大不正解?
「えーと、その、ね……カリーゴ様、そのことについては」
ミヨはさっき私に向かい、『モンシラの悪公女』メリリッサらしくない、それどころかまるで彼女に虐げられていたリリコットのような性格だったと言い切ったのだ。
さらーっと聞き逃してくれればいいのに、カリーゴ様は生憎と耳も良ければ頭の回転も速かった。なんとかごまかせるかなと淡い期待を持って声をかけたのだが、そこは丁寧に辞退される。
「公女殿下、申し訳ありません。ここは貴女様の侍女、ミヨルカに聞かせていただきたいのですが、ご了承いただけますでしょうか」
「はひぃ……」
その丁寧さが怖くてちょっと声が裏返ってしまった。
それでも、ここはなんとか上手く言い含めろと、カリーゴ様がミヨに向かいあった時、ジェスチャーで伝える。気持ちが先走って自分でもよくわからない変な動きになったが、一応ミヨには伝わったようだ。
私の目をしっかりと見て頷くと、はっきりとした声でこう言った。
「姫様、ダメです。バレました」
そこは簡単に諦めちゃダメーっ!
この結婚には、モンシラの行く末がかかっているというのに、そんなにあっさりと白旗を上げないでちょうだい。リリコットとメリリッサが入れ替わって結婚なんてことになったら、トラザイドと大国ガランドーダの両方を騙したことになる。
トラザイドからは友好的関係を切られるだけで済むかもしれないが、流石にガランドーダはそんなに甘くない。大国の面子をたかがモンシラごときに潰されたといって激怒するはずだ。下手をすれば……攻め込まれる?
いやー、それはヤバい。絶対に、ダメなヤツ。
それ以上は言うな、言うなよ、と両手の人差し指をバッテンマークにして叩き続けた。しかし無情にもカリーゴ様は言葉を続ける。ああ、もうダメか、こりゃあ。
「へえ、つまり認めるということだね。ここにおられる公女殿下は――」
「はいそうですよ。私の姫様は、泣き虫で若干引きこもり気味ですが、心お優しく頭脳明晰、どこをとっても非の打ち所の無い、まさに公国民のお手本となられていた――メリリッサ公女殿下に間違いございません」
ほえっ?今ミヨはなんて言った?
「世間の噂では、リリコット様の功績をメリリッサ様が奪い取っていたなど言われていますが、本当は真逆です。それでも心お優しい私の姫様は、リリコット様が大国で健やかにすごされることができるのならば、と敢えて泥を被ったんですよ」
すみません、メリリッサ様。お優しい姫様のお心、ばれちゃいましたーと、全く悪いと思っていない口調でそう言った。
逆か。いや半分は本当のことだけれど。入れ替わっていないこと前提にすれば、確かにそう言ってしまえば、今の私の立場は悪くはならない、はず?
カリーゴ様の探るような視線がちょっと痛いが、今のところはミヨの言う通りにしておいた方がいいだろう。
「え、ええ。申し訳ありません」
じいっと見つめられ居心地は相当悪い。しかしここはしっかりと肯定しておかなければと頷く。
すると、はあ、と小さくため息をついたカリーゴ様は、あらためて私の方へと向き直った。
「正直に言わせていただくと、妹君のことをご心配されるのもわかりますが、私どもトラザイドのこと。特にアクィラ殿下の婚約者というお立場につきましても、もう少し考えていただけていたらと思います」
あ!そうだ、その通りだ。私はカリーゴ様のその言葉に対して急ぎ謝罪の意を口にした。
「……噂も、その『悪公女』の、まさかここまで大きくなるとは思っていなかったものですから、ついそのままにしてしまいました。そのせいでこのように広まってしまって、本当に謝罪しようがございません」
確かに、噂とはいえ『悪公女』を嫁にさせられるだなんて、よく考えれば酷い話だよね。
これって、リリコットとガランドーダの面子は保って、トラザイドやアクィラ殿下を下に見ているってことを言っているのも同然だ。
胸が、ちりりと痛む。
もし、アクィラ殿下がこの話を聞いたとしたら、どう感じるだろうか?少しは仲良くしようと向けてくれていた気持ちを、またそっぽを向かせてしまうのかもしれない。
それどころか、やはり離宮へいけと言われたら?たとえ温泉があっても、何だかそれはすごく淋しいと、そう思った。
「とにかく、このお話はアクィラ殿下がボスバ領からお帰りになられましたら伝えさせていただきます。そこから対処のご指示を仰ぎたいと思っておりますので、どうか今の話はここだけの話ということでお願いします。それまではもう一人の侍女の方にも、帰ってこられたヨゼフ様にもお話されませんように」
「はい。お約束いたします」
私の返事を確認すると、カリーゴ様は遅くなりましたが、と言いながら、自ら配膳室へと私たちのお昼を取りに行ってくれた。その間に急いで衣装を変えて支度をし直す。
「すみません、姫様……私、またやっちゃいましたね」
珍しく落ち込むミヨの姿を見て、首を横に振った。
いや、この入れ替わりはいつボロがでてもおかしくはない。現に私はトラザイドへきてから一週間ちかくも引き籠っていたというし、もしリストカット後に記憶喪失といった話が出ていなかったら、もっと早くおかしいという話があってもいいはずだった。
だから起こってしまったことをいつまでもぐだぐだと考えていても埒が明かない。
そうだ、そうだよね。流石に入れ代わりのことは、国家間での争いの種になりそうだから言えないにしても、リリコットを含めての私自身は偽らなくてもいいじゃないか。
それでアクィラ殿下や他の皆に距離を置かれても、それはそれで仕方がないと思う。
ちょっとだけ胸は痛むけれど、それは他人に傷つけられた痛みなんかじゃないし、大丈夫。
「ま、なるようにしかならないわよね。ミヨ、今日からは思いっきり私らしく飾ってちょうだい」
鏡越しにそう伝えれば、半分下を向いていた顔が上がる。そうして私と目を合わせると、突然自分自身の頬を両手でパシンと音が響くほどに引っぱたいた。
「はーい、姫様。勿論です!」
真っ赤になった頬をにいっと上げながら、ミヨがそう返事をして化粧箱に手を突っ込んだ。




