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昔の地が出ています

「ようこそいらっしゃいました、メリリッサ公女殿下。では早速ですがよろしいでしょうか?」

「あ、え、はい……」


 妙に人目を引きながらも、ようやくたどり着いた新しい診療室で、出迎えてくれたビューゼル先生にそう告げられた。

 んー……これは?なんて考える間も無く、ささ、と半ば引きずられるようにして診療室から出されてしまった。


 あの、診察室、全く視察出来てないんですが?いいの、ねえ?

 そんな私の考えを読んだのかそうでないのかわからないけど、やたらぱつんぱつんな鞄を手にしたビューゼル先生が申し訳なさそうに言った。


「ちょうど今から見習い宿舎への回診の時間になりますので、メリリッサ公女殿下にも見学していただこうと思いまして」


 ほう、入院患者の回診ですね。その言葉に、なんだか百合香の看護師時代を思い出してしまい、つい荷物を持とうとして先生の鞄に手を出してしまった。


「それでは荷物は私が」

「はっ!?メリリッサ公女殿下……?」


 私のその行動に、ビューゼル先生だけでなく、カリーゴ様もかなり驚いたようで、訝しげに名前を呼ばれ押しとどめられる。

 おっと、いけない。今の私は一国の公女であって、この国の王太子殿下の婚約者だった。そんな自分が医者の手伝いのつもりでいたらダメじゃん。


「あ、あら、申し訳ありません。重そうでしたので、つい……」


 などと、言い訳にもならないような私の言葉は、なんとかいいように解釈されたようだ。


「ははは、私もそれなりの年ですが、そこまで耄碌しておりませんよ」


 うん、髪もヒゲも綺麗に白くなっているけど、とてもお元気そうですから、私もそうは思ってません。ただの習慣です、いや、でした。

 なんとか笑ってごまかしているうちに、あっと言う間に宿舎の中に入る。


 一階部分の一番広い部屋に、ずらりと並ぶシンプルなベッド。その隣に小さなサイドチェストが一つずつくっついている。なんというか、大宴会場のようにだだっ広い大部屋病室といった雰囲気だが、これが見習い騎士たちの通常なのだろう。

 いってみればベッドの上が彼らの私室なわけだから、当然のごとくそこには、若い見習い騎士たちがちらほらと見てとれた。


 今は休憩時間なのか、すっかりと油断してだらだらと過ごしていただろう彼らが、私たちの姿を認めるやいなや、慌てて皆飛び上がった。

 どごっ、とか、ふぎゃっ、とか、危険な音があちこちで聞こえるので、間違いなく二、三人はベッドから転げ落ちてケガをしているんじゃなかろうか。

 私が来たばっかりに、余計なケガ人を増やしたのかもしれない。心の中で、ゴメンねと謝っておく。


 ビューゼル先生はそんな見習い騎士たちの様子も放っておいて、部屋の隅、カーテンで隠された一角へと向かう。なるほど、あそこが一応入院患者の隔離場所になっているようだ。

 続いてそちらに向かう中、見習い騎士たちが直立不動になっていたので楽にして欲しくて「お邪魔してごめんなさい。気にしないでゆっくり休んでちょうだい」と声をかけておいた。

 何故か後ろでどよめきが起こっていたけれど、カリーゴ様に先を急がされてそのままカーテンの中に入ってしまったので、何が受けたのかよくわからなかった。


 六つほど並んだベッドは四人が使用中の様で、その中に一人見覚えのある人物、あの派手な騎士が右足を包帯でぐるぐる巻きにされた状態でベッドサイドに背もたれて座っていた。

 私と目が合った途端、立ちあがろうとして両手をベッドについた為ケガに響いたのだろう、思いっきり顔をしかめる。

 ケガ人が何やってんのよ、と手で制した。ええと、この派手な騎士の名前ってなんだったっけ?まあ、いいかとそのまま思ったことを口にした。


「肋骨も折れているのでしょう?無理をしないように」


 私のその言葉を聞くと「失礼いたします」と小さな声で答え、グッと眉間に皺を寄せて目を伏せた。

 それが合図となったように、ビューゼル先生が診察を始めたのを後ろについて見守る。カリーゴ様がすかさず私にと椅子を用意してきたが、それは断った。


 だって、それじゃあビューゼル先生の手元がよく見えないじゃん。

 そうは答えなかったけど、なんとなく察してくれたカリーゴ様は、また笑いをこらえるようにしつつも、黙って引いてくれた。そんなやり取りの中も、先生の問診は続いて行く。

 話を聞いている限りでは、多少の痛みがあるものの骨の付き具合は順調なようだ。よかったねーと思っていると、ビューゼル先生の鞄から、袋の包みが取り出された。かさかさと音のするそれは、軽くてお茶のような香りがする。


「では、ルイード。酷く痛む時があればこの薬草茶を飲みなさい。わかるね」

「はい。先日もいただきましたから」


 あ、そうだ。ルイードだったね、派手騎士くんの名前。そのルイードくんが先生から薬草茶を受け取ろうとすれば、肋骨に響いたのか顔が少し歪んだ。

 ふむ、痛み止めの薬ならば早速飲んだ方が良さそうだなと思い、お湯を頼もうとカーテンを開けた。すると、カーテンの外側にはさっき挨拶した騎士見習いたちよりもはるかに沢山の子たちが張り付いていた。

 どわっ!と沸き立ったが、こっちの方が驚いたよ、もう。

 びっくりしすぎて変な声が出なくてよかった。


「ねえ、お湯とポットはあるかしら?」


 ここまで人がいるんなら誰かに頼んでもいいだろうと声をかければ、後方でドドドドとけたたましく走り出した音が聞こえる。

 えーと、ケガしないようにねーと小さく声をかけてカーテンの内側にと戻ると、苦笑いのカリーゴ様と目が合った。


「なんと言いましょうか……その、動かれる前に一言おっしゃっていただけるとありがたいのですが」

「あ、……ごめんなさい」


 やっばー。ビューゼル先生と一緒にいると、つい看護師モードになって百合香の地が出てしまう。困ったもんだ。

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