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NAZO・NAZO18

 ズゴンッ!!


 へ?


 一瞬の沈黙のあとすぐに響いたそれは、まさしく鉄槌と呼ぶようなカリーゴ様の拳がミヨの頭頂部に炸裂した音だった。


 うわーお。あまりの容赦ない拳骨に、怒鳴りつけようと思った声が引っ込んでしまう。


 綺麗に結った金髪のヅラが変なふうにズレてるよ。ひいひいと頭を抱えて蹲るミヨの姿を、目をぱしぱしとさせながら見ていると、カリーゴ様は容赦なくその首根っこを捕まえて無理矢理立たす。

 そうして今まで聞いたことがないような低い声で言い放った。


「ミヨルカ、いい加減調子に乗り過ぎだ。僕としてもお前が何をしたいのかわからないから、流石にもう止めさせてもらう」

「う、うう。カリーゴ様……マジでしたね」

「あたりまえだ。お前の態度は既に三回くらいは死刑レベルの不敬罪だろう」

「……まー、そこは否めません。ちょっと、わざとやっていましたし」


 えー、えー、えーっ!いや、うん。三回くらいでは済まないかもしれないけど、しかもわざと?でも一番驚くのはそこじゃない。

 何、この会話?しかも、カリーゴ様、ミヨのことミヨルカって呼んだ?え、でもミヨって男爵令嬢で、モンシラの首都にもほとんど出てこない田舎育ちって言っていたようなー……


 キャパオーバーになりそうなくらいの情報量に、頭がくらくらしそうだと椅子の背もたれに倒れ込んだ。ああ、ドレスよりはやっぱりメイド服の方がシワも気にしなくていいな、などととんちんかんなことを考えていると、頭を掻きながら、申し訳なさそうにしたミヨが、私によく似せた化粧の顔で、とある告白を始めた。


***


「私はコザック男爵家の庶子という立場ですが、ずーっと母方の祖父ソーレイヤー家があるジャスカ領で育ってきたんです。姫様、わかります?東の端っこのジャスカ領ですが」

「ええと、確か……スメリル鉱山のある所よね」


 ご名答、と言いたげなミヨだったが、さっきの拳骨が効いているようで大人しい。

 リリコットの勉強した記憶を引っ張り出し、ジャスカ領の位置を確認する。モンシラ公国の東端にあるジャスカ領は、トラザイド王国と領土を接する山岳地帯だ。

 二十数年前その一部から新素材の鉱石を期待され、トラザイドとの提携を結んで鉱山発掘作業を開始した。生憎と中々思うように作業は進まなかったのだが、長い作業の末、八年前にようやく新鉱石の安定した発掘がおこなわれるようになったのだ。


「その鉱山辺りの山ぜーんぶがソーレイヤー家のものです。あ、でした、か。首都から交渉に来た男に何から何まで全部持ってかれたって死ぬまで怒ってましたよ、爺ちゃん」

「もしかして、それが……」

「はーい、私の父親、コザック男爵です。山だけじゃなくて、うちの母親もゲットしたみたいです。金勘定の手腕を気に入られてコザック家の入り婿になってたみたいですけど、いけませんよねー、出張先で愛人作るだなんて、ねえ」


 やっぱり。でも、あっけらかんと笑って話すミヨに、なんて言っていいかわからない。ある程度事情をしっているらしいカリーゴ様の顔をうかがうと、軽く頷いたのでそのままスルーしておいた。


「それで、私の家のベントス伯爵領が、そのソーレイヤー家と隣接する位置にあることから、国は違えども彼女たちとは何度か会ったことがありました。特に長男とは年も近かったので」

「そもそもベントス通らないと、鉱石を運べないんですよねー。鉱石が出るまで爺ちゃんが地元の責任者みたいな役で、行ったり来たりしていたものですから、カリーゴ様とは小さい時兄さんと一緒に結構遊んでいたんですよ。あ、でもここで会ったのは偶然です。びっくりしました」


 苦虫を嚙み潰したようなカリーゴ様の顔でわかるが、ミヨのことだから碌でもないことをしでかしていたんだろうな。

 そういえば、最初から結構傍若無人なところはあったが、私、ミヨ、カリーゴ様の三人でいる時はその暴れっぷりに拍車がかかっていた気がする。わざと、と言っていたけれど、それだけじゃないな、きっと。


 だからといって、今日の主従入れ代わりごっこはやりすぎだと思うけどね。


 それでも一通り話を聞いて、ミヨとカリーゴ様が元々知り合いだったというのはわかった。それこそミヨの化粧じゃないけれども、上手く隠していたものだなあと感心する。

 あ、怒った時「僕」って言ってたからちょっとだけ地が出たっけ。


 さて、そこまでは納得した。けれどそうすると今度はミヨのわざとそうしていたという言葉が気にかかる。

 思えば最初は今よりももう少し大人しかった気がする。……多分。


「それじゃあミヨは、どうして私に向かってあんな態度を取るようになったのかしら?カリーゴ様が言われる通り、かなり不敬なのはわかっているわよね」


 勿論私はそれくらいで不敬だなんだと怒る気もなかったが、わざとだと言われれば気になって仕方がない。


「怒らせてみたかったからですね、はい」

「え?」

「だって、人ってぶちぎれた時こそ一番に地が出るじゃないですか」


 ああ、さっきのカリーゴ様とかそうだったね。ちらりと目をやると、カリーゴ様の顔がもう苦虫だ。


「おーまーえーはーっ……」


 がっと振り上げた拳が、もう一度ミヨの頭に激突する前に止める。まーまー、それよりもそこ詳しく言ってからにしてちょうだい。それでくだらなかったら思う存分叩いていいよ。


「つまり、姫様って記憶失ってから、まるっきり性格が変わりましたよね。前なら落ち込むとすぐに一人になって籠ったり、きついこと言われると泣きそうな顔して倒れそうになってたのに、今は全然そんなことないんです」


 がふっ!いやいや、うん……まあそれね。やっぱり思うよねー。名前を騙られて婚約者を寝取られた時も、一人で引きこもっていたなあ。

 誰も突っ込まないからさ、気にしてないかと思ったよ。


「でも、あれだけ姫様命のハンナさんも、なんか気にしつつも姫様がおかしいとは言わないし、ヨゼフなんかは時々やたらにやけた顔するんですよね。まるで、姫様らしくないところが姫様っぽい、みたいな扱いです」


 そう言われると確かに、ミヨよりも付き合いが長いはずのあの二人が何も言ってこないのはおかしい。


「それが理由の内の一つです。一度姫様が怒るか泣くか、とにかく爆発させてみようと思いました。でも知り合いを見つけたのと、楽しくなりすぎたので、だいぶはしゃぎすぎました。そこは本当に申し訳ありません」


 そう言って、今度こそ彼女にしては礼儀正しく謝罪の言葉を口にした。

 けれど、ミヨが感じたようなことが本当なら、思い当たることもある。ヨゼフのお菓子の記憶。それとあのアクィラ殿下との記憶もそうだ。あの頃の私と、私の中のリリコット像が上手くはまってこないのだ。


 もしかしたら私の十八年という時間の中で無くした記憶とは一つではないのかも……


 そんな新しい謎について考えていると、カリーゴ様がミヨに向かい、それはとてもいい笑顔で話しかけた。


「おい、ミヨルカ。今お前、公女殿下のご性格についてなんと言った?」


 性格……確か、泣き虫の引きこもりとか言ったけ?言われたな、うん。

 でもそれ、どう考えても『悪公女』らしくない、って……


 あ、れ?もしかして、バレ、た……?

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