思い出はスリル、ショック、サスペンス
アクィラ殿下との対話の後、なんかずだ袋みたいなやつを手に取り、手早くハンナとミヨと打ち合わせをしたヨゼフは、凶悪犯のような顔をしたまま私に出立の挨拶をしにきた。
これじゃあむしろ護衛騎士ではなく、そっちにやられる方じゃないかと少し心配をする。護送籠に突っ込まれて帰ってきませんようにと祈っておこう。
まあ、アクィラ殿下のお声がかりで付いて行くのだからそんなことは無いか、うん、無いと思いたい。
頼むから、向こうで舌打ちはしないように。
「えーと、ヨゼフ。くれぐれも、大人しく、ね」
ぶっちゃけ私の心配を全部並べたら十五分はかかりそうなので、一言でまとめてみた。
主に、不敬罪についてだが、わかってくれると信じたい。そんな私の心配もよそに、ヨゼフは言いたい放題の台詞を口にする。
「姫様こそ、お腹を出してお休み遊ばされないように。生水も飲まれませんように。それからおやつの食べすぎにも……」
「待って!それどうして私がお腹壊すこと一択なのかしら?」
最初、ミヨが放った『リリコットの身体が弱い』という言葉は、だいぶ誇張された話であった。
実際元看護師の目から見たリリコットは、体力がなくその上BMI値は低すぎだとは思うが、それ以外は特に問題はないように思える。特に痩せている割に胸はきっちりあるので私としては全く問題ない。
だからこのように腹痛を起こす前提の話など必要ないのだ。というか、これどう聞いても、私の性格に問題があるような言いっぷりだな、おい。
私の質問に少し表情を落ち着かせたヨゼフは、いつものようにさらりと悪態をついた。
「昔からそうじゃないですか。俺がいなくなるとすぐにおやつをだして隠れてもりもり食って、後からお腹が痛いだの騒いだの覚えてません?」
「いやいや、お腹壊したのって二回しかないわよね。昔からって言われるほど騒いでないわ」
と、自分で答えて驚いた。目の前のヨゼフもさっきまでの超不機嫌な様子などなかったかのように目を丸くしている。
あ、あー?そう、思い出した。確かにそんなこともあった、よね。
そうそう、ボスバ語の勉強後に出されたお菓子を、よくヨゼフから隠れて食べたものだった。
当時はまだまだ緊張していたヨゼフが、公邸では食べられないだろうと気を利かせた誰かが用意した持ち帰り用のお菓子を、彼に黙って自分のものにして食べたわー。
そうしてその結果……二回お腹壊してバレたのだった。
その後、侍女頭からえらく怒られたような気がする。そうだ、元騎士副団長にもめちゃくちゃ笑われたし、ヨゼフはといえばあれから私への見る目が変わったんだっけ。
どうりで私への態度がぞんざいなわけだ。年季が入っているもんね。
ふはは。昔の自分の悪行を、今になって思い出したせいで変な汗がでそうだ。しかもよりによって、こんなタイミングでこれを思い出すかとか、ありかー……
あれ、私って子供の頃は意外と酷かった?なんか私の考えているリリコット像とは全く違うんですけど、これって本当に正しい記憶なの?ちらりとヨゼフの方を上目でうかがえば、何故か苦笑していた。
「また変なのを思い出しましたね」
本当だよ!
いや、妙に自分の中でしっくりしているから本当にあったことなんだろうけど、どうせ思い出すならばこんなアホな子の思い出よりも、ボスバ語を習いたいと思った記憶がよかった。そうすれば間違いなく一歩前進なのに。
悔しさに恥ずかしさも相まって、ついつい口を尖らせる。
そんな私の顔を見て、ヨゼフは大きな声で笑い始めた。解せぬ。
そうやってひとしきり大笑いしたヨゼフはだいぶ気持ちがすっきりしたのか、さっきまでの凶悪ななりを潜ませる。それどころか変に楽しげな雰囲気で「じゃあ」と口に出すとさっさと部屋から出て行ってしまった。
散々ぶーたれていたくせに、なんともあっさりとしたものである。
「何て言って送り出したんですかぁ?えらい機嫌よくなって、まあ」
その様子を見たミヨが、私に尋ねてきたけれど言えるか。
「病気はしないって約束しただけよ」
間違ってない、多分。
ええー?と懐疑的な顔を見せるミヨを放っておいて、今思い出した記憶を整理する。
十年前、元騎士副団長に連れられたヨゼフがリリコットとメリリッサに付いた。私のボスバ語を習いたいという要望に沿うついでの、護衛の真似事みたいなものだったけれど、結局彼はそのまま騎士見習いとしてがんがん鍛えられていった。
そういえば、あの頃はまだメリリッサの嫌がらせもそこまで酷いものでなく、せいぜい私のものを隠したり、足を引っかけて転ばせたり、入れ代わりと称して面倒くさいことをさせるとか、そんなものだったような気がする。
そりゃあ、いじめの様な嫌がらせを軽いの一言で済ますつもりもないが、あの程度なんてそこまで重要視することでもないと感じた。
むしろヨゼフに対しての仕打ちを思い出すに、私も大概いい性格をしていたんじゃないだろうか。なんだろう、私の中のリリコットのイメージにブレが生じ始める。
大人しく、気も弱い、メリリッサの言うことは無条件で聞き入れて逆らうことはしない。というか出来ない、それがリリコットだったんじゃないの?だから、身代わりとなってトラザイドへ来ることになったのだと思っていた。
なんだろう、せっかく一つ思い出したはずなのに、新たな謎が浮かび上がってくる。その上今度は自分自身のアイデンティティーまでが行方不明になりそうだ。




