ハード泥棒
前も後ろもそして横にも、騎士たちやカリーゴ様に囲まれて、私は部屋の中へと一歩足を踏み入れた。
派手に開け放たれた扉やドレッサーや文机の引き出しが中途半端に閉められたり飛び出したりしている。床へ叩き落とされてぐちゃぐちゃになったドレスの上に、割れたガラス片なんかが散らばっていた。
あー、あれもう着ることはできないだろうな。
胸元が派手な形のそれはあまり進んで選びたいものではないが、無駄にダメになるかと思うと変に勿体ない精神が発揮されてしまう。
そして、もうここにはその惨状を演出した人間の気配はないようだ。カリーゴ様の指示に従い、とりあえずもう使い物になりそうもない割れ物やドレスなどが私に伴って入室した騎士たちによって大雑把にだがまとめられていく。
勿論その際にも何か手掛かりになるものはないかと目を凝らしながらの作業になる。
「公女殿下にはおケガをなさらぬように離れていただくのが本来なのでしょうが……なにぶん部屋の様子がわかるものがおりません。ですから、大変申し訳ありませんがご指図いただければと思います」
つまり、何か盗まれたりしたものがないかって言いたいのよね。
わかる、言いたいことはわかるわ。だって私、この部屋の主だもんね。
って、でもここまで見事に荒らされていると、何がなくなっているのかすら見当がつかない。
いやもう、本当になんじゃこりゃってくらいめちゃくちゃに荒らされてるんだもん。いくらリリコットの持ち物が少なかったからといって、文机の中のレターセットまで引っ張り出さなくてもいいと思う。
ああ、よく見れば引き出しの底まで潰されてただの枠組みになってるじゃない!
見るも無残な文机はもう仕方がないと、その向こう側にあるドレッサーを見てみれば、こちらのほうはまだ形を残しているだけまだマシなようだ。
けれども、ドレッサーの上に乗っていた化粧品の全てがまとめて床に落とされ、ガラスの容器はご丁寧に踏みつぶされ割られていた。
ははーん、部屋の扉を開けた途端匂ったのはこれらの香りか。
あまり匂いのきついものは多くないのだけれど、これだけ全部ごちゃ混ぜにしてしまえばわからないとでも思ったのだろうか?見た目には似たようなガラス容器が割れて転がっている。
けれどもあるべきはずの特別な香りが全くといって残っていないのにはすぐに気がついた。
「カリーゴ様、リーディエナの香水がございません」
私の声に皆の動きが一瞬でストップした中、カリーゴ様だけが一人だけ動き出す。そうして私が指さした床に手をつき、ガラスの容器を手に取った。
「確かに、アクィラ殿下がお渡ししたリーディエナの瓶によく似ている……しかし、香りはしませんね」
鼻をすんっと鳴らし、香りを確認してから私の方へ顔を向ける。
「公女殿下、他に似たような小瓶はお持ちでしたでしょうか?」
「いいえ。ただ私は元々香水をほとんど使わないものですから、知らないだけかもしれません。けれど、侍女のミヨに確認をとればすぐにわかるはずです」
「ああ。でしょうね」
珍しく、素の苦笑いがカリーゴ様の表情にのる。それを見る限り、昔からあんなんだったんだろうなと理解した。
「では、他に気が付かれたことは?」
うんうん。と、私がミヨの言動を改めて振り返っていると、カリーゴ様はすでに意識を切り替えていた。おっと、いけない。他には、えーっと、えっと、あっ!
あれがあった!
リーディエナの香水も希少価値という点では高いものだが、それとは全くベクトルの違う、私の部屋にある物の中で最も高価なもの……アクィラ殿下から渡された、あのグリーンのベルベットケースに入ったアクセサリー一式だ!
まずい。あの一式を盗まれたとすれば、とてもではないがアクィラ殿下に合わす顔がない。
ミヨは五万テゾ程度では揃えられるものではないと言い切った。私もそう思う。
そしていくら担保を渡したからと言って、盗まれましたの一言で許されるレベルのものでもない、多分。
背筋に冷たい汗が落ちるのを感じ、転がりそうにつんのめりながら慌てて衣装室へと向かう。私の青い顔色にカリーゴ様も察したのだろう、私の後ろにぴたりと付いて衣装室の中へと入った。
部屋にあれだけドレスが散乱していたのだから、当然ここだって荒らされていた。けれども思っていたほどには荒れていない印象だった。
何が違うんだろうか?なんとなくその違いに首を捻ったものの、まずはアクセサリーの安否が大事だと、衣裳部屋の一番奥に置いてあるチェストへと急いだ。床に落ちているドレスをかき分けて目当てのチェストを見つければ、思わずうわぁあああ!と心の中で叫んだ。
ちょっとぉおおお!そこ、コルセットや下着入ってたのにっ!
全部、引っ張り出されているじゃないのよおおお!!カリーゴ様も居るのにっ、なんてことしてくれやがったのだ、犯人はっ!
しかし、この非常事態でそんなことを言ってはいられない。きっとカリーゴ様も見て見ぬふりをしてくれるはずだ。そう考えて、あの緑のベルベットケースを探す。
あれは、万が一のことを考えて、引き出し真ん中の一番奥にしまっておいたのだ。貧乏性な私が、出来るだけ人目に付かない場所に置いておきたいと言って、隠したその場所に――
「え、あった……」
引っ張り出したその手の平に、確かに載っている美しいベルベットケース。
い、いや、それだけで安心してはいけない。一つ深呼吸をしてから、ケースを開ける。
そうすれば、キラキラと眩い光をたたえたネックレスとイヤリングがしっかりと見て取れた。
「……よかったぁ」
ほっとして、足から力が抜けそうになったので、チェストへと寄りかかる。そうしてベルベットケースをカリーゴ様へと手渡した。
「これは、間違いありませんね。アクィラ殿下が公女殿下へとお渡しした、準国宝の一つ『白銀の花』でございます」
うん、今なんていった?おい、ちょっと……準国宝って、何?ねえってぇえっ!?




