アンラベル
家族に対してすら馴れ馴れしい態度をとらないアクィラ殿下が、私に向かって話す言葉、見せる態度をどうとらえればいいのだろうか……
私たちの側に目立たないように立ちながら、さりげなく給仕に合図を送って差配しているカリーゴ様へと目を向ければ、静かに笑っているように思える。
口の端も上げているような素振りもないのだけど、確かに微笑んでいるように見えて仕方がない。どうしてもその仕草が気になった私は、晩餐の後、自室へ帰る道すがらカリーゴ様へと尋ねた。
「カリーゴ様は、アクィラ殿下とは随分と仲がよろしいのですね」
突然のその切り出しに、少しだけ眉を上げたカリーゴ様へとさらに畳みかける。手にしている扇子で口元を隠して静かに言葉にした。
「だって、笑っていらしたでしょう?オルロ殿下たちが、アクィラ殿下のことを……褒めていらっしゃった時に」
言外に、それがアクィラ殿下の本質じゃないよね、もっと見せてないこといっぱいあるよね、と含んでみせる。
すると彼は、先ほどのような静かな笑みではなく、もう少しわかりやすい苦笑いを見せた。
「少年と言っていい頃から学友としてお側に付かせていただきましたので、ほんの少しだけ他の皆様よりも、聞き分けの無い殿下を知っているだけです」
指先を立ててこっそりと囁くその姿は、やはりアクィラ殿下との仲の良さをうかがわせるものがあった。
「まあ、そんなに前からですか?」
「ええ。ずっとお仕えしています」
少年の頃からというのならば、一体どのくらい前からなのか。十年よりも前からだとしたら、もしかして私の知りたいことを知っているんじゃないかと気が付いた。
いや、全部は知らなくても、何かヒントになりそうなことくらいは聞けるかも。
今ここでそれを聞いてみたら彼は答えてくれるだろか?ふとそんな期待が頭をよぎる。
私の斜め、半歩後ろに立つカリーゴ様の顔を覗くために、ちらりと後ろの様子を窺うと、そんな私の考えを読んだのかのように、先を急ぐように促された。
王宮の廊下のランプは等間隔に途切れることなく灯されているために、夜といっても足元までしっかりと照らされている。
昼間ほど人気のないとはいえ、そこは王宮内だ。ちらほらとこちらをうかがう人たちの姿も見える。その目には、明らかに好奇心の光が覗いていた。
そうだ、私はまだまだ悪公女の名が通っているんだった。
アクィラ殿下の弟妹をはじめ、王族の方々やビューゼル先生のように好意的な人たちが多かったせいで、ついつい油断してしまった。
うん、こんなところでアクィラ殿下のことを根掘り葉掘り聞くのは流石にマナー違反だし、それについても変な噂をまたまき散らされても困るわ。
カリーゴ様の言う通り、ここは早く部屋に戻った方がいいだろう。そう考えて、みっともなくない程度に足を速めたのだった。
そうして自室の前にまで辿りつけば、部屋の前には背の高い、少し年齢のいった騎士が立ち、私たちの姿を見つけると同時に礼をして扉をノックした。
「それでは、私はここで下がらせていただきます。何かありましたら、こちらの騎士にお声がけください」
いつでも参りますと付け加え、私が部屋に入るために扉を開けた。
けれども、どうしても一つだけは聞いておきたい。さっきは人目もあると我慢したが、この棟には私たちしかいないのだからいいだろう。
それに扉の前に立つこの騎士は、アクィラ殿下に頼まれて、カリーゴ様が選んだ騎士だろうから、きっと私の質問を面白おかしくしゃべるような人物ではないはずだ。そう考えて、開かれた扉の前でカリーゴ様の方へと体を向けた。
「あの、少年とおっしゃると……カリーゴ様はどのくらい前から、アクィラ殿下のお側にいらっしゃるのでしょうか?」
まさかここでそれを聞かれるとは思わなかったのか、少しだけ驚いたような表情をみせた。けれどもそれもすぐに引っ込められる。
「アクィラ殿下にお付きしまして十二年になります」
やった!これは、もしかしていけるかも?十年前の話を聞けると舞い上がった。
今まで見てきた感じでは、アクィラ殿下とカリーゴ様は、王太子と従者という立場以上に、仲がいいと思う。しかも、弟妹にも見せていない、あの私に対する姿だって見ているじゃないか。
これはもう彼に聞くしかない!と、一歩前に出て食い気味に近寄ろうとしたところで、何故かくりんと体が回って扉の内側へと押し込まれた。
「え、あれ?」
一瞬のことで何があったかわからない。けれども確かに自分でやろうとしたことと、全く別のことが起こっていた。
「おやすみなさいませ、メリリッサ公女殿下」
「あ、ちょっと待っ……」
いや、聞きたいことがあるんですけどーっと手を伸ばそうとする前に、さっと扉が閉められた。決して乱暴でもないが、それはもう早業というしかない速度で。
「……っ、うー、やられた」
どこをどうされたのかはわからないけれど、上手いこと体を反転させられたのだ。
そうして私の質問は力づくで、さらっと躱された。なんだあの地味男、超ムカつくんですけど!?
あのアクィラ殿下と主従関係だというだけあって、本当につかみどころがない。
むーう、仕方がないな。明日こそ、きちっと聞き出してやる。そう考えながら扉に向かって、私はべーっと舌を出した。




