サイクル・アゲイン
「これでそちらの小道を通って移動するんです。慣れれば馬車で来るよりも早く着きますよ」
早いな、おい。流石に変速ギアはついてなさそうなソレを見てしみじみと思う。
「ただ、なかなかコツがいりますので、乗れるようになった者に交代でこちらの片づけを頼んでいます」
まー、そうでしょうね。向こうの世界みたいに、皆が見慣れた乗り物でもなさそうだ。
バランスのとり方すらわからないものを、乗りこなすのは難しいと思うよ。でもこれに乗ることが出来れば、歩くよりも数段早く目的地に着くことが出来るから、そりゃ便利だね。
んん、いや待った、女性はこれで移動しないよね?
この世界のほとんどの女性は百合香たちと違い、ズボンを履かない。足の形がわかるような服は選ばない。
例外は女性騎士だけなのだが、それも王妃殿下に数人付いているのみだった。メイド服だって、ドレスのようにスカートが膨らんではいないが、くるぶし近くまで隠れるようになっているため自転車に乗るには不向きに見える。
「あの、これは男性だけ、かしら?」
私のその質問の意図を素早く理解してカリーゴ様は答える。
「はい、見習い騎士に練習させています。それに使う場所によっては、その小道のように馬が通れないような場所にも使えるかもしれませんので」
なるほど。よく見てみると、王宮と結ばれているその道は、小道というだけあって幅が狭い上に木の枝がかなり低い位置にある。
これでは馬に乗った場合乗り手が枝に引っかかって動けなくなりそうだ。これなら確かに自転車がなければ歩くしかできなさそうだった。
だからこんな自転車が開発されたのか。必要は発明の母っていうけど、本当だなーと感心していると、ミヨが我慢できないと言わんばかりに吠えたてた。
「あー!もうっ、いいからっ、私にもそれ、乗らせて、下さいっ!」
マジか?マジかー、ミヨ。あんたって娘は……もう、何も言うまい……
ミヨのそのお願いに、流石にカリーゴ様も渋い顔で断った。
スカートが、ケガが、とか色々と理由を挙げて思いとどまらせようと伝えていたが、まあ無理だと思う。
最後にはとうとう私の方を向いて、お前が止めろや的な表情を見せてきたが、無理です。ごめんなさい。
根負けしたカリーゴ様の手からハンドルを奪い取ったミヨが、意気揚々とサドルにまたがると、長いスカートがぶわんとひるがえる。
ひゃーいっ!ちょ、ミヨーっ!いるから、男の人いるからっ!いくら顔が地味で、ミヨからしたら範疇外でも、男の人だからね!
慌ててカリーゴ様の前に立って、ミヨのあられもない姿を見えないように隠そうとした。
わーわー、と両手を広げてカリーゴ様に向かい合うと、その細い目がいっそう細められていた。
あ、一応目をつむるのには間に合ったようだ。
「大丈夫ですか、カリーゴ様?」
「ええ、私は見ていません。けれど、あの……彼女の方は、大丈夫でしょうか?」
ん、なんで私が護衛する立場になってるのだろう。
まあいいか、それよりもミヨだ。くるんと振り返って叫ぶ。
「ミヨーっ、いい加減にしなさいっ!」
「嫌でーすっ!こんなに珍しいもの、体験しないで逃したら、家訓に反しますっ!ひゃー、なにこれ、こーけーそーうー」
どこの家訓だっ!銀行家の男爵家にそんなのあるのか?って、危ないっ!
スカートを押さえつつ意外と上手にサドルにまたがったミヨだったが、その姿勢のまま足を地面から離してペダルに載せようとしたせいでバランスを崩しかけた。
とりゃっ!と、急いでミヨの体に手をかける。足を踏ん張り力を込めて、なんとか転ぶのを防いだ。が、
「うわぁーお、ビックリしましたぁ!」
「足を、ペダルから、下ろしなさいっ!」
私のその支えのお陰で、ミヨも地面と激突しなくて済んだのだというのに、なぜこの娘はずっとペダルへ足を乗せたままなのだろうか?
その上思っていたよりも重い自転車に非力な私の腕力が持たない。転ぶ。これじゃあ一緒に転んじゃうから、ちょっと!
力つきかけたその瞬間、ようやくカリーゴ様がミヨの手ごとハンドルを持った。
「そのままでは、公女殿下がケガなされます。ついでに、あなたも」
「運動神経には自信があるから大丈夫だと思いますぅ。姫様とは違って」
おい待てこら。助けてやった人間になんて言い種だろうか。
しかもいくらなんでもそれは聞き捨てならない。
確かにこちらの世界では、ちょっと体力に自信はないけれど、向こうで百合香として過ごしていた頃の移動手段は専ら自転車だったのだ。
そりゃあこのふんわりドレス姿じゃ乗ってみせることは出来ないけれど、もう少し楽な格好なら、どや顔して自慢してやるのにー。
と、そこまで一気に考えをまくし上げたが、そこはぐっと我慢した。
いやいや、ダメダメ。私は今はリリコット。
新しいもの好きなミヨですら知らない乗り物の乗り方を知っているわけがないし、知っていちゃいけない。
そうして、「乗り方教えてくださいよ」というミヨの猛攻に負けたカリーゴ様が、半分あきらめ顔で乗り方指南を始める。
私はそれを見つめながら、いやー、本当に私の知ってるような自転車だよねその内乗ってみたいな。
そんなのんきに構えていて、どうしてこんな自転車そのものが、ここにあるのかだなんて考えてもみなかった。




