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あれのバクダン

 ベッドサイドまで持ってくると言われた夕食だけど、気分はすっかり良くなったからと言って、テーブルへとセッティングしてもらった。ハンナとミヨからのいつも通りの給仕を受け、食事を進めていく。

 こうして私がリリコットとして覚醒してから、晩餐やパーティー以外ではあまり変わることのない光景だ。初めこそ見まもられながら一人で食べることに抵抗を感じて、二人に無理矢理席に着いてもらっていたのだが、今ではほとんどそんなこともしない。

 一緒のテーブルを囲んだのも、この間リーディエナのお茶をふるまったのが最後になる。


 ナイフとフォークを置いて、目の前の皿が片付けられていくのを目にしていると、ふと思う。

 こんなふうに世話を焼かれることに、随分と慣れてしまった気がするな、と。


 ひい、ふう、と指を数えて驚く。まだ十二日しか経ってないのになあ、人の順応力って凄いわ。


 まあ、毎日こうやって着替えやら食事やら、いろんなことを手伝ってもらっているのだからそれも当然なのかもしれない。さらにはリリコットのものだという記憶も少しずつ思い出してきていることも、その『慣れ』の一因なんだろう。

 特に、そう。今こうして彼女たちにかしずかれていることに、何の違和感も覚えない。

 これまでは、自分一人では出来ないドレスを着ることですら、手伝ってもらうのは公女という身分なのだから仕方がないと思う気持ちを捨てられなかった。

 けど、ついさっき目が覚めてからというもの、そういった一歩も二歩も引いた遠慮みたいなものが、すうっと消え失せているような気がする。


 これって、さっき記憶から覚める時に、浮かび上がっていた私がリリコットの中に吸い込まれたことに関係するのだろうか?


 確かにあの時、急に体温が上がり浮わついていたものが収まったような感覚がしたのだ。なんというか、ピースがはまった?いわゆるそんな感じだった。

 もしかして記憶が戻り出す速度も、今よりももっと早くなっていくのかもしれない。

 だとしたら、アクィラ殿下と初めて出会ったあの記憶の続きも思い出せるかもって、


 ……うわー、それはちょっと照れる。


 そんな気持ちがだだ漏れしていたのか、ミヨが抜け目なく私の様子を見ていた。


「姫様ぁー、ちょ、顔がにやにやしてますよ。でー、何思い出したんですかぁ?」


 ほうっ。いかんいかん、ついあのかっこかわいいアクィラ殿下を思い出してしまった。

 でも、あの日のことはまだ誰にも話したくないのよね。絶対にミヨになんか言われる、からかわれる。という訳で、さっきのメリリッサから川に落とされた時の記憶だけを伝えることにした。


 そしてものすごい失敗をした。


「……リ、リ、リリーっさ、ま……ひっぅ……う、う……」

「ほら、ハンナ……もう過去の話だからね。傷跡すら残っていないから、大丈夫よ」


 あの記憶は見事にハンナの古傷をえぐったようで、私が話し終えた途端それはもう見事に涙腺を決壊させてしまう。

 おおう、申し訳ない。

 ミヨからは、何やってんだこいつ的なめちゃくちゃ冷たい視線がびしばし届く。ええー、あんたが聞くから話せることだけは話したのに、全部私一人の責任かよ。こっちこそちょっとだけ泣けたわ。


 ただまあ、そのハンナの嘆きに関して言えば、もう仕方がないとしか言えない。なんせ、あの場面をばっちり見てしまっているのだから、いくら今の私が大丈夫だと慰めてもそれは理屈ではないんだろう。


「ハンナ、もうこの話はこれで終わりにしましょう。私も二度とこのことは口にしないと約束します」


 そう言うことで、ハンナはようやく私の目を見ることが出来た。うるうると涙を溜めながらうなずくと、ぽたりと彼女のメイド服にシミを作る。それでなんとか落ち着いたように見えたけれど、今日はもうハンナは休むようにと命じた。


「後は私にまかせてくださーい。どんとこいですよ」


 ミヨのその言葉に、一瞬眉間に皺が寄ったのを見たが、今日のところは素直に従い下がっていった。それを確認して、ほっとする。


 うん、これ以上この話を蒸し返すことはしなくていいや。どうせ私もメリリッサのしでかした事を思い出すだけでムカつくしね。

 足裏の傷は跡もわからないほど綺麗に治っているし、生活になんの支障もない。

 たった一つ私が考えるべきだと思うことは、あの先生に報いること。これから、ここで今よりももっと医療を充実させることだと思う。それさえ覚えていればいい。


 そうあらためて決意を固めていると、コンコンと部屋の扉が叩かれたのに気が付く。相変わらずミヨが呑気に確認すると「カリーゴ様でーす」との声と同時に扉が開かれた。


 もうちょっと……と考えるだけ無駄か。

 カリーゴ様ならば、きっと診療室の看護師のことだろう。ざっと自分の姿を見回してから、一応どうぞと声をかけた。

 流石にアクィラ殿下の従者だけあって、私の言葉を確認してから部屋の中へと入ってくる。そうしてにこやかな笑みを浮かべた。


「先ほどの件でしょうか?カリーゴ様」

「はい、早速宮廷医の方々に話を通して参りました。人選にはくれぐれもとの話でしたので、もう少し時間がかかりますが、公女殿下のお気に召すようにさせていただきます」


 あー、人選ねえ。医者の先生は結構使う人にうるさいからなあ。

 それにこの世界だとどうも医師によっては薬も自前のものを使う場合が多そうだ。そこは情報漏洩もふくめて、くれぐれもと言ってくるだろう。


「ええ、それではくれぐれも医師の皆様のお気に召す方をよろしくお願いします」


 とにかく看護師という職業の第一歩の道筋を作りたいのだ。頑張ってちょうだいよ、カリーゴ様!と、拝むような気持でお願いする。


 よし、じゃあ今日のところはこれで話はお終いだね。そう考えて椅子の背もたれにちょっと寄りかかり、気持ちが緩んだところで爆弾をぶつけられた。


「そうそう、公女殿下には明日、離宮にお出でになっていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「はあっ!?ちょっと、え?」


 あれ、私なんかやったっけ?離宮ってあれか、イービス殿下曰く、追い出すためにアクィラ殿下が作ったあの場所だよね。そこへ行けって、えーとそれって――


 もしかして私、このまま離宮へって、追い出されちゃうのっ!?

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