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極力少年

「あの、イービス殿下。……追い出しもせず、とはどういった意味なのでしょう?」


 考えてもわからないことは聞くに限る。

 じっと目を見つめて尋ねるが、別に挙動不審になることもないようなので、あっさりと口を割ってくれるだろう。

 一瞬きょとんとした顔になったけど、自分の失言を思い出したかのように、ああ、と前置きをして頭を掻いた。

 そうして、アウローラ殿下の侍女たちを部屋の隅の方へ行くように指示を出してから、小さな声で答えてくれた。テーブル周りにいる私たちにしか聞こえないようにしたから、少しくだけた感じで。


「新しく作った離宮の場所は、知ってる?」


 んー……あ、あれか、メリリッサがアクィラ殿下へと要望していた新居のことか。


 アクィラ殿下との最初の晩餐の時に聞いたけど、自分がねだったことでないのですっかり忘れていた。

 ふるふると首を横に振ると、何か書くものをと頼まれたので、ペンとメモを渡す。すると、イービス殿下はさらさらっと簡単な図を描いて私へと見せてくれたのだ。


「これが王宮の敷地だと思って、それからここが王宮。そして新しい離宮というのが、ここ」

「…………また隅っこですねえ」


 ぎりっぎり王宮の敷地内と言える場所だった。


「ちなみに、途中の林の中に人がようやく通れるぐねぐねに曲がった小道が一本あるだけで、王宮(ここ)からだと急いでも大体徒歩二時間くらいかかるかなあ。多分ちゃんと移動するとなると、一度王宮正門を出てから馬車で王都内を大きく迂回しながら走って一時間弱くらいってとこ」


 それ隔離場所だよね、完全に。


 メモの中に林やらなんやらが書き足されていく。そこそこ上手い地図に目を惹かれつつも、なんで王太子妃の住まいを、なんてところに造ったんだと呆然とする。


 うわー、私がもし家具を持ってきてたら、そんな人気のない離宮に思いっきり突っ込まれてたんだ。そう思うとちょっとドン引きした。

 ぶるり、と軽く震えると、イービス殿下は若干申し訳なさそうにして話を続ける。


「公女殿下に対して失礼にあたるって、一応周りの皆も止めたんだけどね。あちらの要求に沿ったものだからって、兄上が強硬に推し進めてあんな所に建てちゃったんだ。でも、その内あの噂ってやつが流れてきて、まあそんなに酷いのなら離宮に引っ込んでもらうのもちょうど良かったんじゃないかって空気になったんだけど……」

「……逆に私は王宮内に留め置かれたというわけですか」


 それは確かに不思議だと思う。離宮の建設なんて半年やそこらで出来るもんじゃない。

 そりゃあ百合香の世界なら組み立て式みたいな建て方もあったけど、あくまで一軒家の話だった。多分、軽く見積もっても建てるのに一年以上はかかっているはず。それにかかった経費だって安いものではないだろう。


 しかし少なくとも建設し始めた頃ならまだメリリッサの評判は上々だったはず。

 その素晴らしいメリリッサの状態でトラザイドへ来た上でその離宮へ住めと言うのなら、めちゃくちゃ失礼なことだ。


 一応私としてはここに居ることの説明はもらっていた。家具も人手も何も持ってきていないから置いてやっている、と。

 ただ、その言い分だっておかしいとも思える。別に何も持ってなくても離宮に追い出せばいい。今私が住まわせてもらっている棟の家具と一緒に馬車に乗せてしまえばよかったのに、それをしなかったのは……アクィラ殿下、その人なのだ。


 その上、私がリリコットとして覚醒したての時は、まあ嫌味たらしくて険があった言動が、いつの間にかどこかにいってしまっている。

 それどころか、私をからかって楽しんでいる節まで見えるくらいだった。


 うーん、その心境の変化はなんなのだろう。イービス殿下が気になるのも無理はない。私だって、離宮の話を聞くだけでも不思議だと思うもの。

 こてん、と首を傾けて悩んでいると、イービス殿下が口元に手を添え、さらに声を落として私へと囁いてきた。


「だからさ、悪いけど兄上はそっち趣味なのかって思ったの」

「へ?」

「ほら、あー……Sとか、Mとかあるじゃん。そういう趣味?」


 馬鹿じゃねーの、この弟くんはっ!


 SとMってのは上手く脳内で訳されてるの?とか、こっちの世界でも似たような性的嗜好があるもんだなとかはさておき、とにもかくにもふざけんな!

 可愛い妹と、淑女たる私の前で何言ってくれやがんだ。ほら見ろ、アウローラ殿下は意味が分からないときょろきょろしてるじゃない。


 よし、殴る。

 この際侍女たちに見られても構うもんか、どうせ悪公女の噂がちょこっと増えるくらいだ。

 このちょっと頭が残念な感じの王子殿下の鼻面にパンチを食らわせて躾け直してやる。そう気合を入れて拳を握り締めた。


「だっ、だー、暴力はダメ!よくない、反対!」


 しかし私の手元を察知した途端、慌てて手を振り椅子から飛び降りたかと思うと、アウローラ殿下の後ろに隠れた。

 チッ、意外と勘がいいな。


 私の偏見で悪いが、大体兄弟の三番目ポジションは要領が良くておちゃらけものだ。

 この様子だとあながちその思い込みも間違っていない。それにアウローラ殿下よりもよほど情報には強そうだし、好奇心も高い。きっと、あのへんてこりんな変装も、そういった話題を集めるためにやり始めたことなんじゃないだろうか。


 だったら?ピコーンと閃いた。

 握った拳をゆっくりほどけば、イービス殿下はほっとしたように力を抜いて椅子に座り直す。


「ふふ。嫌ですわ、暴力だなんて。そんな恐ろしいこと」


 ちょっと躾けるだけよ。

 そう考えて笑顔をみせる。すると逆に、ずりっと椅子を後ろに引き出した。やっぱり勘がいい。そこを逃がさないと、すかさず手を取って上目遣いでお願いをした。


「ねえ、イービス殿下。私、お願いがあるのですけれど、聞いていただけますか?」


 逃げそびれたイービス殿下は、うえっ、と一言吐いた後、目線をあちこちに動かしつつも、最後にはへにょんと眉を下げて諦めたように頷いた。


「…………ええ、と。で、出来るだけは、聞きます。や、極力対応させていただきます」

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