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厨学三年生

「屈辱だっ……初めてバレた」


 いや、バレいでかっ!


 肌の色と髪の色変えて騎士服着ただけだよね。

 よくもそれで今までバレなかったなあ、という突っ込みは一先ず飲み込んだ。


 悔しがりながらもきっちりとした所作でテーブルについたイービス殿下はやはり王子なのだと思う。

 まあ招いてもない客なので彼の方はとりあえず放っておいて、アウローラ殿下の方へ顔を向ける。


「先日のお茶会は、きちんと挨拶もせずに退出してしまい申し訳ありませんでした。アウローラ殿下」

「いいえ!こちらこそ、あんなお茶会になってしまって、お義姉(ねえ)さ、あっ……メリリッサ公女殿下に大変失礼を、その……」


 やだー、めちゃくちゃ可愛いっ!

 初めて会った時のツンツンな感じも良かったけど、名前じゃなくてお義姉(ねえ)様って呼びそうになったのを顔赤くして誤魔化そうとするところとか、めちゃくちゃ可愛いわ!

 ちょっと、おねえさまよ、お・ね・え・さ・ま!


 施設時代でも、割とちいちゃい子の相手をした方だったけど、姉ちゃん呼びどころか大抵の子は呼び捨てだった。

 酷いのになるとブスだの男女だのだったな。面倒見てやってんのに、なんだかなあって思ったけど、それもいつまでも施設で過ごしていれば順番で回ってくる当然の義務なので仕方がない。あれはあれで、大人の少ない施設で年上の私に甘えていたのだと思うと可愛いとも言えないこともなかった。


 しかし、たった今目の前で軽く頬を染めてうつむく金髪の美少女に呼んでもらえそうになった『お義姉(ねえ)様』は破壊力が違う。ぜひぜひ呼んで、カモンカモンカモン!


 心の中でそう叫んでいると、アウローラ殿下の横から、つっと顔をのぞかせて、イービス殿下がちょいちょいっと手を振って来た。


「あら、あー、イービス殿下もお久しぶりです。ようこそいらっしゃいました。今日はー……素敵な格好ですわね」


 にっこりと笑顔を見せてオブラートに包んだ社交辞令を適当に放り投げると、軽く口を尖らせる。


「パーティー以来ですがご健勝の様で安心いたしました。けれども残念ながら、あまり素敵な格好ではなくなってしまったようです」

「まあ、ご謙遜を」


 ほほほ。と笑い声を出して、お茶を勧めた。そうすれば、二人とも綺麗な仕草でカップを取り、香りを楽しむ。


「これは……リーディエナのお茶ですね」

「はい。アクィラ殿下からいただきましたの。本当に香り高く素敵なお茶だと思います」


 私の返事に侍女たちのざわめきが被せられる。うらやましいのか悔しいのかはわからないが、ここで声を出すのは侍女としてどうだろう。

 甘く華やかな香りを楽しんでいると、イービス殿下の方から「へえ、兄上が」と感心するような声が聞こえた。

 その呟きには知らん顔をしつつ、お茶の味を堪能する。一口含んで喉を潤すと、静かにカップをテーブルに置いたイービス殿下が私の方へと声をかけて来た。


「それで、メリリッサ公女殿下は、どうして俺だとわかりました?」


 まーだそんなことを言ってるのか、こいつは……


 どうしてそこまで自信があるのか、そっちこそわからない。でも、目がマジっぽい。一応義理の弟になるわけなので、面倒だけれどもきっちり答えてあげよう。


「ではまず、イービス殿下は、今日はお召し物の様子から、護衛騎士のおつもりでこられたのですよね」


 コホン、と一つ咳をしてから話始めた。


「ああ、騎士は外で鍛えているだろうから日に焼けた感じを出してみた」

「やり過ぎです。何より体が鍛えられていないのに、肌の色だけ濃い騎士はかえって不気味ですよ」


 私の言葉に、ぐっと喉を詰まらせたような声と、ぷっと噴出したような声が重なった。ああやっぱりみんなちょっとおかしいと思っていたんだろう。バレバレじゃないですかー。


「それから、いくら金色の髪を隠したいからといっても、それでは染料の粉をかけ過ぎです。ふけが肩に落ちているように見えていますからね。それならきっちりと撫でつけてしまったほうが悪目立ちしません。大体目の色こそ、そんな王家の皆様と同じ緑色を隠しもせずに、こちらを見回すような真似をしていれば、一目で誰なのかわかってしまいます」


 そもそも顔が全く変わっていないのだ。アクィラ殿下ほど整っていないとはいえ十分にイケメンなその顔は、外見を少しかえたくらいで、わからなくなるはずがない。

 私は百合香であった時は看護師として働いていた。入院患者さんは皆同じ寝間着で過ごすし、薬や病気のせいで体形や顔だって変わりがちになる。そんなんでも患者さんたちの顔や名前を間違える訳にはいかないのだから、当然人の顔のチェックは厳しい。


「あとは……」

「いやっ、もういい!その……それ以上ダメ出しされると、心が折れそうだ」


 段々と声が小さくなっていくイービス殿下。

 まあ、こんなくだらない変装も、彼なりの言い分もあるのかもしれない。

 ないならここで一発きっちりと心を折っておいた方がいいけども。


「あのっ、メリリッサ公女殿下。申し訳ありません……イービスお兄様も悪気があってその、おかしな格好で来たわけでなく、その一応私を気にかけてくれた、つもりなのです」


 あ、アウローラ殿下には、おかしな格好の自覚はあったのね、よかった。あとお義姉さまって呼んで欲しいな。


「よろしくてよ、アウローラ殿下。イービス殿下はご心配されていたのでしょう。ですからあんな目立つ格好で牽制されたのですわよ、ねえ」


 傷口に塩を擦りこむように言ってやれば、イービス殿下はぐぬぬ、と言わんばかりに顔をしかめている。

 遅れてきた厨二病患者には冷静に現実を突きつけてやるのが一番の薬だ。


 ほほ。と口元を上げて、お茶の残りをいただく。するとイービス殿下は大きなため息をついてから、ようやく「申し訳なかった」と謝罪の言葉を口にした。


「別に本気でローラを心配したわけじゃない。妙に懐いているみたいだし、そこは放っておいてよかったんだが……アクィラ兄上が貴方をここから追い出しもせずにいるから、あの噂が本当なのかどうか自分で確かめたかったんだ」


 はいはい、あの『悪公女』って噂ですね。それは気になりますよねえ。

 実際アウローラ殿下だって、初めて出会った時には、そう言って突っかかってきましたもん。やっぱり当然ながらその噂は、この王宮内にばっちり浸透している訳か。

 こればかりはもうどうしようもないなあと瞼を閉じて、ふとさっきの言葉を反芻する。


 アクィラ殿下が私をここから追い出しもせず?


 いやー、だって婚約者じゃん、一応。結婚の儀が出来なくなるから死ぬなって言ったくらいなのに、追い出すってどういうこと?

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