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公女様、内緒話です

 いやいやいや、いくらなんでも今私の頭に浮かんだことは突飛すぎるだろう。記憶喪失とレールチコリを結びつけるのは流石に早急すぎると頭を振った。


 そうして型通りの挨拶を済ませ、新しい診療室から自室へと帰る道すがら一人頭を働かせる。


 私の場合、記憶喪失と診断されてはいるが、内情は実際の病状とは大きく異なっていると思う。どちらかといえば、リストカットによって百合香としての記憶がリリコットの記憶に覆いかぶさってしまったために、混乱が起きているのだという認識だ。


 その証拠に、リリコットの勉強した記憶は、ほぼ自分のものとして引き出せるし、徐々にだが思い出すらこの身の中に違和感なく落ち着き始めている。

 だから違う。レールチコリがきっかけとなって記憶の障害を起こした訳でない、そんなふうに強く思う。

 ましてや、ミヨの生家のコザック男爵家が経営するルカリーオ商会が、レールチコリを扱っているからなんだというのだ。あれだけ大掛かりに商売をしているのだから、危険な商品の一つや二つはあっても仕方がない。


 そうだ、宮廷医のビューゼル先生のところに卸しているくらいなのだから、合法に決まっている。

 ただの偶然を大げさに考えてしまった自分が恥ずかしくて笑ってしまう。まるで、ミヨが、だなんて考えるだけでも馬鹿らしい。


 一瞬でもそんな考えをしてしまった自分を取り繕うように、後ろをついて歩くカリーゴ様へと声をかける。彼も私が考えを巡らせているのを察し、何も言わずにただ静かについていてくれた。

 そうして、レールチコリ以外で気になったことを一つ尋ねてみた。


「診療所はとてもきちんとしていたようですけど、先生お一人では大変ではないでしょうか?」

「他の診療室は宮廷医との交代制ですから、ビューゼル宮廷医だけに負担がかかるようなことはありませんが」


 ああ、そういうことじゃないのよね。一度足を止めて、きちんとカリーゴ様に向かいあった。


「いえ、回診もあるようですし、医師でなくてもいいですから、どなたか常駐でお手伝いをしてくださる方がいればよろしいかと思ったのです」

「そうですね……今現在、ビューゼル宮廷医には弟子がおられませんのでお一人で従事されていましたが、通常そういった雑務は各医師の弟子が行っています」

「ええ、それは未来の医師として大事なお仕事とは思います」


 医大のような学校制度がなければ、医師に見習いとしてつきながら習っていく必要性はある。

 けれどもそれは未来の医師にとって必要なことであって、今病床についている患者にとって必須なことではない。


「でも、ある程度の知識を持った手伝いがいれば、より細やかな医療ができますし、時間も短縮できます。薬や器具の準備をしたり、包帯を巻いたりとやることは多いでしょうから」


 つまり、看護師が最低でも一人欲しいと考えている。そうすれば、医師がローテーション勤務だとしても、病症の連携が取りやすいはずだ。

 私のその提案をカリーゴ様は、ふむ、と一声立てて一考する。


「メリリッサ公女殿下がルイードへ薬草茶を淹れてあげたように、ですか?」

「そういった雑務を含めてですね」

「それは、一人いれば事足りるでしょうか?」


 今ベッドの上で寝ている患者たちは入院しているようなものだから、本来は交代制で見守ったほうがいいとは思うが、どうせ肝心の医師が二十四時間いるわけではない。


「まずは、一人で。診療室の時間勤務ということでよろしいと思います」

「わかりました。早速手配いたしましょう」


 え、そんなにあっさりと決めちゃっていいの?いや、話を聞いてくれたのは嬉しいけど、アクィラ殿下に確認をとらなくていいのか?

 そんな私の疑問を読みとり答えてくれるカリーゴ様。


「大丈夫です。メリリッサ公女殿下の要望は、出来る限りお聞きするようにと、アクィラ殿下より仰せつかっていますので」

「あ……はい。ならば、お願いします」


 なんだかすごい言葉を残してったよね、アクィラ殿下って。

 もし私が本当に噂通り悪公女らしく振舞ったらどうするんだろうか。本人(メリリッサ)じゃないからしないけど。


 診療室への視察は、レールチコリという一つの疑念も生み出したけれど、看護師の導入という前例も作ることが出来た。

 まあこの際、確信の全くない疑いに頭を悩ますよりも、医療業務の未来を夢みていたほうがよっぽど健全だ。

 この世界では弟子が看護師のような仕事を兼任しているようだが、専任の看護師という仕事が出来れば嬉しい。診療室を出た時とはうってかわって気分の良くなった私は、スキップしそうなくらい軽やかに自室まで歩いていった。


「では、私はこれから先ほどのお話を詰めてまいりますので、少々離れさせていただきます」

「ええ、よろしく」


 自室の扉の前でそうカリーゴ様へ再度お願いをする。そうして護衛騎士に開けられた扉をくぐろうとしたその時、彼からそっと一言伝えられた。


「そうそう、ルイードへお茶を淹れたなど、くれぐれもお話になりませんように強くお願いします」

「あの、それの……何が?」


 は?お茶って……薬草茶、つまり薬を淹れただけなんですけど?それの何が悪いの?

 首を捻る私にカリーゴ様は苦笑いを顔にのせながら、さらに小さな声で囁いた。


「メリリッサ公女殿下が手ずから淹れたお茶を、自分の留守中、先に飲んだヤツがいるなどと知れたら、我が主の気分を害しそうなので重ねて内緒にしていただけるようお願いいたします」


 我が主って……アクィラ殿下のことか。え、待って、そんな大したことじゃないよね、ね、ねっ!?

 カリーゴ様、その言い方はズルい。ちょ、顔が、赤くなってしまうんですけどーっ!

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