彼はそれを我慢できない
その有能なカリーゴ様にさりげなく予告されていたように、その日の夕食は晩餐室へと案内されてしまった。
いつものように自室に運んでもらう気満々だった私は、ぐぬぬ、と唇を噛みしめることしかできずに、言われるがまま護送される。それとなくカリーゴ様へ、調子がよくないので晩餐は遠慮したいと伝えてみたものの、あっさりと却下されてしまった。
「あれだけ精力的に動かれて楽しまれていられますので、大丈夫でしょう?」
と、嫌味まじりに言われたよ。くっそう、楽しんでたのは私じゃないんですけどー!
でも確かに、リストカットの影響はもう全くと言ってないし、最近は大いに食べ動いているので、体の調子が悪いということはない。これも付き合いの一つだと観念しながら晩餐室の扉をくぐれば、見知った顔ばかりで少しほっとする。
アクィラ殿下がいない今、王宮内の晩餐室で、一体誰と食事をしなければならないかと戦々恐々だったけれど、彼らでよかった。
「オルロ殿下、イービス殿下に、アウローラ殿下も……先ほどはお邪魔いたしました」
「今晩は、メリリッサ公女殿下。どうぞ、こちらの席へ」
次の機会がそんなに簡単にくると思っていなかったオルロ殿下に勧められた席に着く。早っ!ていうか、絶対にオルロ殿下は知ってたよね、これ。
丁寧なエスコートに礼を返せば、当然とばかりの態度だ。最初よそよそしく感じたのも、単にそれは彼の性格だったのか。本日二度目の出会いに、そこまで嫌な感じはしなかった。
テーブル越し、私の向かいにはイービス殿下。その隣にはアウローラ殿下が座り、その向かいであり、私の隣になる席にはオルロ殿下が座ることになった。主賓席は空いたままだが、その時点でカリーゴ様が合図をしたことから、そのまま晩餐が始まる様だ。皆のグラスに飲み物が注がれたのを見届けてからオルロ殿下の口が開いた。
「兄弟だけの場ですから、どうぞ気を楽にしてください」
「そうそう。父上も母上もいないし、うるさいことをいうのはオルロ兄上くらいだからね」
すっかりとくだけた雰囲気で話すイービス殿下に、オルロ殿下の視線が走る。あれじゃあ、また後でがっつり怒られそうだなーと心配しつつ、でもそれが楽しいんだろうなとも思う。
食事を進めながら彼らの様子を見ていると、自由気ままな三男の言動を、少し甘えん坊の末っ子姫が笑い、それをしっかり者の次男坊がたしなめる。そんな感じで成り立っているようだ。つまりは、仲良し兄弟なのだ。
あんな怪獣扱いをしているのも、要は甘えている証拠なのだと思うと、少し羨ましい気分になった。なんといってもリリコットの姉が、アレなだけに本当にこの仲の良さは憧れる。
多分だけど、私と彼女にはこういった楽しい受け答えのようなものは存在しなかったように思う。
なにせ、鮮明に思い出した記憶があれだ。婚約者を奪い取られた時と、その後のはめられた時だけだし。他には何があっても言いなりになっていた記憶がうっすらとあるだけだったから。
もしかして、リリコットもこんなふうにメリリッサに言い返してみていたら、今みたいなことにはなっていなかったのだろうか?
そう考えながら一歩引いたところで彼らをみていた。そんな私の気持ちが顔に出ていたのだろう、突然オルロ殿下がこちらへ向かい、申し訳ないと言葉をかけてきた。
「くだらない言い合いをお見せしてしまい、失礼をしました」
「あ……いえ、皆さんとても仲がよろしくて、見ているだけでも楽しませていただいていましたから」
「えー、こっちはそれどころじゃないのにー」
口先だけは不満を口に出すが、笑い顔を絶やさないイービス殿下に、いい加減にしないかと再度雷が落ちる。しかしそれも予定調和みたいのものだ。笑顔で返せば、また笑いがおきる。なんだかそれだけでも彼らの中に入り込んだような気になっていく。
そうして、デザートのチョコレートケーキのほろ苦さを舌に感じながら、ふと思いついたことを口に出してみた。
「アクィラ殿下にも同じように怒られるのでしょうか?イービス殿下」
ほんの話題作りのつもりだった。なんせ、アクィラ殿下は私に対しては色々と嫌味を言ってきたり、変なちょっかいをかけてきたりしてくることが多いのだ。
もしかしたら、逆にオルロ殿下に注意をされたりするのかもしれない。そんなんだったら面白いのだけどなーなんて思って聞いたのだけど、返ってきたのは想像とは全く違う言葉。
「えーと……アクィラ兄上は、そうだな、どっちかっていうと、父上に近い感覚だから、ね。あんまり馬鹿なことは言えないかな。ねえ、ローラ?」
イービス殿下の問いに、小さく頷いたアウローラ殿下がおずおずと答える。
「アクィラお兄様はとてもお優しいですが、あまりこういったお話をする機会がないのです」
「アクィラ兄上は、王太子としての重責があるのでしょう。ご自分を律していらっしゃいますからね。我々も見習うべきことが多いです」
言葉の端々からみんな、アクィラ殿下のことをとても好いていることはわかる。
けど兄弟と言っても、上に立つアクィラ殿下からは一歩引いたところで見ているのだろう。だからこそ尊敬しているアクィラ殿下は、そんな馬鹿げたお喋りはしないのだと思っていそうだ。
けど、待って!結構あの人言いたいこと言ってるよ!
リストカット後、私が覚醒してからすぐにかけてきた言葉も、不機嫌丸出しで嫌味たらたらだった。
その後だって、探るような話を仕掛けてきたかと思えば、急に機嫌を悪くした。かと思えば、突然お姫様抱っこしたりプレゼントを渡されたりと、意味が分からない。全然律してないよ。我慢してねー。
何で私に対してはあんなに好き放題やりたい放題なんだ!?




