に続いて外へ飛び出した。魔物が派手にガラスを割ったお陰で、脱出は楽だった。外に出ると、校庭の砂の上に何かを引きずった跡が残っていた。追跡は容易だ。

「こちら詩音です。学校の1階トイレで1名負傷。救護をお願いします。」

『了解した。瘴気の外か?』

「はい。魔物が逃走したため、そうだと思います。」

銃をスリングで背負い、無線機を使って本部との連絡を取った詩音。

「待って、今のすっごいカッコイイんだけど。」

「え?何が?」

「さっきの連絡、映画みたいだった。」

並走し、目を輝かせるのは相変わらずの調子の由莉。

やや広い校庭を走り抜け、学校の敷地の端にある金網のフェンスまでたどり着いた。その先には森が広がっている。

「よっと。」

由莉は銃を背負ったまま軽々それを乗り越えた。

「ほら、詩音も。」

「うん。…………先、銃渡すね?」

フェンスはそこまで高く無いので、彼女は上から銃を由莉に渡した。そして、慎重に乗り越える。

「わっ!」

「危なっ!…………セーフだったね。」

着地時、よろけてしまった詩音も由莉が支えた。

「ありがとう。行こっか。」

由莉から銃を受け取り、今度は手で持って森の中を進む。水の音がして、数メートル先は地面が途切れて見えるので、下った先に川があるのだろう。森の中にも魔物が通った跡が残っている。その上、落ち葉が所々黒く焦げている。

「由莉、足下に気をつけて。」

「了解。もう触手は御免だからね。」

銃口をやや下に向け、次に脚を踏み出す場所をよく見てゆっくりと前進する。本体が見えないので、今触手に捕まると厄介な事になる。

「見つけた。」

由莉がその場にしゃがみ込んだ。詩音も少し前進して、木の影から様子を伺う。

川の中に、魔物はいた。川の水に脛の辺りまで浸かり、何をする訳でもなく佇んでいた。白いワンピースは由莉の魔法で焼け、ボロ切れの様になっていた。時折水が不自然に跳ねるのは、触手を弄んでいるからだろうか。

「合図したら撃って。ある程度やったら、移動ね。」

「わかった。合図、よろしくね。」

小声で方針を決め、狙いを定める。詩音は地面に伏せ、2脚で89式の銃身を安定させた。以前なら地面に伏せるなんて躊躇っただろうが、今となっては自然にやってのけた。その行動に、詩音は自分でも成長を感じていた。照準を本体に合わせ、引き金を軽く触る。

「行くよ、3、2、1、Fire!」

合図と同時に、2人は発砲した。由莉はセミオート、詩音は3点バーストで弾丸を送り込む。森の中に2つの銃声が響く。

「移動!」

由莉が叫び、真横に走り出す。詩音も素早く立ち上がり別の木へと移動、再び攻撃する。由莉はAKSの発射間隔を抑え、確実に弾を当てている様だ。相手が水の中にいるので、彼女の魔法は意味を為さない。移動しながらの攻撃を繰り返し、先に詩音が弾を撃ち切った。彼女はウェストポーチから予備弾倉を取り出し、空の物と交換した。装填レバーを引き、再び撃とうとした。

落ち葉を巻き上げ、何かが詩音襲い掛かった。

「詩音!!」

触手に胴を掴まれ、持ち上げられる彼女。由莉も一瞬詩音の方向を見た隙に、別に触手によって捕獲された。

「っ………………離してっ!」

空中で必死にもがく詩音。下では本体が彼女を見上げている。触手は緩まなかった。最悪な事に、銃を持った右手も拘束に巻き込まれ、下げた位置から上げる事が出来ない。多少の自由が効いた左手も別の触手に拘束された。

「逆さまじゃ無いだけマシかも…………」

余裕がある事を装う由莉。だが。その顔には冷や汗が伝っている。

「由莉、銃は?」

「…………木かなんかに引っ掛けて落としたみたい………」

バツが悪そうに由莉は顔を逸らせた。

「えいっ!」

詩音は出来る限りの思い付きとして、動かせる範囲で89式を投げ付けた。

命中はした。だが、手応え無し。

魔物は怒ったのか、その本性を表した。頭部から胸元が2つに割れ、赤い肉と長い舌の様な物が見えた。

「キモっ!!」

「由莉…………私なんか…………力が抜けて………」

「大丈夫!?って、あたしもそんな気がしてきた…………」

ふと詩音の動きが鈍くなった。文字通り、体から力が抜けていく感じだ。由莉も同じものを感じていた。2人は力を奪われていると直感した。勇介も魔物に力を奪われ、あの場所に倒れていたのだろう。

「…………クソっ……こいつめ……!」

由莉は最後の力を振り絞り、ウェストポーチのベルトからナイフを抜き、重力に任せて触手に突き刺した。

「キモいんだよ触手…………!」

力任せにナイフを手前に引き、大きな切れ込みを入れる。

「ーーーっ!?」

突然の痛みに驚き、魔物は由莉を手放した。落下し、飛沫を上げて膝を突いて着地した彼女。

「覚悟しな…………」

ナイフの水を払い、そこに火を付けた。燃える刃を向け、ゆっくりと近づく。

ナイフはあくまで陽動。魔物の近くに落ちている、詩音の銃が優先だ。触手を警戒しながら、僅か2、3mの距離を詰める。

彼女が到達する前に、魔物の身体から体液が噴き出た。

「なにっ!?」

魔物はそのまま川に倒れ込み、消滅した。

「痛っ………由莉、やっつけたの?」

「あたしじゃ無いよ………」

やられ方からして、狙撃だろう。銃声が聞こえなかったので、消音器を付けて長距離から狙ったと考えるのが普通だ。

「じゃあ誰が…………」




『目標、消滅を確認。』

「よくやった。魔道士は無事か?」

『多少の消耗は見れますが、無事です。』

「そうか。直ちに撤収だ。」

そう言って、高志は無線機を切った。

「支援部隊の派遣、ありがとうございます。」

「気にするな。大切な人材を潰されては困る。」

対策本部の執務室、そこに高志と誠一の2人がいた。

「指揮官直属の狙撃部隊、物凄い練度ですね。」

「狙撃の他にも瘴気内で動く為に、あらゆる訓練を積ませたからな。」

机の上の端末には、先程の魔物を撃破した狙撃兵3人が映っている。森に同化する迷彩服を着込み、大口径の狙撃銃を手にしている。

「本格運用のご予定は?」

「未定だ。他に戦う人が居ると知ったら、魔道士達の士気が下がるかも知れんからな。くれぐれも、内密にな。」

「了解しました。」

誠一は高志に敬礼し、部屋を後にした。

ありがとうございました。

感想、ブクマ、評価お待ちしてます。

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