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何なんだ

「あのですね、これは糸切り指輪といってですね、別にその……そういった指輪ではなくてですね」


 あー、もう。婚約者だからって選んでもらうような指輪じゃないんですけど。

 慌てて説明をしている私の顔を見つめてから、くっ、と一声もらすと、アクィラ殿下は優雅な動作で隣の椅子を自らひいて座る。そしてゆっくりと私に向かい話しかけてきた。


「手芸用の指輪なのは知っている。似たようなものを王妃殿下がアウローラにも一つ渡していたからな」


 知ってるんかい!だったらわざわざそんな誤解しそうな言い方しなくてもいいのに。

 くそう、慌てて損をした。熱くなった顔を手で扇ぎながらなんとか気持ちを落ち着かせる。


 アクィラ殿下が私に指輪を選んでくれたのかと本気で思ってしまった。だってそう思っても仕方がない、百合香の世界の中では、結婚する時の指輪っていうのはとても特別なものだ。

 だから今の彼の言葉を聞いて、ムッとするのと同時に、ちょっとだけ気分も下がる。

 いやまあ、別にいいんだけどさー……


 納得できない思いを抑えつつ、左手の人差し指にはめられた糸切り指輪をじっと見つめていると、その変わったデザインに徐々に魅せられていく。


 大きな羽を優雅に羽ばたかせ、鋭い爪をもつ(あしゆび)が彫られたデザインは、とても力強くそれでいて綺麗だった。

 猛禽類なのだろう、少し曲がった鉤型(かぎがた)(くちばし)がちょうど糸切りの部分になっている。

 まるで大空を飛んでいるようなその鳥は、私にはたくましい鳥の王様のように見えたのだ。


 その糸切り指輪は、私が探していた可愛らしいタイプのものではなかったが、本当に美しく思う。そして、とてもアクィラ殿下らしいとも思った。


「ありがとうございます。……その、選んでいただいて」


 気持ちが落ち着いたおかげで、素直に感謝を伝えることが出来た。

 たかが糸切り指輪かもしれないが、それでもアクィラ殿下が私の前で直接選んでくれたのだから、やはり嬉しくないわけがない。

 そうして顔を上げ、アクィラ殿下と目が合うと、その緑の透けるような瞳が緩やかに弧を描いていた。


「たとえどんなものでも婚約者が身に付けるものを選ぶのは私の特権だよ。安心したまえ、儀式には君に相応しい本物の指輪を用意している」

「は……ぐっ、は、はい……」


 そんな甘い言葉を柔らかな笑顔にのせてためらいなく撃ち込むイケメンビームとイケメン超音波に対する私の防御力なんてゼロみたいなもんだった。

 あうあうと口を動かしまともに返事が出来ない私を見て、また一つ笑顔を追加する。本当にこの人怖いくらいイケメンだ。


 顔の熱を冷ますためにも、ハンナにお茶を頼もうとする。そうして、この部屋の中はルカリーオ商会から届いた荷物、主にミヨの頼んだものが運ばれている途中で、片付いているとは言えない状況だったことに気が付いた。


「申し訳ありません、アクィラ殿下。今急いで片づけますから、それからお茶を……」


 ヨゼフも糸切り指輪の入った箱を持って突っ立ったままだ。

 いくらアクィラ殿下の訪問が突然だったとしても、早く体裁を整えなければと指図しようとしたところで、それを彼自身に制止された。

 先ほどまでの柔らかい顔を引っ込め、アクィラ殿下があらたまったように私に向かいあう。


「いい。それよりも今日は君に頼みたいことがあって、ここへ来たんだ」

「な、なんでしょうか?」

「いや、頼みというよりも、むしろ決定事項を伝えに来た」

「……は、い」


 わざわざアクィラ殿下が足を運んでの頼み事とは一体何なのだろうか?

 しかも決定事項なら事後承諾ってことでしょ。もしかして、私との婚約に関してのことなの?あれ、やっぱり離宮へ行けと言われるのかな?

 もしそう言われたのならどうしよう。イービス殿下の書いた簡単な地図でしか見ていないけど、あそこへ行ってしまったらこんなに頻繁にアクィラ殿下と会うことも出来ないんじゃないかと思い、胸がちりりと痛んだ。


 頭の中、訳もなく不安がぐるぐると渦巻いている。


 そのお陰で、アクィラ殿下の話す言葉が聞き取りにくい。

 耳を素通りする言葉に、ただ頷いていると、いつの間にか後ろに立っていたヨゼフが私の耳元に口を寄せ、呆れたような声で語りかけてきた。


「聞いてます?姫様(ひいさま)。いいんですか?」

「あっ、え?何?」


 ふいにかけられた言葉もそうだけど、耳にかかったヨゼフの息にビックリさせられた。

 くすぐったいじゃないのよ、と文句を言おうとしたが、隣の椅子に座るアクィラ殿下の不機嫌そうな顔を見てちょっと姿勢を正した。


 ヤバい、全然話聞いてない!

 慌てて聞いていなかったことをごまかすように、へらりと笑うと、アクィラ殿下はテーブルをトントンと指で叩く。


「そんなに嫌だったか?」


 その少し苛立ったような声を聞いていると、なんとなくいたたまれない。

 いえ、嫌とかでなくて聞いてませんでしたと素直に言うべきか。

 うん、ここは何を言われても大人しく受け入れるつもりで、ちゃんと話を聞こう。深呼吸を一つして、そう伝えようとしたところで、アクィラ殿下の方が先に動いた。


「君の護衛騎士、ヨゼフを一週間借り受ける」

「…………は?」


 あまりに突然のその言葉に耳を疑った。いや、一度目は聞いてなかったので二度目かもしれないがそんなことは関係ない。

 アクィラ殿下とヨゼフの顔を交互に見てみたが、二人とも妙に真面目くさった顔をしているだけだった。


 ていうか、なんとなくだけどお互い嫌がってるような気がするんだけどなー……それが、借り受け?どういうこと?何なんだろう?

 そんな私の疑問は口に出す前にアクィラ殿下の言葉で遮られる。


「その間、代わりにこのカリーゴを君に預けていくつもりだ」


 アクィラ殿下の座っている椅子の後ろについていたカリーゴ様が、静かに一歩前に出た。

 うーん、相変わらずの地味さですね。今まで全く気が付きませんでした。

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