ノってるね
この調子でいってみよー!とばかりに張り切って腕まくりをしようとしたら、ハンナが大げさに止めにかかってきた。
「リリー様っ!お願いですから、今度こそは、お止めください!私がミヨとやりますので、何卒、ご指図をお願いします!」
「え、でも……」
「やー、姫様。せっかく綺麗にしたんですから、大人しくしてて下さいよお。カーテンくらい、ちゃちゃっと換えちゃいますから」
二人がかりでそう言われては仕方がない。
まあ本来ミヨ一人いればほぼ事は足りるのだろうから、そこは任せて次に家具の方を考えてみることにした。
家具の補修といっても、百合香の世界の様に100均がある訳でもないから、簡単に個人で綺麗にできるようなグッズを手に入れられることも出来ない。
貰い物の家具を補修するのに使わせてもらった傷隠しペンや穴埋め用のパテなんか、結構役に立つんだけどね。ないんだからどうしようもないか。
しかも、今でこそこんな傷がつきまくってはいるけれど、職人様が手作りした逸品でございますーみたいな家具を、道具なしで素人が修復なんて無理だ。
昔、借りた小説で呼んだ主人公は、現代知識でチート無双よ!みたいな凄い人だったけど、生憎と私は親も家族もいなかった哀れな一般庶民なので、そんな役立つ知識など持たない。
むしろ、お一人様節約術とか、そんなのくらいだ。あと、百合香の記憶を生かした、看護くらいか?それもあの世界の薬すらないのだから、無駄な知識ばかりだけどね。
だとしたら、私たちが今出来る最善のことは何か?ううーん、やっぱり見たくない部分は隠しちゃうことだよなあ。
よし、割り切ろう。
そうと決めてしまえば、何か使えるものはないかと自分の衣裳が置いてあるクローゼットを覗きに行った。ここは、今朝ハンナに教えてもらったからわかる。
そして、何も持たないといった割には服や小物だけは思っていた以上にたくさん持ってきていた。
どうもメリリッサは、入れ代わりする時ですら自分のドレスの質は落としたくなかったらしいので、身に着けるもののレベルは私のものも彼女と同じように質の高いものなのだ。
ただし、全部お古で新品はないみたいのが笑える。
「んーと、使えるもの、使えるものっと……あ、これいけるかな?」
きちんと畳んでしまってあった刺繍のついた美しい布を見つけて引っ張り出す。
おっと、よく見ればこっちにも繊細なリボンがまとめて箱に詰めてあるじゃあないですか。
ほくほく顔でそれらをクローゼットから持ち出すと、カーテンレースを付け替えた二人が揃って私の方へと寄ってきた。
「姫様、終わりましたよー。うわー、また上等な布出してきましたね」
「二人ともお疲れ様。うん、やっぱりカーテンが綺麗になると、気持ちもすっきりするわね」
ようやく脱お化け屋敷をした窓付近を見て頷いていると、ハンナがまた意味ありげな視線を送ってきている。
「どうしたの、ハンナ?」
「そのテーブルクロス、お使いになられるのでしょうか……?」
おお、これテーブルクロスだったのかー!
そりゃあ正に探していた用途そのものの品でした。
「使うわよ。せっかくこんなに綺麗なテーブルクロスがあるのに、使わなければ勿体ないじゃない」
部屋の真ん中に置いてあるテーブルは天板が傷だらけで正直見るに堪えなかった。
しかもそこに着くための椅子も脚が折れた形跡があるので、このテーブルクロスをかけてしまえば粗が見えなくなって一石二鳥なのだ。何の憂いがあるというのだろうか?
不思議に思っていると、私のその言葉に、さらに渋い顔をしてハンナが続ける。
「そちらは、リリー様が、ガランドーダの王妃殿下へと贈るためにと……刺繍されたものでした、から」
あー……なるほど。義理の母親になるはずだった人へ向けたプレゼントだった訳だ。
でもまあ、すでに贈る相手には届かないものではあるし、そんな曰くつきのものをトラザイドで贈り物に使うのも違う気がするので、だったら自分で使うのが一番理にかなっていると思う。
「じゃあ遠慮なく使いましょう。特に、ガランドーダの紋章が入っているわけでもないから大丈夫よ」
そう言ってテーブルクロスを広げれば、そこにはいくつもの美しく可憐な花の刺繍が舞っていた。
私は繕い物なら得意だけど、刺繍なんて高尚なものはしたことがない。けれどもこの刺繍の素晴らしいのはわかる。
とても繊細な花吹雪が舞い踊るそのテーブルクロスは、白一色の糸で刺繍され、下手に色が付いているものよりも艶やかだった。ともかく細かい刺繍なのに布が全然よれていない。
中々上手いもんじゃない?リリコット!
自画自賛しながらテーブルの上へと掛けると、中古のテーブルには見えなくなった。
「わー、いいですね!いきなりグレードアップしましたよ、この部屋」
「そうね、この調子でどんどんと隠していきましょう!ハンナも手伝ってちょうだい」
「あ、……はい、リリー様」
それからハンナとミヨと三人で、あれやこれやと布とリボンを合わせながら家具のみっともない部分を隠していく。
やっぱり女三人よればなんとかというが、だんだんとそれが楽しくなってきてノリノリになってしまった。
「姫様ー、この引き出し開けづらいんですけど、どうしましょうか?」
「棚の裏に蠟を塗ると滑りやすくなるわよ……って、本で読んだわ」
「ベッドサイドのひび割れが、リリー様のお肌を傷つけないかと気になるのですが」
「それはクッションかなにかでごまかすしかないわね。綺麗な布で作っちゃいましょう」
どうせぼろレースを処分しなければいけないのだ。ここはクッションの中身となって、隠滅されてちょうだいと、針と糸を持つ。
ああだこうだと話しながら作業をしていると、二人の顔もどんどんと明るくなってくるようだ。
そりゃあ陰鬱な部屋よりも綺麗で整った部屋の方がいいものね。
私も、年の近い女の子と初めてと言っていいくらいの楽しい時間をすごしながら、顔が自然と綻んでくるのがわかった。