ヨゼフ~サバイバルダンスィ~
少ない荷物を掴み、姫様への挨拶をすませば特にやることない。王太子があの時点で一時間だと言ってきたのなら、周りへの連絡は全て通達済みだろうと考え馬車溜まりへと足を運んだ。
さぞかしお上品な馬車が用意されているのかと思えば、適当に古めかしい馬車が三台ほど用意されているだけで王太子が乗り込むに相応しい馬車は一つもない。代わりと言ってはなんだが、良く手入れの行き届いた馬が六頭ほど馬丁にひかれてやってきた。
なかなか面構えと毛並みのいい馬にニヤリと口元が緩んだ。俺が選んでいいのならあの青毛がいい。気性が激しそうだが、この中で一番気が合いそうだと思った。
「殿下は君に先頭を任すようだから好きな馬を選ぶといい」
そう言って近寄ってきたのは、王太子の近習であるカリーゴという男だ。年は俺と変わらないくらいの一見地味なヤツだが、その地味な顔に似合わないくらい抜け目のなさそうな男でもある。
一対一で剣を交えれば俺が勝つだろうが、少なくとも俺よりは数段頭は良さそうだ。俺の代わりに姫様の側に付けると王太子は言ったが、何故こいつを連れていかないのかと不思議でならない。
正直言って、ボスバールなんぞに行きたくはない。あそこには今でも変わらずに親類や昔遊んだ仲間たちがいるだろうが、俺はもうとっくにモンシラのヨゼフだった。
それでも仕方がなくこうやって来たのは、姫様に迷惑をかけるわけにはいかないからだ。姫様が了解したのならばそれが俺の仕事。
「ではそこの青毛を」
「うん。こいつはいいよ、足も速いが体力もある。けれど少し気が強い。それでも?」
面白そうに問われ、当然とばかりに頷いた。
足の速い馬は理想的だ。体力があるのならなおの事。ボスバールまで普通の行程ならば馬車で四日はかかるが、馬を飛ばせば二日半で行ける。
王太子がそのぼろっちい馬車で行くのなら、一人先に行って勝手に帰ってきてしまおうかと意味のないことを考え、一人笑う。
「生憎と、じゃじゃ馬が好みでね」
そうだ、それに俺は馬鹿みたいに気の強いヤツが好きだった。一筋縄ではいかないヤツは見ていても本当に飽きない。
トラザイドへ統合されることを嫌がって飛び出した親父のことを阿呆だと思いながらも嫌いになれなかったのもそのせいだ。そして――
「そうか。やはり嫌なところで気が合うな」
昔の記憶が呼び戻されそうになったその時、涼しい声がかかる。
視線を移せば案の定、無理を言って俺を連れ出した王太子の姿がそこにあった。一緒に付く俺たち護衛と同じ様な、余分な装飾は取っ払った騎士服に帯剣姿だったが、それが意外にも板についていた。
王太子らしからぬ姿に、ほんの少しだけ眉をひそめる。考えてもいなかったが、まさか?
「では私はその青鹿毛を。カリーゴ、荷物の確認は?」
「第一馬車は一日目の物資のみ、第二馬車は二日目の物資と着替え、第三馬車はその他諸々ですね。第二、第三は駅舎で馬を替えながら時間差で走らせます。アレは殿下が?」
「ああ、私の荷の中にある。では馬を選んだものは馬上に。すぐに出立する」
一言そう王太子が声をかければ、俺以外の騎士たちが「はっ!」と声を揃えた。そうして王太子の選んだ青鹿毛含め六頭の馬たちと共に王宮の裏門を目指し駆けだすこととなった。
これもやはり意外なことに、王太子の馬の扱いは思っていたよりもはるかに上手かった。
勿論王太子という立場なのだからそれなりには乗れると思っていたが、その走りは単なる乗馬ではなくかなり実践的なものだ。ボスバールへの先頭を言い渡され、結構な早駆けを仕掛けていたが、護衛騎士たちはともかく王太子が難なく着いてきていることに目をむく。
そして、一日目の宿泊が路中の宿でなく、野営なのにも驚かされた。しかもテントではなく野宿。
一応通達が届いていたのだろう、馬を休ませることの出来る水場近くに馬のための飼葉の用意はされていたが、人のためのものは一切置いていなかった。
少人数の随行での強行軍の為、詳しくは伝えられていないのだろうが、ここに王太子が混じっていると知ったら、この辺りの領主は憤死もんだな。
全く平然としながら焚火の側で携帯食に齧り付く王太子を横目で見つつ、一番年かさの護衛騎士に話しかける。
「で、火の番は?」
五人もいれば二人組で三時間といったところだろうか。何なら俺が一人で一回分火の番をしてもいいが、と続けて口にしようとしたところ横槍が入った。
「二人一組で二時間半だな。三組で回せば十分だろう。お前等は片づけが終われば休め。まずは私とそこのヨゼフで番をする」
王太子のその言葉に異議を唱えるヤツはここには居なかったらしい。
やめてくれ、そこは『王太子殿下にそんなことはさせられません』と言うところじゃないのか?
テキパキと片づけを済ませたヤツらは、そんなことお構いなしに横になっていく。クソッと心の中で悪態をつきながら俺は焚火の中に薪を突っ込んだ。
しばらくパチパチと炎の弾ける音を聞きながら、周りの様子をうかがっていたが何かあるような気配もない。ただ、星がやたらと瞬いていた。そうしてふっと空っぽになったカップの中を覗き込んでいると、何かをうかがう様な声が炎の向こう側から聞こえた。
「……彼女は、君の主は何か言っていたか?その……色々、と」
それが王太子の声だとわかっていても、あまりホントのことは話したくないと思ってしまった。
「迷惑はかけないように、と。それだけです」
だから半分だけ答える。ここへ来る前に姫様が思いだした、たわいない思い出など話す必要はない。あれは、俺と姫様だけのものだ。
「そうか。……ならば、君は十分に役に立ったと誇って帰ってもらおう」
その言葉に何やら含みを感じる。妙に澄ました顔でこっちを見ているのは気のせいじゃないな。大きく舌打ちをしてみれば、眠っているはずの四人の体がピクリと動く。
あー、はいはい。不敬罪にならないように、でしたっけ?姫様に言われたことを思い出して、一拍置く。
「面倒はお断りですよ」
「さほど面倒ではないさ。ボスバへ着いたら笑って私の側にいればいい」
「それが一番難しそうなんですが」
「だろうね。ただ、一刻も早く帰りたいのだろう?私も同じだ。ならば協力してもらわないと」
流石に駆け引きが上手い。リーディエナのお茶のように、ボスバールの偏屈なヤツらと新しい製品を立ち上げられるだけはある。
香水とて、ある程度コントロールされた形できちんと市場に出回るようになったのだって、ここ三年ほどじゃないか?
ボスバール語を話せることといい、直接交渉することが出来ることといい、間違いなくボスバールとの窓口はこの王太子だ。
通常三、四日かかる道のりをかっ飛ばしてでもボスバールへ赴きたい王太子に、一体何をそんなに急いでるのかと興味もあるが、そんなことよりも俺にとっての一番は姫様だ。
ならば言う通りにした方が一番早く帰れるな。
「努力します」
俺の返事に頷く王太子。これで話すことは終わりだと口を閉じたつもりが、ふと思いついた言葉が零れ落ちた。
「随分と野営慣れしてますね」
一瞬、きょとんとした王太子が、何故かニヤリと笑いながら答える。
「サバイバルは男の浪漫だろう?」
「日常ですよ。俺にとっては」
元騎士副団長に散々しごかれた俺にとっての野営は通常の勤務形態だったので全く苦になったことはなかった。
しかし『男の浪漫』という響きは悪くない。
正直、姫様の婚約者というだけで虫が好かないと感じていたのだが、初めて王太子のいう事に頷き、なるほどそれも一理あると思った。




