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いい湯かな?

 まさかここへ来て、離宮への島流しかと思いきや、そうではなかったと理解したのは次の日になってからだった。


 朝食の後、いつもよりも早めに私の部屋へときたカリーゴ様に馬車溜まりへと案内された。そうして一緒に付いてきたミヨと共に、二頭立ての馬車に乗り込む。

 黒塗りで箱型のそれは見た目シンプルな作りでそれほど華美な馬車ではないけれど、王宮所有の馬車だけあって中に乗ってしまえばその乗り心地に満足する。座席はクッションの良く利いたもので振動は少ないし、見た目以上に中が広い。

 これならば女三人なら横並びでもいけるんじゃないかと思うくらいだ。

 けれども昨晩泣きまくったハンナは少し瞼が腫れていたようだったので、今日のところは置いて行くことになった。まあどのみち一人は掃除や洗濯ものの片づけをしなければいけないのでそこは仕方がない。


 仕方ないんだけどー……このまま離宮とそっちで離ればなれにならないわよね?


 そんなことをやきもきとした気持ちで考えていれば、私とミヨの座席、対面に座るカリーゴ様がいつも通りの口調で話しかけてきた。


「専門の医療手伝いの件には、ビューゼル宮廷医が大変感心していられました。ぜひ推薦できる者を選んでみるとのことです」

「……ええ。それはよろしかったですね」


 ビューゼル先生が推してくれる人なら、きっと悪い話にはならないだろう。配属されたならまたその人にも話を聞いてみたいな。


「その上で、ビューゼル宮廷医からも一つ提案をいただいたのです」


 ふーん。ビューゼル先生からの?一体なんだろうと首を傾げると、カリーゴ様はその地味な顔を少し曇らせる。


「どうせならば静養所のような場所が欲しいと言われたのですよ」

「静養所……つまり、ケガや病気の治療はある程度済んだけれども、体を休ませる必要がある方にゆっくりさせるための場所、ですね」

「ええ。今回のルイードのように、骨折後の体調を整えるような場所があればと」


 ほうほう。あれか、サナトリウム的なヤツね。

 確かに、病気やケガが治りました。はい、じゃあ退院です。というのは病院経営でのベッドの回転率を考えた上でなら正解だ。

 けれどもこちらの世界はあちらとは違って、そう簡単に通院で経過を見るといったことは出来そうもない。そもそも騎士や見習いの者たちは究極の肉体労働なのだから、退院ともなればよほど上の立場でなければゆっくりと静養もできないだろう。


 このビューゼル先生からの提案は、これからの下級騎士の健康維持にも役に立ちそうだ。

 そして、今こうしてカリーゴ様が私を離宮へ連れて行くということは、もしかして――


「申し訳ございません、公女殿下。よろしければその候補地の一つとして、あちらの離宮を挙げさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 そういって、馬車の窓内側にかけられたカーテンをめくる。

 あまり大きくない窓だが、それでもそこから木々の中に白い建物が見て取れた。日の光にところどころ反射して輝いているのは何だろう。遠目に見ても美しいその建物は、誰も住んでいないのが惜しいくらいだ。


 なるほど、そのために私を離宮に連れてきたのか。ここで私はようやくカリーゴ様の意図が理解できたのだった。


 馬車に揺られること大体時間にして四十分ほどして辿りついたその離宮は、なんというかとにかく綺麗だった。

 来る途中には輝くようにみえたその外壁は、近くに寄ってみるとそうでもない。なんだろう、何が光っていたのかなと壁に手を当ててみればざらざらとした感触だった。きっと塗装に仕掛けがあるのだろう。

 そして離宮自体はそこまで高さはないようだけれど、幅は思ったよりも広さがあった。一体何部屋くらいあるのだろうか?ここまであればそこそこの人数がゆっくりと保養できるかな。


 うーん、これはそのままほったらかしにしているのはすごく勿体ない。

 しかもこの離宮にはかなり庭のスペースもとってあるようだ。木々からの木漏れ日、聴こえてくる鳥の声に癒される。リハビリにはもってこいじゃないか。


「いいですね、ここは。とても気持ちのいいところです」

「そう言っていただければ、皆が喜びます」


 本当に誰も住んでいないのが勿体ない。ここにたずさわった人たちに謝りたいくらいだよ。

 でも王太子の婚約者としては、やはりどんなに素敵なところでも、あまり離れたところに住むわけにはいかないもんね。

 特に悪公女として噂されている私にとって、出来るだけアクィラ殿下の側にいて仲良くなれるようにすることは、これからこのトラザイドで生きていく上で必須のことなのだ。


 それに……やっぱりアクィラ殿下に惹かれ始めていると自覚したら、ここに住むということは今さら出来ない。したくはない。


 ならば、静養所として使ってもらうのが一番いいだろう。そうすればこれから何かがあったとしても、そうそう簡単にはこの離宮へ行けとは言われないのではないだろうか。


 ゆっくりと振り返り、カリーゴ様へ向かい合う。


「わざわざ私に確認を取らずともよろしかったのに」

「いいえ、この離宮の主は公女殿下ですから」

「そうですか。でしたら、ぜひ皆様のお役に立つようお使いください」


 そう、にこりと笑顔でこたえた。カリーゴ様も落ち着いた笑顔を返してくれる。

 じゃあ、話は決まったということでゆっくりと中を見せてもらおうかな。家具は入ってないということだけど、確認はしておきたい。そうしてカリーゴ様に案内を頼んだ。


「これで温泉でもあれば立派な湯治場ですね」


 一通り見回ってから、ぽろりと希望が零れる。

 うん、静養所なら大きなお風呂が欲しいなあ、なんて考えていたからだ。すると、豪速球で返事が返ってくる。


「ああ、ございますよ。温泉」


 はっ!?


「すぐそこの源泉から、こちらへと流せるようになっています。静養所として使うのならば、用意した方がよろしいでしょうかね?」


 あれ?もしかして、ここの離宮って神対応じゃない?

 ……早まったか?


 私は一瞬だけ、アクィラ殿下と温泉を秤にかけてしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪公女の誤解が少しずつ解けて良い方向になっているところ [一言] 温泉と王子を秤にかけちゃうのは仕方ない それが風呂好き 温泉万歳!
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