君はブルブル……という感じ
「アクィラ殿下より、ヨゼフ殿の代わりにと言う事で指名されましたが、私には彼のように扉の前に寝泊まりして住むことは出来ませんので、部屋前の警護には何名かの信頼できる部下に交代で付かせることにしました。よろしいでしょうか?」
さらっとヨゼフの恐ろしい勤務体制を暴露してくれたカリーゴ様だった。
ああ、うん。やっぱり時々扉の前に何かの食べかすが落ちていたのはヨゼフのせいだよね。
あと、人気のないはずのこの棟でやたらと動いている気配がしたのも、きっとヨゼフが鍛錬をしていたのだろう。たまに汗溜まりが出来ていると、それにすっ転んだミヨが文句をつけていたし。
「ええ、カリーゴ様のよろしいように」
アクィラ殿下の近習である彼が指図するのなら、任せるのが一番だ。笑顔でそう答えれば、ちょっとだけホッとしたような雰囲気が漂う。
「助かりました。代わりを仰せつかりましたが、流石に彼のようにはなれませんので」
でしょうねえ。私もカリーゴ様一人にそこまでお願いするつもりもなかったから大丈夫。
普通の人間ならば壊れるから、ヨゼフが一般的だなんて思ってないから、無理はしないで本当に。そう言った意味のことをオブラートに包み込み伝えると、丁寧な礼を返してくれた。
「お呼び出しくださればいつでも。そうでなくても昼前から晩餐までは付かせていただきますので、ご用命があれば申し付けください」
なるほど、そうするとそれなりの時間は過ごすことになるようだ。ということは、今日のアウローラ殿下の部屋にもついてくるというのだろうか?
うーん、イービス殿下への変装指南があるからなあ。そこは出来れば内緒にしたい。
「……今日の午後は、アウローラ殿下のお部屋へ刺繍をお教えに訪ねるだけですので、カリーゴ様に付き添いをお願いするほどではありません。侍女が一人いれば問題ありませんから、カリーゴ様はご自分のお仕事をしてください」
などと、丁寧に断る。余計な疑いの目を向けられても面倒くさいからね。
にこにこと害の無い笑顔を向けていれば、カリーゴ様も「そうですか、では後ほど晩餐時に」と言ってくれた。
よしよし、上手く誤魔化せたようで何よりだ。しかしちょっと彼の言っていた晩餐の言葉にひっかかったけど……まあ大丈夫か。
そうしてカリーゴ様が静かに部屋から退出したのを見届けてから、急ぎ今日の予定の支度を始めた。
***
ひー、ふー。ひー、はー。
昼食の後、殿下方との約束通り私はミヨを伴ってアウローラ殿下の部屋へと向かっている。
はっ、はー、はー。ひーっひっ、ふー。
なにぶん教えることがことだけに、あまり目立たないように動きたかったのだけど、それは全く無駄な考えだった。
「ね、ミヨ……もう少し、静かには……」
「無理ですぅ……重っ、姫様。ちっ、ヨゼフがいれば……」
ラマーズ法みたいな呼吸音を出しながらミヨが憎々し気に毒を吐いているけれども、流石にそれは八つ当たりだと思う。
中身なくてもそれ箱だけでもそこそこの重さだろう、という木箱二つ縦に並べて持ち上げた時から心配していたのだが、「余裕ぅーです」と威勢のいいことを言っていたのは棟を繋ぐ渡り廊下のところまでだった。徐々に足が止まるミヨを手伝いたくても多分私には無理だ。せめて少しだけでも、と刺繍箱を持っただけでもよしにして欲しい。
ぶるぶると足の震え出したミヨが倒れないうちに、台車でも探してこようかと周りを見渡すと廊下の向こうから見覚えのある金髪が二つ並んでいるのが見て取れた。
何やら片方がもう片方に説教を食らっているようだが、頭を掻きながら口を尖らせるその表情は昨日も見たばかりだ。ふとその目がこちらをとらえると同時に大げさに声が掛かる。
「メリリッサ公女殿下、どうされましたか!?」
おっと、少しわざとらしい気もするが、そのうちの一人、イービス殿下がいそいそと私たちの方へと走り寄ってきた。
勿論もう一人の金髪、第二王子であるオルロ殿下は一瞬片眉を上げつつも、すぐにその表情をなおし品よくこちらに向いた。
「お久しぶりです、オルロ殿下、イービス殿下。いえ、侍女の荷物が少々重かったようで難儀しておりました」
私がそう答えると、続いて二人からも定型の挨拶を受けた。
こうして並んでいると二人よく似た美しい金色と緑だけれどもやはり趣が違う。元気もののイメージのイービス殿下とは対極にあるオルロ殿下は切れ長な瞳に知性を感じる。
三兄弟、ここまでバリエーションに富んだイケメンが揃うとはなんとも無駄がない。
そんなボケたことを考えている内にもミヨの腕は限界にきそうでもう真っ赤になっていた。それに慌てたイービス殿下が、急いでミヨの腕から木箱をもぎ取る。が、
「っぐ、重っ!ちょ……これ、すごく重い……」
イービス殿下にとってはとても荷が重かったようだ。まさに字面通りくっそ重そうだった。
腰がめっちゃふらついているし、肘が下がってブルブルしている。少年とは言え男の子が持ってもこれだけきつそうな荷物を、ミヨはよくもここまで持って運んでこれたもんだと、ちょっと感心した。
ただこれではもうすぐにでもイービス殿下はひっくり返りそうだ。
「死ぬ……ダメ……」
「ミヨ、台車を探してきてちょうだい」
「うぇえ。ぷるぷるして動けません。無理です」
墓から出てきたばかりのゾンビのような恰好でぷるぷると両手を振って見せる。
いや、イービス殿下はもっと無理だから。てか、誰でもいいから捕まえてきてよー!と、叫びそうになったその時、大きなため息と共に、「半分よこせ」と静かな声が聞こえた。
ひょいっと上の箱を取り上げ抱えてくれたのは、知的男子オルロ殿下だった。
おお、半分とは言え軽々持ち上げる姿には、流石は同い年男子だと目を見張る。
「それで、どちらまで運べばよろしいでしょうか?メリリッサ公女殿下」
そのオルロ殿下の丁寧な物腰に、ついつい調子に乗ったことは否めない。
そのままアウローラ殿下の部屋まで運んでもらったのは失敗だったと気が付いたのは、『王太子殿下の婚約者とは言え、その弟殿下二人を顎で使う様な真似をする悪公女すげぇ』的な噂が、その後下働きの部屋で広まったとハンナから聞いた後だった。
とんでもない話だわ、ブルブル。




