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違う、そうじゃないよね

 はっきりと言わせてもらえば、アウローラ殿下の刺繍の腕前は残念としか言いようがなかった。

 あまりにも悪戦苦闘している姿に、途中でも見せて欲しいと伝えると、それはもうシュンとした様子で手渡される。

 美しいシルクにぶつぶつと糸が乗っかっているようにしかみえないブツは何とも表現のしようがなかった。刺繍枠できっちりと布をのばしながら縫っているというのに何故こんなに糸がよれ、布が引きつるのかよくわからない。いやおそらくは変な力が掛かり過ぎているのだろうけど、さーてどうやって教えたらいいのかと悩む。


「まずは、練習用にもっと縫い易い布へと変えてみましょう。私の刺繍箱に確か……」


 手触りを確かめながら探していくと目当てのものをすぐに見つけることが出来た。

 ブロック状になった織りのその布は、一目一目がとてもわかりやすい。クロスステッチ向きの布だが、初心者の刺繍練習にも向いているのではないかと思った。


「布の目を数えながら縫ってみれば、どれくらい針刺せばいいのかわかりやすいかもしれません。それから、こうして」


 と、刺繍箱に入っていた色のつく石のようなもの、あちらの世界でいうチャコペンみたいなもので布に直接アウローラ殿下の名前の頭文字を書く。

 少し飾り文字のように書いてみたそれは、百合香のよく知るアルファベットのAに似ているこの文字はアクィラ殿下の頭文字でもある。


「この下書きが隠れるように針を入れていってみてください。ほら、こうして、ね」


 見本のようにサテンステッチを入れていくと、アウローラ殿下から「まあっ」と声が上がる。


「でも、良いのでしょうか?布に直接書いてしまっても……」

「あら、練習ですもの、それに隠れるように一つマス目を大きめにとれば大丈夫です。まずは慣れましょう、ね」


 笑顔をのせてそう伝えると、アウローラ殿下ははにかみながらうなずく。

 そうして、横にもう一つ練習用に文字を書いて欲しいと頼まれた。


 それが誰の名前の頭文字なのか、なんとなくわかるような気もしたけれど、あえてそこはそ知らぬふりをして書いておいた。

 しばらくそうやって一生懸命布と格闘しているアウローラ殿下を眺めつつ、自分の刺繍も進めていく。それもある程度形になってきたので、そろそろ休憩をと考えだしたらけたたましい笑い声の二重奏が後方から聞こえた。


 あいつらー、もう少しボリューム落としなさいよと、振りかえるとそこには金糸の髪を結い上げた美少女が笑っていた。


 睫毛をくりんとカールさせて、少し下がりがちな目元には淡いピンクに明るいライムグリーンで飾られている。ほんのり乗った頬紅も嫌味がなく、口紅はこれも可愛らしいピンク色だった。


「えーと、誰……?」


 勿論、今この部屋に居る人間など決まりきっているのだけど、そう尋ねずにはいられなかった。

 まず、私。それからアウローラ殿下、そしてミヨ、さてあとは誰でしょう?


 私たちに向かい、水色のドレスの片裾を持ち上げながらしずしずと歩いてくるこの愛らしい少女の顔を私は知っている。知っているが、いや信じたくない。

 私の正面に座るアウローラ殿下はすでに考えることは放棄しているようだ。チラ見しておいて、すぐに布に目を落としてしまった。


「イッ、イ……イービス殿下ぁあっ!?」

「いやあ、俺すごい美少女じゃない?これなら誰にも見つからない自信あるな」

「イービス殿下、完璧ですっ!」

「…………」


 完璧じゃねーよ!いや、見た目は完璧美少女だが、言いたいことは、そうじゃない。違う違う、そうじゃないよねっ!


 誰がっ、女装指南をしろって言ったーっ!?

 しかもその水色のドレスはあれだ、見たことある。絶対にそれ私のクローゼットから持ってきたヤツだ。そりゃ一枚くらい別に構わないけれど、もしかして私より似合ってない?

 上手く胸も盛ってるなあ、あれってルカリーオ商会の下着なんだろうか、ちょっと欲しいかも。いやいや、何考えてるんだ私。正気に戻る為にも、もう一回言おう。違う、そうじゃない、と。


 一息吐いてから再度二人の顔を見る。どや顔でこっちに視線を向けてくるイービス殿下と、てへっと舌を出すミヨに、二人とも殴ってもいいかなと思ってしまった。


「あのですね、私は、イービス殿下は変装の仕方を教わっているのだと思っていたのですが、何か間違っていたのでしょうか?」

「いいえ、間違っていません、メリリッサ公女殿下。これは変装術における最終形態です」


 なんのこっちゃ。意味が分からない。寝ぼけてんのかという突っ込みはー……もういいや。

 本人が楽しそうなんだから、私からの飴は気にいってもらったということでいいや、もう。私としては交換条件の情報がもらえればいいよね。そう割り切ることにしてあらためてイービス殿下の姿を見てみれば、うん、可愛いじゃない。


 こちらから近寄って上から下まで見下ろせば、私好みの可愛いがギュッと詰まった愛らしい美少女だ。


「それではドレスをもう二、三着差し上げましょうね。大事な小道具のようですから」

「はい、喜んで!」


 どっかの居酒屋の店員のように元気よく返事をするイービス殿下に笑ってしまった。

 ちょっとほのぼのとした雰囲気になりかけたその時、それはそれは苦笑まじりのカリーゴ様の声が飛び入りしたのだった。


「その……お二人とも、これはどういったことでしょうか」

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