馬で鹿?
きっちりと身支度をして軽い朝食も済ませ、さあ今日は何をするべきかと考えているところへ、ハンナが帰って来た。「遅くなり申し訳ありません」と謝るその浮かない表情からもうかがえるように、名前の知らない外交官との話があまり芳しくないものだったと想像できる。
ともかくどんな話だったのか聞かせてもらおうとハンナの名を呼べば、ほっとしたようにこちらを見た。
「こんなに早くからご苦労様。それで、どういった用件だったのかしら?その……外交官殿のお話は」
「はい。それが、どうにも要領を得ないお話でしたので、一度リリー様にお伺いをたてなければと、今日のところはノバリエス外交官にも帰っていだたきました」
んん?それは一体なに?あと、ようやく外交官の名前知ったわ。
リリコットの記憶の中の貴族名鑑を頭の中で捲っていけば、ノバリエスって子爵家だったわね。それから確か外務大臣のところの侯爵家の縁戚でもあったような気がする。
ははーん、やっぱりそっち絡みでの柵があったのかと納得した。
「いいわ。初めから話してちょうだい、ハンナ」
「はい、勿論です」
そう言って、ハンナは私の横に立ったまま、外交官との会合の内容を細かく話し始めた。
ところどころ突っ込みを入れたくなるような場所もあったが、そこは最後にまとめて質問しようと、まずは黙ってハンナの喋る内容に耳を傾ける。そうして一通り話しきったのを確認してから一つ息をはく。
「ええと、つまり、その話の内容をまとめると、私がこちらへ来るにあたって、何か公国から持ち出したものがあるはずだ、と言いたいのかしら?」
「どうやらそのようです」
まっさかー!?だってほら、持参金どころかろくな荷物も持ってきていないのよ、私。
家具もトラザイドの王宮、この棟にあったものを借りて使っているし、メリリッサのものであったはずのアクセサリーはたった一揃えのネックレスとイヤリング以外は全て無くなっていた。
まともに持ってこれたものといえばドレスなどの衣類やシーツ類などくらいのもの。それだって、一国の君主の娘が持ってくる量にしてはとんでもなく少なかったはずだ。
アクィラ殿下も言っていたじゃないか、『ほぼ身一つ』だったと。
それがどうして、その『何か』を、持ち出したなどと言われなきゃいけないのだろうか。
正直言って私も、持ってきたものを全てひっくり返して確認したわけではないけど、部屋の模様替えの時にいくらか持ち物を見てみたことはあった。だから言うが、そこまで不審なものはなかったと思う。
「ハンナは、その持ち出し品が何かというのは聞いた?」
「いいえ。それが、あるはずだの一点張りで、そのものがどういったものか説明をしていただけなかったのです」
なんというかー……何がしたい、ノバリエス外交官?馬鹿か?馬鹿なのか?
肝心の『何か』を伝えなければ通じるわけがないじゃないか。5W1Hとまでは必要ないが、最低限のWhatはどこいった。
英語覚えたての小学生より悪い。いや、幼稚園児にも劣るな、大馬鹿外交官。
「その上……」
「まだ何かあるの?」
馬鹿にムカつき、思いっきり心の中で罵っていると、まだ続きがあるとハンナの口が重々しく開く。
「速やかに渡せば、その……お金の方を融通してもいいなどと言われました」
頭ん中、ぶっちーんと何かがはじけ飛んだようにぶちぎれた。
いやもう、久しぶりに、冗談抜きで。怒りで我を忘れそうになるってこういことかと思ったわ。
なにが、速やかに渡せだ。そうしたら、お金を出してやるだと?ふざけんなっ!なんだ、それ脅迫じゃん、脅しだよ完全な。
そもそも物は持たせない、お金は持たせないで、トラザイドまで送り込んだのはそっちの方だろう。
私に渡すべきものを渡さないでいて、それを交換条件に自分たちの欲しいものを要求するだなんて、馬鹿にしている。しかも、私が持っていったというその『何か』を口には出さない、教えないときたもんだ。
「リリー様、いかがいたしましょうか……その何かがわかれば、借りたお金の方もすぐに返せますし、持参金としてトラザイド王国へ渡す分もどうにかなります」
ハンナはちらりとミヨの方をうかがう。
そう言えばハンナは私が直接コザック男爵家からお金を借りるのを随分と嫌がっていたから、なんとかして公国からお金を引き出したいのだろう。
気持ちはわかる。ハンナなりに私のことを心配してくれているのだ。確かに公女という身分ある立場のものが直接借金だなんて公になると外聞だってよくないのかもしれない。
でもね、何だか分からないけど言う通りのものを差し出して、その代わりにお金を出してもらおうだなんていう方が私にとっては屈辱だ。そこは絶対に引けない、感情的に許せない。
はっ、いいじゃない、馬鹿で結構。
だって、馬鹿だからー、あいつらが何を欲しがってるのか分かんないのだから仕方がないじゃーん。
「ですから、リリー様。私がそれを探し……」
「ハンナ、無理をする必要はないわ」
「……リリー様?」
「お金の件は、アクィラ殿下も知っていますから大丈夫よ。それに、そのものが『何か』わからなければ探しようがないもの。このことは放っておきなさい」
「でもっ、」
「必要ならばまた言ってくるでしょう。もういいから、ねえお茶をお願いね、ハンナ」
まだ何かを言いたそうにしていたハンナだったが、私のお願いに応えるように軽く頭を下げてからお茶の支度へと動いた。
その少し後ろでミヨが、ひゅーと口笛を吹くような顔で親指をグッと立てている。
全く、相変わらずのお調子者だ。外交官の代わりに、ばかですーかー?って言ってやりたい気持ちで、お茶が出てくるのを待った。




