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ツイてるね

 このままどこか遠くへ行ってしまいたい。まるで何かの歌のフレーズのようなものが頭の中を飛び回っていた。

 つまり私はただ今現実逃避中なのです。


「早く答えろ」


 そう言い捨てて、いい加減ぶち切れ気味なアクィラ殿下が私に向かってくる足音が聞こえる。

 かっかっ、と随分乱暴な歩き方なので、苛立っているのが丸わかりだ。

 こんな侍女の格好をしていても、流石にアクィラ殿下が婚約者の顔を見間違う訳はないだろうなー。

 さあ、どうやってごまかそう。


 自殺未遂をして医者に掛かり、自室で寝ているはずの未来の嫁が、メイド服に身を包み他所の部屋でカーテンを物色している……ダメだ、どう言い訳しようと考えても無理だ。

 なら素直にこのまま正体をみせるか?笑ってどうもすみません、えへへ。そんなふうに言って済むものか?

 まあ、それをやったところで結婚に興味がないと言い放ったアクィラ殿下なら、嫌味のいくつかは言われても、モンシラ王国(実家)に返却されることはないだろう。

 何せ、面倒くさいから死ぬなと言い切ったのだ。


 しかしそれでも、と思う。

 これがバレたら間違いなく心を通わせるだの、打ち解けるだという希望的観測は0になる。いや、むしろマイナスかな?

 それはそれで、これ以降の私の生活待遇改善の妨げになる。


 だとしたら、やっぱりなんとか全力でごまかすしかないと手をぎゅっと握りしめた。握りしめたら、にちゃあと不快感溢れる感触が手のひらの上にあった。

 これだ!もうこれしかないと、その手のひらで顔を洗うように擦りつける。


 うええ、気持ち悪いし、ちょっと変な臭いがする。


 なんの汚れかわからないけど、仕方がない。せめて、漆みたいにかぶれるようなことがないようにと祈るばかりだ。

 そうして、モブキャップをぐいっと、ほとんど目が隠れてしまう所までひっぱった。瞬間、後ろから腕を取られ、アクィラ殿下の方へと体を向かされた。


「何をしているっ!?」

「ひゃぅっ!……や、ずみません、ずみません。よんごれでしまっで、づい……」


 ベタベタの顔をさらに、ぐいぐいと擦りつけ汚れを広げる。

 その上で、トラザイド王国の北方にあるボスバ領辺りの方言を口にした。いや、わかってて口にしたわけではないけど、何故かごまかさなければと思ったその時、自然と口から零れてしまったのだ。


 ボスバ領といえば、今から十五年ほど前にトラザイド王国へと統合されたボスバール国のことだ。

 雪深く産業も少ないため、あまり裕福な地域とはいえないが、初夏の一時は可憐で美しい青花が咲き乱れ領内中が青一色になる。

 その花は香料としても優秀で、トラザイド王国から近隣諸国へと卸される、高級特産の一つとなっていた。


 どうしてそんな一部の方言を知っていたのかはわからない。

 しかし、その言葉を口にした瞬間、アクィラ殿下の苛立ちの表情がほんの少しだけそぎ落とされた。


「……お前は、ボスバ領の者か?」

「へ、へえ。あだらしく、こちらへ。でも、掃除中(しょうじっちゅう)、そんでよんごれて……」


 手で半分顔を隠しながら必死で言い訳をしていると殿下が、はあ、と息を吐き私の腕から手を離す。


「もういい、わかった。掃除なら勝手にしておけ……だが、この先の部屋へは立ち入るな。わかったな」


 アクィラ殿下の勢いに負け、こくこくと素直に頷く。この先の部屋と言えば、私の部屋しか開いている部屋はないのでその約束はしないけどね。


 一応私の言い分を信じてくれた殿下は、入って来た時と同じようにかっかっと足音を響かせながら扉から出ていってしまった。一体この何もない部屋に何しに来たのかと首を捻るが、全くわからない。


「まあ、いっか」


 ポロっと声を出したところで、しゅるしゅるっと音もたてずにミヨが私に近づき隣に立った。


「いっやー、ツイてましたねー。アクィラ殿下、全然気が付いてませんでしたよ。ねえ、姫様……っぶっふ!」

「は、何?ミヨ、どうしたの?」

「っひ、ひゃっ、姫様っ!ものすごいっ、顔、です……ひっひ、そりゃ、バレませんって。ぷ、ぐふっ!」


 あー、うん。ものすごく顔がべったりしてるものね。だけど、そんなに酷い?こりゃあ、顔を見るのが怖いわ。

 そう思っている私の傍らで、ミヨが丸めたカーテンレースに顔を埋めながらしばらく悶え続けていた。


 なんとか落ち着いたミヨと一緒に自室へと辿り着けば、留守を預かってくれていたハンナに絶句された。しかもまた涙目で。

 そうか、そこまで酷いかー。汚れていない手の甲で擦って見るとねちょっと汚れが張り付き、全く顔からは取れていない気がする。

 これ水じゃあ取れないよねと項垂れていると、カーテンを置いたミヨが、続き間の侍女室から大きな手提げ箱を持って出てきた。


「さ、姫様。綺麗にしましょう」


 そう言って手提げ箱を開くと、そこには整然と並べられた化粧品の数々が箱いっぱいに並べられていた。


「え、ミヨ……あなた、すごいコレクションじゃない」

「えへへー。私ね、こう見えてもお化粧大好きなんですよ。姫様たち付きになった時に、趣味を生かせるって張り切ってたんですけどー、お二人とも化粧いらないくらい美少女じゃないですかあ」


 ビンを一つ取り、オイルのようなねっとりした液体を手のひらに流す。

 それを人肌になじませるようにこすり合わせてから、私の顔へと優しく乗せた。ゆるゆるとマッサージでもするように汚れと混ぜ合わせ、肌の奥のさらに奥の方まで綺麗にしてくれる。

 大分ねっとりとしつつ、突っ張った感覚が消えかけた頃、柔らかい布でゆっくりと汚れを拭き取ってくれた。そうしてもう一度、今度はまたさっきとは違うビンから出した液体を顔へ塗りつける。


「はい、じゃあお水で洗い流しますからねー」


 いつの間にか用意された水桶に顔を近づけると、さらに優しい手つきで瞼の上や口元などを丁寧に洗い流す。

 そうしてあれよあれよという間に、あちらでいう化粧水や乳液のようなもので保湿され、更には薄化粧までもされてしまった。


「うふふふふー。一回、姫様を綺麗にしてみたかったんですよー。でも、いつも『私はいいわ』って言われて消化不良だったんですぅ!」


 そうやって手渡された手鏡を覗き込めば、確かに私ことリリコットの顔だけど、今まで以上に生気溢れる本物の美少女の顔が現れた。


 うわっ、なんかめちゃくちゃ凄い!

 元々綺麗だとは思っていたけれど、更に可憐さと美しさがパワーアップしてるわ。

 これなら、アクィラ殿下だってちょっとは関心もってくれるんじゃない?


 なにこれ?ミヨって超万能!

 ちょっと言葉遣いは悪いけど、スーパー侍女が付いてきてくれたなんて、結構ツイてる!……かも?

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