怪獣のバラッド
一体何が入っているのかと言いたげな視線をかわしつつ、アウローラ殿下の部屋へと辿りついた。
そこからは扉の前に立つ護衛騎士の方々に部屋の中へと運んでもらったが、なんとなくオルロ殿下の目が訝しげだ。ここは下手に、はいさようならと言うべきではないところだろう。
隠そうとすればするほど覗き込みたくなるのは人の性だしね。
「よろしければオルロ殿下もご一緒されませんか?今日はアウローラ殿下とご一緒に刺繍をしようと約束しましたの。つい欲張って、布や以前刺したものまで持ち込んでしまって……お恥ずかしい限りです」
たかが刺繍の練習ごときでこんな荷物になる訳はないのだけど、美味しいお菓子もございますと、お土産も沢山持ってきたと匂わせておけば誤魔化せる……と、思いたい。
私の誘いの言葉に、少しだけ躊躇したように見えたオルロ殿下が、「生憎と」と前置きをつけて断りを入れた。
「今は時間が取れません。またの機会にご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
そう、見本のような返事をもらった。はいはい、全っ然大丈夫、むしろ望むところです。
礼儀正しいが私へのよそよそしい態度からしても、またの機会は無いだろうなと思いながら「では、また」と重ねて礼をした。
そうして、お前は邪魔をするのか?と言わんばかりのオルロ殿下の視線に気が付かないふりをしたイービス殿下と共にアウローラ殿下の部屋へと入り込むのに成功したのだった。
「あーっ、もう、疲れたっ!ホント、疲れたー……」
「イービスお兄様、そんな始める前からお疲れになるようなこと、ありませんでしょう?」
「や、ローラもあれ持ってみろよ」
そんな無茶な。イービス殿下が指した先には私が持参した木箱が二つ並んでいる。私にも持てないような重さのものが、この可憐なお姫様に持てるわけがない。
「重いなんてもんじゃないぞ。その上、ここへ来る前にはオルロ兄上にも捕まるし、散々だったよ」
「まあ、それは……災難でしたね」
災害扱いなのか、オルロ殿下。
確かに彼は知的である分、色々と細かい性格をしていそうに見える。
きっと下の立場から見れば煙たい存在なのかもしれないけれど、そこまでか?うちの二人組も大概だけど、何気に酷いな、この弟妹たちも。
そんなことを考えながら、自分でテーブルの上に刺繍道具を並べていく。
アウローラ殿下の侍女たちには、未来の姉妹だけで仲良く刺繍をするのだから邪魔はしないようにと、私がお願いしたら逃げるように去って行ってしまった。これから始める変装指南を、口の軽そうな彼女たちに見せるつもりもなかったので都合は良かったのだけど、なんというか自分の恐れられっぷりが凄いなと感じる。
まあ、それもこれも悪公女だからね。そう思うと自分もある意味災害みたいなものなのかもしれない。
いや、怪獣かな?TVで観たことのある怪獣映画の音楽が頭に流れ出す中、ミヨの大変不敬なセリフが襲いかかる。
「そんなことよりー、支度できましたって、イービス殿下。習う気がなけりゃ帰りますよぉ」
「あ、いや、済まん、師匠。お願いしますって、うぉー……」
イービス殿下の感嘆につられてみれば、うわっ、本当になんじゃこれと目が点となった。
「ほっほっほー、ルカリーオ商会一押し新作のヅラコレクションです。すごいでしょー」
黒髪、栗色、赤髪に、ロングの金髪などバリエーション豊富なカツラがざっと六種類もソファーテーブルの上に並んでいた。
よくもあの中にこれだけの数のウイッグスタンドまで入っていたなと覗いてみると、なるほどラケットに取っ手が二つ付いたものを十字の形に組み合わせていたのか。
確かにこれならその場で組み立てることが出来て嵩張らない。ルカリーオ商会なんでもあるな、本当に感心する。
「化粧である程度作り上げてもぉ、髪の色でバレたら元も子もないですからねー。瞳の色は仕方がないですけど、別に珍しい色じゃないですしー、色付きの眼鏡も持ってきてあるんで適時使えばいいんじゃないかなぁーと」
「え、これいいの?全部?」
きらっきらに輝きを増したイービス殿下の瞳にはもう、カツラしか見えていない。
飛びつくようにそのカツラを手に取り、撫でまわしながらひゃあひゃあ言って喜んでいる。そうかそんなに好きか、ヅラ。
少し引きつつ「よかったですね」とお座なりに言葉をかけて、アウローラ殿下と共に刺繍箱へ向いた。
これからミヨがイービス殿下に変装に向いた化粧の仕方を教え込む間、時間を潰すためにも刺繍を教えるという約束をしているのだ。
「では、私たちも始めましょうか」
「はい、お義姉さ……メリリッサ公女殿下。お願いします」
ああ、可愛い。おねえさまって呼んでくれていいのになー……なんて思いながら糸切り指輪を手に取った。
さて、前の世界では繕い物は慣れたものだったけれど、刺繍はどうなのか、果たしてアクィラ殿下に持っていかれたテーブルクロスのように上手く出来るだろうかと心配していたが、全くの杞憂だった。
針や糸を選ぶのも、布にそれを通していく感覚も、全てリリコットの身体が覚えている。やはり習ったものの記憶は忘れないようだ。
それならばと、まずは何か刺してみるべきかなと考え目をつむる。真っ先に思いついた図案通りに針を進めればそれは、小さな花の形となった。ハート型の七つの花弁を持つその花は今にもふわりと飛んでいきそうな可愛らしさだ。
あのテーブルクロスに刺繍されていた花と同じように出来たと思う。ふむ、なかなかいけるじゃないの。一人悦に入っていると、テーブルの向こう側から遠慮がちな声がした。
「メリリッサ公女殿下、何かできましたか?」
「ふふ、試し縫いですよ。アウローラ殿下は何を刺繍するご予定ですか?」
「ええと、私はハンカチを……」
もじもじと指を動かしながら話す姿が初々しい。もしかしたら、好きな人にあげたいと思っているんだろうか。だとしたらものすごく、きゅんきゅんする。
「では、わからないところや手間取りそうなところがあったら遠慮なくおっしゃってください」
「はい」
うーん、羨ましい気分になってきた。あんなふうに微笑ましい姿を見ていると、こっちもなんだか胸がざわざわと騒ぎだしてしまう。左手で胸を押さえていると、その人差し指につけた糸切り指輪のたくましい鳥が見てとれた。
これって、鷲……だよね?
猛禽類の王、空のピラミッドの頂点に立つ鳥。
そこでついアクィラ殿下とその鳥を重ねてしまった。
そうだ、この王のような鳥を刺繍しよう。糸切り指輪のお礼にと渡せばそれほど不自然ではないはずだ。どんな図案にしようか、アクィラ殿下はどんな顔をするだろうかなどと考え始めると、時間潰しなどという名目を忘れ、だんだんと楽しくなってきた。




