いつか見た……
結局、二人に両脇を抱えられながらベッドへと向かい引きずられた。ハンナはきっちりと肩に腕をかけてくれたが、ミヨはむんずと腕を掴んだだけだったので、文字通り足のつま先はずるずると引きずられて、ちょっと痛かったわ。
で、座り込んだ私が気分を悪くしたのだと思い込んだハンナによって、そのままかいがいしく世話をされベッドへ寝かされてしまった。別に具合が悪い訳ではなかったんだけど、今回思い出した記憶のことは、まだまだ彼女たちには話したくなかったので、ハンナの勘違いに乗らせてもらうことにする。
そうしてふとんの中にもぐれば、そのさらさらな肌触りとふわふわの感触に癒され、いつの間にかうつらうつらと夢の中へと滑り込んでいった。
ふっと意識が浮かび上がる。いつの間に寝てしまったのだろうか、時間の感覚がない。
いくらなんでももう起きなければいけないと、体を起こそうとしたが何故か私の体は全く動かすことが出来ない。
え、もしかして金縛り?初体験なんですけど、これってどうしたらいいんだろう。
無理に力を込めても大丈夫なのか、ちょっとわからないんですけど。とりあえず声を出してみようと思い、喉に力を入れたが、ダメだ欠片も動かないし、動くような気もしない。当然目も開かないから真っ暗なままだ。
困ったなあ、と妙にクリアになった頭で考えていると、ふいにその頭の近くで誰かの泣き声が聞こえてきた。
「うっ……ひっ、ぐ、リリー様……リリー様ぁ……」
ぐしゅぐしゅと鼻をすすりながら涙を流すその声は、今よりもずっと幼く感じる。
「も、申し訳……あ、りませんっ、う……ひゅ……」
そう必死に謝っていた。見えないからよくわからないけれど……ハンナの声よ、ね?
体も動かせないから、頭の中だけで首を捻る。不思議に思っていると、もう一人誰だかわからないけど大人の男の人の声が聞こえた。
「リリコット殿下は大丈夫です。おみ足の裏の傷はしっかりと縫合できましたから、その内に傷跡もわからなくなるでしょう。ただし、しばらくの間は麻酔が効いていますので、ご容態の急変がないようにきちんと見ていること。わかったね、ハンナ」
「は、ひぃっ……」
麻酔……あー、多分あのレールチコリだよね。いつの間にそんな状態になったんだ?一体私に何があったのだろうか。
うーん……おーい、ハンナってば、そう心で問いかけた時、頭の上に冷んやりとしたものがのせられた。
うひゃっ、冷たっ!
その感触にビックリしたのと同時に、体が跳ね上がる。
おおー、動いた……と思ったら、思っていた以上に飛び上がったようで、何故か天井に頭がぶつかると感じてしまった。
うぉおおい!なんじゃこりゃあ!?
プチパニック再びだよ。何で、私があそこで寝てるんだっ!?
ふわふわと浮かび上がった私の足元には、私が居た。
ええええ?何で、意味がわからない。幽体離脱ってやつだろうか?
いや、待て、よく見ろ自分。あそこのベッドで寝ている私は明らかに幼いじゃないか。うーん、ただでさえ白い肌に血の気が通っていなさそうで、さらに人形のように見えてしまう。
……十歳くらいかな?だとしたら、これは多分記憶の一部だっ!
どうしてこんな俯瞰で見ることができているのかわからないけれど、絶対にそうだ。確信をもってふわふわと浮かびながら腕を組んでいると、さっきハンナへと声をかけた男の人がまた話し始めた。
「ところで、どうしてリリコット殿下はあんな川の近くまで出向かれたのだ?」
あー……顔を見て思い出したけど、あれだ。ちょうど八年前くらいまで公邸付きの医師だった人だ。たった今私の額の上に濡れ布巾をのせたハンナの顔がまた泣きそうに歪む。
「…………メ、メリー……っ、様が」
はいはいはい。ハンナの言葉でそれも思いだしたわ。確かに私はメリリッサに川へと落とされたことがあった。
公邸の敷地内の隅に、一部領内を通る川が入り込む場所があったのだ。その場所は木の陰になっていて、夏の暑い日などは涼むのに持って来いの場所だった。その日も多分そんな気分で足を向けたのだろう。三日前から降り続けていた雨がようやく止んだからと、いそいそと川へ向かえば、いつの間にかちゃっかりとメリリッサまでついてきていたのだ。
その瞬間は覚えていない。
けれど、雨のせいで嵩の増した川の勢いになんとか負けまいと、川岸の草か木の根にしがみつこうと必死だった。メリリッサの声で『手を出しちゃダメよ』と話かけるのを耳にし、負けるもんかと思った。
そうして水しぶきの向こうで、にやにやと笑う顔を見た後に、ぷつっと意識を失ったのだ。
「メリリッサ殿下ですか……護衛騎士が間に合ったからよかったものの、そうでなければ足の傷程度ではすまなかったかもしれませんね」
静かにそう呟いた医師の顔はそれ以来見ることはなくなった。確かこのあとしばらく私は目が覚めず、それが医師によって麻酔を多く効かされたためだということになったらしい。でもレールチコリは元々きつめの麻酔薬なのだから、本来ならばそれくらいは仕方がないのだ。ただ、苦言が気に入らなかったメリリッサが上手く医師を解雇に追い込んだ。先生がいなくなってから、告げてきたメリリッサの告白も合わせて思い出した。
なんだか本当に情けない気分になる。浮かんだままで申し訳ないが、この先生には心から謝りたいと思う。
足の裏の傷は、正直たった今記憶を思い出すまで、全く気にならないほど綺麗になっています。
ありがとうございます。そして本当にごめんなさい。私とメリリッサの諍いに巻き込んでごめんなさい。
いつか、先生と出会うことがあったなら、直接謝らせていただきますが、今はこれで許してください。その代わりと言ってはなんですが、一人でもたくさんの患者さんが先生のような医師にかかれるように、医療関係の充実を出来るだけ考えていきたいと思います。
そう心の中で語りながら、ぺこりと頭を下げた。
そうすると、浮かんでいた私が静かにリリコットに吸い込まれていく。ゆっくりとその身体になじんで、温かな体温が戻ってきたと思うとその目に光を感じることが出来た。
そっと瞳を開ければ、心配そうにのぞき込むハンナとミヨの姿がみえる。
ちょっとちょっと、呼ばれるまで控えていなけりゃダメなんじゃないの?普段そんなことをしない二人に笑ってしまう。そして、そんな二人を見て、思わず「ただいま」と言ってしまいそうになった自分にも。
流石にそれは口にせず、出来るだけ静かに起き上がる。そうして時間を尋ねようとしたその時、図ったように私のお腹が大きな音を鳴り響かせた。し、しまらないな……




