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おもちゃのラッタッタ

 ミヨの自転車に対する執着心は強く、一日たった次の日になってもまだぶつくさと言っていた。


「あー早く乗ってみたい、乗ってみたいよぉ」


 一応、一部の人間しか知らない乗り物なので、絶対に誰にも二輪馬の話はしないようにとカリーゴ様に釘を刺された為、ハンナにも黙っているのだ。ぐだぐだと言ってないでもうしばらくは我慢しなさいよと注意すれば、いいじゃないですかーと口ごたえする。


「今日はハンナさん、お休みの日でここには居ないんですからぁ、少しぐらいー」


 私の髪を梳きながら朝の支度をするミヨは、唇をむにゅっと尖らせた。

 そう、以前から気になっていた超ブラック勤務体制についてだが、なんとか二人を説得してようやく休みを取ってもらうことになったのだ。


 なんせ覚醒してから二週間近くになるというのに、ハンナとミヨ、ついでにヨゼフの三人とも、一日たりとも休みも取らずにずっと私に付いてくれていた。そりゃあ、他に人がいないという単純に人手不足という面が大きいことは確かだけれども、実際そこは私が我慢すればなんとかなると思う。どうせ百合香だった時はなんでも自分でやっていたわけだし、誰か一人が付いてくれていれば、公女がするべきことでない事だけをやってもらえればいい。


 そんな気持ちを込めて力説し、今日はイービス殿下とアウローラ殿下との約束がある為ミヨが私に付き添い、ハンナが休みを取ることにした。その反対に、明後日はミヨが休みを取る。一日空けるのは、一人ではやりきれなかった仕事があった場合の保険だ。

 まあそこまでしなくても大丈夫だとは思うんだけども、休みを取ったことによって負担がかかりすぎるのも本意ではないから、そこはハンナの言い分を聞いておく。


 ヨゼフについては、今はアクィラ殿下にくっついてボスバ領へ行っているので、帰ってきてから考えよう。一週間との予定らしいから、どうせあと四日はかかるはずだ。てか、馬で片道三日はかかる道のりをボスバ領まで走り用事を済ませて、本当に一週間で戻って来られるんだろうか。

 まあ、それだけ強行軍だとしたら流石にヨゼフだって休みが欲しくなるだろうからちょうどいいかな?


 そんなふうに、無理矢理振り分けた休みのことを考えていると、コンコンと控えめなノックが響く。

 はいはーいとミヨがスキップしながら扉を開けると、そこにはいつものメイド服ではない、少しくすんだ青色のワンピースに身を包んだハンナが立っていた。


「リリー様、それでは本日は申し訳ありませんが、お休みをとらせていただきます」

「ハンナ、休みは当然の権利なのだから、気にしないでちょうだい。ゆっくりと過ごしてね」


 そう言って労ったのだが、あまり嬉しそうでない控えめな笑顔を見せる。つくづくワーカーホリックなんだなあと思うけど、休みをちゃんと取ることも覚えて下さい。


「大丈夫ですよー、私が付いてますからねっ、ねっ!」


 それが一番安心できない。とは言わないけれども、ミヨは奇行以外は本当に何でも卒なくこなすので、ハンナも怒りきれないようだ。

 ぎゅっと眉間に皺を寄せて、「頼みましたよ」と、渋々答えた。


「ところでハンナさんは、今日は何して遊ぶ予定なんですかぁ?」


 遊ぶ前提なのがミヨらしい。まあお休みなので人それぞれ好きなことをすればいいのだが、確かにハンナの姿はどこかへ出かけるように見える。


「ええ、買い物を少し。王都にも慣れておきたいし、街へ出てみようと思ったのよ」

「あー、いいなー。じゃあお土産お願いしますねぇ」


 お土産って、あんた。ミヨならルカリーオ商会から何でも山のように持ってこさせるでしょうに。

 そうと思いつつも、確かにウインドウショッピングというものは、買うものがなくても楽しいものなので敢えて口には出さない。

 その代わりと言っては何だけれども、私はドレッサーの引き出しに入れておいた、紙でくるんだ十テゾ紙幣五枚を出してハンナへと渡す。


「おこづかいよ。好きなものに使ってちょうだい」

「っ……そんな、リリー様、結構です!」

「ほんの少しだから。気にしないで、ね」


 本当に気持ちだけとばかりに、ハンナの手へ押し付ければ、身を縮めながら受け取ってくれた。

 よかったー。勿論給料とは別の、私からの気持ちなので遠慮なく使ってほしい。そうして、楽しんでいらっしゃいと声をかけて、ハンナを見送った。


 ハンナはミヨのルカリーオ商会のように、こちらに知り合いがいるわけではないので一人で大丈夫かと心配もある。けど、とてもしっかり者だからあまり行動に制限をかけるのも違うよね。帰ってきたら、どこへ行ってきたのか、楽しかったかどうか聞いてみよう。

 扉が閉まりきり、そんなことを考えながら振り返ると、そこにはものすごーく何かを企んでいるような顔をしたミヨがいた。


「うふふふーん。さーてと、じゃあ今日は姫様と二人っきりと、いうことでー……」


 にやにやと顔をほころばせながら、化粧箱をででーんと広げ直した。

 そういえば、今日の化粧はミヨにしてみたらとても簡素な感じで仕上げてあった。いや、リリコットの顔は私に言わせれば正直超が付くくらい美少女なので、こんなもんでも十分綺麗なのだけれど、髪形なんかはほとんど結っていないも同然だったっけ。


「さあ、お楽しみのお時間ですぅ」


 うぇっ、何?なんかちょっと怖いんですけど。ハンナの枷がないと、ヤバかったりして、この娘っ……


「お、お手柔らかに、ね……」


 カリーゴ様がここに来るまではまだ時間がありそうだなーと、ほぼ諦めつつも、そう希望を口にした。けど、いい笑顔とともにあっさりと返される。


「いーやーですっ!」


 うん、わかってた。

 かくして、朝っぱらからミヨの玩具に成り果てた私なのだった。

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