鋼鉄を撃て
詩音は由莉の私室で彼女と話していた。彼女の部屋は物が多く、自分の部屋より狭く感じる。
「合法的にサボれたとは言え、暇だよね〜。ゲームも飽きたし。」
由莉は大きく欠伸をした。
2人は、本来学校がある日なのだが魔物の急襲に備え対策本部内で待機命令が出ていた。詩音にとってはこれも初めてだ。時刻は午前10時頃。水曜のこの時間は、数学があった筈だ。
「サボるって……正当な理由での欠席扱いだよ?」
「だから合法なんだよ。……暇だし散歩行く?」
「施設の中を?」
「いや、戦闘区域の中。」
由莉の提案は詩音を驚かせるものだった。
「本当に来れちゃった…………」
「でしょ?さ、行こっか。」
2人は、戦闘区域の中に来ていた。誠一に連絡を入れると、『パトロール』の名目で戦闘区域内の散歩を許された。あくまでパトロールの一環なので、銃器や弾薬は携行している。由莉は何度かこうして出かけてたらしい。
「M 14使わないの?」
「あーあれ?重いし射撃下手で当たらないから、あんま使わないかなー。この前のはレアケース。ラッキーだったね。」
由莉は、前回とは違う銃をスリングで肩に掛けていた。グリップや手を添える所が木製で、ストックは細く、弾倉は曲がっている。
「AKS 47。ソ連製で、テロリストのど定番。」
興味深そうに銃を見ていた詩音に、由莉はその銃を持って見せた。
「使いやすいの、それ?」
「んー、どうだろ。ま、威力高いからいいんじゃ無いの?」
由莉の応答は曖昧だった。「あ、でも壊れないってさ。」と後から付け足した。
人の居ない街。住宅街や商業施設はそのままだが、異様な静けさに包まれている。この街は、そんな不気味さがある。映画の撮影には最適だろう。
「この街戦闘区域にするのにさ、何千億もしたんだってさ。」
「引越して貰うんだし、それくらいはするんじゃないの?でも、どうして急に?」
「いやさ、せっかく街を空けて貰ったんだから、その分戦わないとなって。」
まだ新築と思われる住宅や、昔からある民家、建築途中の建物を捨ててまで協力してくれている。ならば、その分恩返しをするべきだ。由莉の考えはもっとだった。
「そうね。私も早く一人前にならないと。」
詩音が口を開いた瞬間、近くで何かの警報が聞こえた。
魔物対策本部の施設内で聴くものとは少し違い、警戒心と恐怖を掻き立てる様な音だ。
「由莉!この警報は!?」
「どうやら、仕事の時間みたいね。」
由莉は落ち着いた様子で歩き出し、AKS47のレバーを引いて弾を装填した。小気味良い金属音が、警報の中に響く。
「慌てて出たけど、敵の場所分かるの?」
「全く。こればっかりは探すしか無いよ。」
警報が治った住宅地を歩く2人。靴音が大きく聞こえる。詩音は銃を構えながら進んでいたが、鼻歌混じりに無警戒で歩く由莉を見て、彼女も警戒を解いた。魔物に接近すると寒気を感じる。今はそれが無いので、敵とは距離があるのだろう。
「一旦地下に戻って指示を聞く?」
「そんな時間あるかな?」
「じゃあやめとく?」
無線機を持って来て居ないのが失敗だった。エレベーターから本部に戻ってレーダーに反応があった場所を教えて貰うのもいいが、その間に魔物が移動したり、戦闘区域の外に出てしまったりしたら大変だ。
その時、詩音は突然寒気を感じた。それは由莉も同じで、
「この感じ…………」
「うん。来るね。」
素早く銃を構えた。あらゆる方向を見ながら少しずつ進む。心なしか、寒気が強くなる気がした。
「来やがった!」
由莉が叫んで大きく後ろに下がる。詩音も、遅れて後退した。
前方の路地から魔物は姿を現した。騎士の甲冑を装備した魔物は長剣を携え、堂々とした足取りで詩音達に近づく。薄汚れた銀の鎧からは、猛者の風格が滲み出ていた。
「先手必殺!!」
由莉は魔物に向かって発砲した。乾いた破裂音、空薬莢の金属音が連鎖する。撃つ度に銃身が大きく揺れている。その強い反動の分、威力はお墨付きだ。
「7.62の味はどう?」
大口径の弾を顔に受け、騎士は大きく頭を退け反らせた。だが、
「ま、そうですよね……」
「由莉!近づいて来るよ!」
流石は魔物。あれくらいの攻撃はモノともせず、再び距離を詰める。
「やべ……弾切れ……」
由莉が青い顔をして詩音に振り向く。
「私が時間を稼ぐから、公園まで逃げて!」
詩音は由莉の背中を押し、騎士に向かって発砲する。3点バーストで頭を狙い、手数で勝負を仕掛ける。照準を首から上に合わせ、破裂音の中、反動に耐えながら撃ち続けた。やはり89式の弾丸では装甲に有効打を与えられない。所詮は時間稼ぎだ。現に動きは止められたので、善戦と言えるだろう。
「詩音!早く!」
その声に振り向けば、由莉は公園に到達していた。詩音は騎士に背を向け、全力で走り出す。後ろからガチャガチャと音を立てながら騎士が迫って来る。後ろから迫る殺意を感じながら、剣で斬り裂かれる結末を避けるため、ただひたすらに走る。呼吸が苦しくなる。それでも、死ぬよりはマシだ。詩音は更に速度を上げ、遂に親友の顔を捉えた。
「止まれ!」
彼女が敷地内に入ると同時に、由莉が門柱の陰から騎士に銃撃を浴びせる。強烈な銃声。鉛玉の雨。
「効いてんのコレ!?」
だが騎士は弱る素振りを見せなかった。甲冑は凹んだり穴が開いたりしているが、本体にダメージがあるかは不明だ。
「なら、炎はどう!?」
由莉は射撃をやめ、右手を前にかざし、魔法を発動した。大気中の魔力に干渉、空間に巨大ない火球を出現させ、騎士の身体を包み込んだ。
「これなら…………」
赤い炎に包まれる騎士を、詩音は見ていた。
「流石に熱には耐えられないでしょ。」
由莉は、更に火力を増強した。
次の瞬間、炎の中から騎士が消失した。
「消えた!?」
その光景はとても信じられなかった。倒したにしたは呆気なさ過ぎる上に、一瞬で消える筈は無い。だとしたらテレポートでもしたのだろうか。
「避けて!」
由莉の叫び声。そして、目の前に落下した甲冑。騎士は消えたのでは無い。跳躍し、距離を詰めたのだった。
「こっちだ!」
由莉は詩音に斬り掛かろうとする甲冑の背中に発砲、空になった弾倉を投げつけた。挑発と受け取ったのか騎士は振り返り、先程の跳躍力を水平に使用、つまりは踏み込みで距離を詰めた。
「っ!!」
間一髪で門柱の陰に隠れ、鋭い横振りを回避した。魔物とは言え騎士の端くれ、すぐに第2、3撃が飛んでくる。再びの横振りは避け、踏み込んだ縦振りは銃身で受け止めた。
衝撃による痛みに顔をしかめながら、次の一手、或いは離脱法を模索する。
詩音は騎士の背中に発砲して注意を自分に向けた。効果が無いのは分かっている。だが、友人から注意を逸らすことはできた。由莉を叩き斬ろうとした殺意が自分に向けられ、強烈な踏み込みで間合いを詰められる。受け流し不可、防げば続く剣撃で力負け、斬殺される悲劇が待っている。そんな企画外の敵、それが魔物だ。
騎士は、踏み込んでから自分の誤ちに気づいた。目の前の少女を殺そうと突進した、その先には噴水があった。跳躍力を生かした踏み込みは一瞬で間合いを詰められる。しかし、再度踏み込ま無ければ方向の修正は効かない。
嫌な音を立て、剣が噴水にぶつかる。力と速度による斬撃は、見事にそれに食い込んだ。
無理な力で刺さった剣は簡単には抜けず、騎士は何度もその剣を抜こうとしていた。
「ナイス詩音!」
由莉が詩音に飛びつく。
「今の内に逃げて、もっと強い武器持って来よう。」
刺さった剣に悪戦苦闘する騎士を一度見て、公園から立ち去ろうとする。
その時、強烈な金属音が鳴り響いた。
「っ!?」
「なに!?」
2人がその音に振り返ると、剣を抜こうとしていた騎士が横に倒れ、兜に大きな穴が空いていた。倒れたその身体に叩きつける様な金属音が連打される。鎧のあちこちに大穴を空けた騎士は、光の粒となって消えた。
「ねえ、さっきの何だったの?本当に。」
「あたしは検討ついてるよー。ま、後のお楽しみ。」
魔物を撃破…………消滅を確認した2人は施設の廊下を歩いていた。目指すは司令部。報告のためだ。ドアを開け、中に入る。
「お疲れ様。怪我は無いかい?」
部屋に入ると、誠一に出迎えられた。
「はい。問題ありません。…………あの、目の前で敵が消滅したのですが……」
詩音は自分が見た光景を伝えた。
「ああ、それなら私の狙撃だな。2人のお陰で迅速な発見、撃破が出来たよ。」
誠一は2人に礼を言った。
「ほらやっぱり。毎回毎回助かってるんだよね。」
あの騎士にトドメを刺したのは、誠一の扱う対物ライフルだったのだ。銃声がしなかったのは、長距離から狙撃したからだろう。騎士甲冑は所詮刃に耐える過去の技術。最新の兵器には及ばなかった。
「誠一さん、ありがとうございました。本当に助かりました。」
「礼なんて要らないよ。お互いに助けられたからね。……………………それはそうと、君に会いたいと言う人が居るんだ。」
「会いたい人…………ですか?私に?」
「ああ。…………丁度来たようだな。」
司令室の扉が開き、靴音と共に1人の人物が入って来た。
「魔物対策本部最高司令官、早水高志だ。君が新川詩音だな?」
「はい。私です。」
魔物対策本部、全国に位置するこの組織の事実上トップを任されているのが、彼だった。スーツにネクタイ、眼鏡をかけ髭を生やしたその姿からは、正にリーダーと言った気質が滲み出ていた。
ありがとうございました。
次回もお楽しみください。