嵐のスガタ
「申し訳ありません、公女殿下のお部屋が何者かに荒らされた模様です」
「はぁあああん!?荒らされたって、どういうことよっ!?」
思いがけず飛び出してしまったドスの利いた叫び声は、当然のことながら公女らしからぬもので、叫んだ本人である私は勿論のこと、この部屋でその声を聞いたであろう人たち全員の動きが止まったように思えた。診察室の囲われたカーテンだけがゆらゆらと揺れている。
ええと、ここに何人居たっけ?ビューゼル先生にハンナにカリーゴ様、上手くいけばそれだけにしか聞かれていないはずだ。だとしたらなかったことにしてくれるだろう、そうと思いたい。
んっん、と軽く喉を鳴らしてベッドから降りた。
「カリーゴ様、説明をしていただけますか?」
なんとか公女としての威厳を取り繕いながら静かにカーテンを開け、その外側で待つカリーゴ様へと声をかけた。
ら、彼の後ろには見覚えがある騎士が数名、そしてビューゼル先生の前の診察用の椅子に座る患者、ヨゼフにコテンパンにやられた派手騎士ことルイード君の姿が見てとれた。皆が皆、こっちを見ないように目を逸らしているが、めちゃくちゃ気にしている。
うわお、やってしまった。派手に本性を現してしまった。
どうしてこう、騎士見習いの子たちといい、護衛騎士の面々といい、私が気を抜いた時にそこにいるのだろうか。もしかしたらこれってヨゼフのせいかもしれないな。普段からヨゼフがあんなふうに普通な態度で接してくるから気が張らないんだ。うん、きっとそうに違いない。
などと謂れのない言い掛かりを、勝手にヨゼフに覆い被せて現実逃避をしかけていたところに、隣のカーテンの隙間からハンナが顔を出してきた。
「ハンナ、あなたもう大丈夫なの?」
一眠りする前よりはだいぶ顔色も良くなっているようだけれど、なんとなくまだ体がふらついているように見える。それでも勝手に部屋に入り込んで荒らされたと聞いて居てもたってもいられなかったのだろう。
「私のことよりも、……その、お部屋が荒らされたというのは本当でしょうか?」
確かにその話を詳しく聞かないことにはと思い、気を取り直してカリーゴ様へと視線を向ける。
この際、事が事だけに失態はもう横に置いておこう。私の意志を感じ取ってくれた彼は、すみやかに欲しい言葉を返してくれた。
「はい。何者かが公女殿下のお部屋へと侵入し、荒らしまわったものと思われます。公女殿下が倒れられたということで護衛につけていた者たちも浮足立ち、お部屋の警備に不備があった模様です。ただいま犯人を捜索中ですが、いまのところなんの手がかりもございません」
実に的確に必要なことだけを報告するカリーゴ様だが、その静かな物言いと地味な顔とは真反対の黒いオーラが背中に見える。
ああこれ、めちゃくちゃ怒ってるなあ。周りの騎士たちもちょっとびくついている。
いかにも仕事が出来ますといったカリーゴ様にとっては、この王太子婚約者の部屋を荒らされるといった出来事は、とてつもない失態だろう。
いくら私が倒れたからといって、もぬけの殻となった部屋の警護もほったらかしにしてしまったのはマズい。まあこれは私側の人を増やせない事情もあったから仕方がないのだが。
しかし今そんなことを言っていても時は元に戻らない。やれるべきことをしなければ。
「では、今すぐに戻ります。無くなったものがあるかどうか確認をしなければなりません」
「はっ!よろしくお願いいたします、公女殿下」
一歩足を踏み出したところで靴を履いていないことに気がついた。そこへすぐさま私の白い靴が差し出される。それをさっと履いてから、まだ力なくカーテンにすがっているハンナに向かいあった。
「あなたはまだ休んでいなさい、ハンナ」
「でも……」
「非常事態に具合の悪い人間がいれば、それだけで足手まといです。わかりましたね、これは命令です」
少々きついものの言い方になってしまったけれど、このままでは余計にハンナの具合が悪くなるだけだ。そう思い、命令だと言って突き放した。
ハンナはその言葉にまた顔を歪めたが、最終的には小さく「仰せのままに」と了承した。
数時間休んでいたお陰で、私の方はほぼ平時と変わらない体調だ。ビューゼル先生に軽く挨拶をしてからカリーゴ様と数名の騎士に囲まれて診療室を出る。
その際には何かもの言いたげにしていた派手騎士のルイード君の顔をみたような気がしたが、急がなければとはやる気持ちにそんなことはすぐに忘れてしまった。
「カリーゴ様、ハンナはしばらく動くのは無理のようです」
ドレス姿にハイヒールでは思ったようには急げない。けれども出来るだけ足早にと進みながら話しかけた。
「はい。そう思いまして、休暇中だとお聞きしましたが、もう一人の侍女に使いをだしました。早々に戻られるでしょう」
「ありがとう。助かります」
ミヨとカリーゴ様は元々見知った間柄だという。特にルカリーオ商会へと繋ぎを取れば、ミヨにはすぐに通じるだろう。せっかくの休みのはずが、とんだ日になってしまったなと申し訳なく思っているうちに部屋の前にたどり着いた。
扉の前には厳めしい顔をした騎士が三人、蟻一匹も入らせないとばかりに殺気を放ちながら立っている。そんな豪胆そうな騎士たちも、カリーゴ様の顔を見るや否や、慌てて直立不動の姿勢を取り直した。
「いい。それよりも公女殿下がお入りになられる。まずは二人盾となり先導しろ」
そう言い放つと騎士たちが私の前に立つ。
「念のためです。一応前もって調べましたが、漏れがあってはいけませんので」
その一言とともに、カリーゴ様が私の横についた。
ゆっくりと扉が開かれれば、そこには床一面に私の衣裳や私物がぶちまけられていた。そしてもう一つ、部屋に入らずともわかる。鼻につく香水の匂い。
なるほど、とんだ状況だ。これじゃあ、どう見ても探し物だけでなく悪意を持って荒らされたに違いない。




