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ちょこっとお借りします

「それじゃあ、さっき話をしたようにハンナはここで私の代わりをしていてね」


 私がハンナのメイド服を借りて着てみると、丈の長さはともかく胸周りが結構がばがばだった。うう、悲しくなんてないぞ。

 それでもシンプルな作りのそれとエプロンを身に付け、フリルのついたモブキャップの中に金髪をぐいぐいと仕舞い込んでしまえば、どこから見ても侍女にしか見えない。


「リリー様!やっぱり、それはあまりにも危険です。ですから私が……」

「ハンナさん、大丈夫ですよー。ちょこーっと三つ四つ向こうの部屋からカーテンもぎ取ってくるだけじゃないですか」


 ハンナはそんなミヨの言葉に、ぐりんと大きく首を動かして反論する。


「お借りすると言いなさい、ミヨ!もぎ取るなど、そんな、泥棒のような真似を……余計リリー様にはさせられません」


 もう半泣き状態で縋るハンナには悪いけれど、こればっかりは仕方がないと諦めてもらおう。


 そう。まさしく私たちは強奪しに行くのだ、まともなカーテンを得るために。


 そもそも私たちがこのトラザイド王国へと到着してこの部屋へと通された時、レースカーテンはもう少しまともな状態だったと、昨夜聞かされた。

 けれども、掃除すらしていなかった状態で通されたその部屋の片づけに、ハンナとミヨの二人だけではなんとも時間ばかりがかかったのだという。そりゃそうだ。


 そのために、カーテンの埃を外で叩いてきてもらおうと、一緒に私に付いてきた護衛騎士のヨゼフへと頼んだらしい。

 だがしかし、悲しいかな彼は護衛騎士としては一流の腕だけれども、家事能力はなかった。うん、騎士だし。

 よせばいいのに、気を利かせて水洗いしたうえで、思いっきり捻り絞り切った後の哀れな姿があの惨劇となったそうだ。

 レースって繊細だもんね、丈夫が第一の騎士様の服とは扱い方が違う。


 まあ、悪気があったとは思ってないけど……バカだな、ヨゼフ。


 そんな彼の失態を、黙って享受するリリコットも優しいのか、ことなかれなのか今一つわからない。両方なのかね?


 一応お金が届き次第代える気持ちはあったようだけども、それでは今私が我慢できない。


 だって、昨日の昼間はまだ気にならなったが、夜になってランプの灯りの元で見たら、この状態ではほとんどお化け屋敷だ。

 レースがベロンベロンになったものが窓際天井からぶら下がっている。ホント怖いわ!


 よくもこの部屋に入った、アクィラ殿下からもお爺ちゃん先生からも、『おかしい』の一言が出なかったなと思うくらいだ。


 と、そんな訳で一夜明けてからの、使っていない部屋からちょっとだけお借りしましょう作戦の実行のお時間です。


「あのね、ハンナ。ミヨだけでは、見つかってしまった時に、罰せられてしまうでしょう?そんな時に私が居れば、なんとかごまかしが効くわ。私が無理矢理させたことにすればいいんだもの」

「そ、それでは、リリー様だけが悪者になってしまいます……そんなこと、おいたわしい……」


 瞳を歪めながら、またハンナが私から顔を逸らす。


 いや、主犯ですし。そこは責任持ちますよ。


 いくらおいたわしかろうが、それでお金が入る訳でもないし、新しいレースカーテンが手に入る訳でもない。

 どうせこの部屋には私に付いてきた三人以外にはアクィラ殿下とお爺ちゃん先生しか入ったことがないらしいので、運んでしまいさえすればバレはしない、はずだ……多分。


「じゃあ行くわね。ミヨ、外は大丈夫かしら?」

「はーい。と、大丈夫そうです。ね、ヨゼフ?」


 部屋の外で律儀に立番をしているヨゼフがこくりと頷いた。それを合図にして、ミヨと二人何くわぬ顔をして、でも私の方は少しだけ頭を下げながら廊下に出た。


 百合香として覚醒してから初めて部屋の外へ出たのだけれど、なんとも静かなものだというのが第一印象だ。

 そして驚いたことに、ともかく人気がない。誰も目の前の廊下を歩いていないのだ。

 モンシラ公国のような小さな公邸とは違うということなのだろうか?いつもそうなのかと思い、ミヨに訊ねればあまり物音もしませんねとあっけらかんと答える。


「なんだ、これなら変装しなくても大丈夫だったわね」

「そうですよ、ハンナさんは心配性すぎるんですって。ねえ、姫様」


 私が公女であり、この国の王太子殿下の婚約者という立場からしたら、ハンナの方が正しいのだろうけど、百合香としての意識が大きい今はミヨの言う言葉に頷いてしまう。


「それで、どこの部屋なら鍵が開いているの?教えて頂戴」

「あ、はい。こっちです」


 舌をぺろっと出して、ミヨが案内してくれた部屋には確かに鍵が掛かってなかった。途中、さりげなく二部屋ほどドアノブを回してみたが、そちらはしっかりと鍵が掛かっているのを確認したので、ここだけ掛け忘れたままになっているのだろうか。


 まあ、ラッキーには変わりはない。

 そっとノブを回し、静かに扉を開けてみると、私の部屋同様にギギギと引っかかるような音を出しながら開いた。建付けが悪いのかしら?と思いつつも、素早くその部屋の中へと滑り込む。


「へぇ……」

「使えそうじゃありません?」

「そうね、十分だわ」


 空気の入れ替えもあまりしていないようで少し埃っぽいが、不潔な感じは全くしないし、何よりもカーテンレースがまともだ!

 近くに寄っても、ほつれもないように見える。

 これはありがたく使わせてもらいましょうと、ぱんぱんと柏手を叩く。


「え、姫様。何してるんですか?」

「あ……と、虫!今ほら、目の前を、ぷーんって」

「あらやだ。じゃあ早くいただいちゃいましょうか」


 いけない。ついつい、ありがたがってしまった。日本人の習性が出てしまった。

 カーテンの取り付けた部分が高いため、まず何か踏み台になりそうなものを探さなければいけないと、ミヨと二人で室内を物色する。すると、ミヨが何やら違うものにまで目移りしだしてしまった。


「あ!このランプ綺麗ですねえ。姫様の部屋にどうですか?」

「流石にそれはバレ……まずいんじゃないかしら?それに、直ぐに必要なもの以外はやめておきましょう」

「そうですね、泥棒じゃありませんものね」


 いや、泥棒みたいなものです。返すの前提だけれど、そこは自覚しておこう。


 正直褒められたことをしているわけじゃない。けれども、最低限の生活は保障したいからやるのだ。


 一人暮らしをしていた経験上言うが、家具がないよりもカーテンがないほうが精神的に不安になる。

 私が女だからかもしれないが、そう感じるのだからやむを得ない。


 ようやく部屋の隅に梯子を見つけ窓際まで持ってくると、何故かにちゃっと粘りのあるものが手のひらについた。

 何か茶色い樹液のようだ。


「ミヨ、私手が汚れてしまったから、梯子を押さえる係にまわるわ。大丈夫?」

「大丈夫ですよー。結構な高さで危ないですから、むしろそうして下さい」


 そう言うと、慣れたもののようにひょいひょいと梯子に乗り、たったとカーテンレースを外していく。

 そうして、くるくると器用に巻き取りあっという間にミッション終了だ。


「素晴らしいわね、ミヨ」


 素直に褒めると、珍しく気恥ずかしそうに頬を染める。そうしてミヨが口を開こうとした瞬間、私の背後からこの部屋の扉が軋む音が聞こえた。


「隠れなさい、ミヨ!」


 私の囁きを聞き取ると同時に、ミヨはカーテンを抱いたまま部屋の隅、本棚の陰に飛び込んだ。なかなか動物的な素早い動きに感心していたいところだが、そう悠長には言ってられない。

 どうやら、扉は自然に開いたわけではなく、明らかに人が開けて入ってきたようだ。しかも、


「おい、お前、一体ここで何をしている?」


 この声には聞き覚えがある。ヤバいヤバいヤバい、ヤバいなんてもんじゃない。


 冷や汗が首から背中に流れていく感覚に、震えを覚えた。


 だって、私がこの国の人間で知っている声といえば、たった二人だけだ。お爺ちゃん先生と、もう一人――


「おい。お前は自国の王太子の問いにも答えられないのか?」


 そう、これはまさに苛立ちのアクィラ殿下、その人の声だったのだ。

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