アクィラ~青空のかけら~
「あー、お風呂に入りたいな。足、綺麗にしたい」
そう言って膝を少し上げながら、汚れた足元をぱんぱんとはたく彼女に少し見とれてしまった。
けれど、女の子の足をいつまでも見ていてはダメだろうと思い直し、慌てて横を向く。それでようやく汚れた靴下のまま靴を履かせてしまったと気が付いたのだ。
「タオルを先に探そうか?」
「ううん、いいの。どうせ靴も汚れてるし。それよりも見つからないうちに早く探したほうがいいよね、それ」
彼女の白く小さな指が私の胸元にちょこんと当たる。ただそれだけの仕草に、また顔が赤くなった。
自分で無理矢理連れてきたくせに、そんな顔を見せたくなくて、頭を掻くふりをして「そうだね」とごまかす。
そうしてそっと入り込んだ部屋の衣裳置き場を、出来るだけぐちゃぐちゃにしないよう気を使いながらリボンタイを探すことに専念した。
私が靴を直し、そして一緒に新しいリボンタイを取りに行こうと誘った女の子は自分のことをリリーと呼んでくれと言った。
トラザイド王国の隣、モンシラ公国の第二公女リリコット殿下。
やはり思った通り、今日招待されていたお茶会に出席予定の一人で、なんとあの同じ顔をした少女の方は双子の姉だと言う。
「メリー?ええ、いつもあんな感じよ。私のこといじめて遊ぶのが楽しいみたい」
双子の姉である第一公女メリリッサ殿下のことを、リリーはそう評した。あんなことをして楽しんでいるだなんて言っては悪いが、少しおかしいんじゃないだろうか。そんな疑問が口を突いて出た。
「あんなのは、ひどすぎる。誰も何も言わないの?」
「人前では絶対にバレるようなことはしないもの。でも今日は油断したみたいね」
あんなところで隠れてる子がいるとは思わなかったと、笑いながら言われると少々バツが悪い。
出来るだけお茶会に出る時間を少なくしようとして隠れていたとは、彼女には言いたくなかった。それではまるでリリーに会いたくなかったと言っていることになるみたいで嫌だった。
私が言い訳を口ごもっていると、リリーは少しだけ目を伏せて小さな声で言った。
「それに、いいの。だって、私……」
「え、なに?」
よく聞こえないと、伝えようとしたところで部屋の扉の向こう側に人の気配を感じた。しまった、都合よく侍女たちが居なかったからと安心しすぎていた。
慌てて小さな棚を引けば、その中に綺麗に畳まれたハンカチーフのような布が見えたので急ぎ引っ掴んだ。
けれどどうしようか、この衣裳置き場からの扉は一つしかなく、その向こう側には確かに誰かがいる。私一人ならば後でお小言を言われようが一向にかまわないが、リリーも一緒だというのは、あまり外聞がいいことではない。
子供同士だとは言え、一国の公女殿下に迷惑をかけたくないと考えていると、いつの間にか動いていたリリーから、こっちこっちと声が掛かった。
「え?」
「早く、こっちよ。アクィラ様」
その声の方へと顔を向けると、開いた窓の向こうへとすでに体半分が出ているリリーの姿が見て取れた。
ああっ!?待て!
そう手を伸ばそうとしたが、あっという間に彼女の姿が消える。
まさか、ドレス姿の女の子が、しかもただの女の子ではない、公女と呼ばれる女の子が窓から飛び出すだなんて思いもよらなった。
けれども幸いにしてここは一階だ。とにかく出てしまえば後はなんとかなるだろうと思い直して、彼女の後へと続いて窓枠に足を引っかけた。
そうして衣裳部屋から外へと脱出した私とリリーは、共犯だと言わんばかりに手を取り合って走り出した。
こらえにこらえたクスクス笑いも、人気のない木々に囲まれた場所にまで辿りつくと、どうしても我慢がきかなくなり、とうとう二人向かい合って笑いだす。
何が楽しいのかわからないけれど、とても楽しいと思ったのだ。
しばらく笑い続けてようやくその笑いは止まったが、今度は違う笑いが込みあげてきた。
くっくと喉を鳴らしていると、いつまで笑っているのだと、一足先に落ち着いていたリリーが訝しげにこっちを覗き込んでくる。
「すまない。ああ、君の姉君も大概ひどいと思ったが、むしろ……」
そこまで言っておいて、つい吹き出してしまった。その姿で察したのか、はーんと、一言声をだしてから私の手の甲をきゅっと摘まみ上げた。
「いてっ」
「どうせ、ものすごいお転婆だ、なんて思ったんでしょ?ええ、そうよ。だから、いつも悪いことは全部私が被ることになってるの。だから、メリーはいつだっていい子でいられるの」
その言葉に、つねられた痛みなど瞬く間に忘れてしまった。そして自分の失言に慌てる。
それでも口に出してしまったことはもう引っ込めることは出来ないと、頭を下げてどうにかして許して欲しいと頼み込もうとした。
だが、リリーはそんな私の顔を覗き込むようにして少し不安そうな声を出す。
「アクィラ様はお転婆は嫌い?もしそうなら、私……ちょっとずつでも、」
「いいやっ、嫌いじゃ、ない」
考えるよりも早く言葉にしていた。公女らしからぬその行動も、大口を開けた笑いも、とてもとても好ましい。
そんな気持ちが伝わったのか、リリーはその大きな青い瞳をゆっくりと笑顔に変えていく。
青空のかけらみたいなそれは、この国へくる前に寄ったボスバ領で見てきた、美しいリーディエナの花の青に似ている。
ああ、綺麗だな。
そう思った時私は、リリーに対するこの気持ちは好ましいなんて淡いものではないと知った。
私は、本当に、彼女のことを本当に好きになったのだ。




