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シュガーキャロットとビタースティック

 一応本人も私に対して失礼を働いたという自覚はあるのだろう。

 おかしな格好で目を欺き、淑女のお茶会に招待されてもいないのに飛び入りし、あまつさえ性的暴言を吐いた。


 受け手である私から見ると大したことではなくても傍から見れば、どうみても一発レッドカードものだもんね。

 これアクィラ殿下へと告げ口したらただじゃあ済まないんじゃないかな?


 たとえ一度は離宮へ押し込めようとした婚約者でも、少なくとも今はそこまで煙たがられていないようだし。それをわかっているからこその、イービス殿下の返事に笑顔で返す。


「ありがとうございます、イービス殿下。そんなに難しいお願いではありませんので気を楽にしていただいて結構です。私にはわからないことを色々と教えていただきたいだけですのよ」


 そう、私は彼から情報をもらいたいのだ。

 ただでさえ記憶が戻らない中、知りたいことも手に入らないとなると余計に頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。せめて自分に関してのことは包み隠さずに教えて欲しい。


 それには、情報に手が届きやすく、かつ私に対してはあまり複雑な感情を持っていない人がいい。

 そう考えると好奇心が強そうなイービス殿下はうってつけだ。

 でも、一方的にこちらだけのお願いを聞いてもらうつもりもない。それなりの対価は払うつもりでもある。

 イービス殿下にとって、喉から手が出るほど欲しいものをあげよう。それはきっと私の為にも役に立ってくれる。


 指をくいっとこちらに向けると、イービス殿下とアウローラ殿下がおそるおそるといった感じで顔を近づけてきた。

 これこそ絶対に誰にも内緒だと、人差し指を一本立て唇に添え、そこで一旦ミヨの方へと視線を走らせてから、再度二人に顔を向ける。

 そうして今日一番の笑顔をのせてそれは小さな声で囁いた。


「協力していただけたら、とってもバレにくい変装の仕方を教えますわ」


 少しの驚きと大きな興奮をのせた瞳でイービス殿下は私の顔を見つめてくる。

 飴と鞭は躾の必須条件だけど、思ってた以上の成果がでたようだ。


 うん、なんだか今この取引を持ちかけた私って、ものすごく『悪公女』っぽいかもしれないと思ってしまった。


***


「情報?」

「ええ、イービス殿下には、私が知りたいと思ったことを調べて教えていただきたいのです」

「俺に?何で、わざわざそんなもの?」


 さっき成立した協力体制の為に、ミヨを伴いアウローラ殿下とイービス殿下を、私の衣裳や刺繍したものを見せるという名目にして、納戸兼衣裳部屋に連れ込んだ。

 男性であるイービス殿下がそんな所に入り込むのは本来良くないことだけど、私がアウローラ殿下に何かしないための監視だと侍女にそっと告げると、彼女たちは半笑いで頷いていた。

 正直、それを止めない侍女の質はあまり良くないが、まあこちらとしては好都合なので注意はしないけどね。

 勿論、扉は四分の一ほど開けておくから、小さな声でこそこそと話す。


「私の噂について……も、そうですが、何よりせっかくの縁でこちらに来たのですから仲良くしていきたいのです。特に、アクィラ殿下や皆さんとは。ですから、王宮内でのお話など、色々とお聞きしたいと思っています」


 とりあえず今の段階で彼らに私の記憶がないことを話すつもりはない。

 たとえ身内であれ、そのことを知る人間をいたずらに増やすことはアクィラ殿下も喜ばないだろう。なので、ちょっとばかり目を潤ませ脚色した理由を話すと、乙女なアウローラ殿下は両手を頬に当てて喜んだ。


「まあ、そこまで思ってくださっているのですね……ねえ、お兄様」


 最初は私の方へ、後ろはイービス殿下の方へかけられた声に、「うん」と返事が返って来た。


「そんなに重要な話は出来ないよ。というか、そこまでの話は教えてもらえないし。それでよければ別に俺は構わない」

「ええ、それで結構です。嬉しいわ、イービス殿下。よろしくお願いしますね」


 カモフラージュにと、扉の側でぴらぴらとドレスを振りながら、そっと答える私の言葉に頷くと、「じゃあ!」と期待を隠せないくらいに目を輝かせた。


 ああ、これなら重要な話でも口を割りそうだなー、ちょっと気をつけないとなー、と思いつつも、約束なのでそこはきちんと履行しましょう。

 私の後ろに立ち、めずらしく静かにしているミヨを視線で呼ぶ。

 すると、わかっていますと言う代わりに一歩前に出た。そうして私の横に並んだところでミヨの肩に手を置く。


「紹介しますね。イービス殿下に変装の仕方を教えてくれる先生です。ミヨ、ご挨拶をしてちょうだい」

「モンシラ公国、コザック男爵家のミヨルカと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言いながらミヨは、両手を合わせて胸に置き、軽く膝を曲げてそれは優雅な礼をした。

 まさか私の侍女が教えるとは思っていなかったのか、イービス殿下は少しのけぞったが、私がもう一度唇に指を当て、シッと伝えると慌てて姿勢を正した。


 躾け甲斐があるなあ、イービス殿下。

 顔色も空気を読むのも上手いし、頭も悪くなさそうだ。

 ほんのちょっぴり調子に乗るきらいがあるけれど、そこさえ気をつければ成長した頃には結構いい男になるんじゃないだろうか。


 よし、ここはきっちりと馴らして味方につけよう。そのためにも飴はしっかりと与えないとね。

 そんな訳で、お願いします、ミヨ先生っ!

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