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想い出の泣きどころ

 隣の部屋から持ってきたという新しくなった鏡台の上でくるくると指を回しながら考えているが、一向にいい考えが浮かばない。

 この場合のいい考えというのは勿論、ヨゼフから聞き出す方法だ。


 あれから何回か扉の前に立っているだろうヨゼフを捕まえようとしたが、その都度気配が消える。

 かといって、護衛をしていないかといえばそうでなくて、私が話を聞こうと思うタイミングだけさっと隠れるのだ。その無駄に高い察知能力は他のとこで使え。

 特にアクィラ殿下が突然来た時とかさあ。


 絶対になんか隠してる。それはもう私のアンテナにびんびん響いているが、その内容まではさっぱりわからない。だからこそヨゼフから聞き出したいんだけど……あー、無理だ。

 そりゃあ、記憶を取り戻すのが一番手っ取り早いのはわかる。でも、それが鍵なのよぉお!


「……はあ。困ったわね」

「一晩たったっていうのに、まーだ考えてるんですかぁ。あれ、絶対に口割らないと思いますよぉ、姫様」


 朝の支度で私の髪を結っているミヨは、頭の上でそう言ってくるがこればっかりは諦めきれない。


「でもね、それがわかれば記憶が戻るきっかけになりそうなのよ……多分だけれど」


 ふう、と息を吐くと、こちらを心配そうに見ているハンナと鏡越しに目が合った。

 ベッドから取り換えたばかりのシーツを抱えた彼女は、いつにも増して不安げな表情をのせている。


「リリー様……」

「大丈夫よ、ハンナ。具合が悪い訳じゃないから」


 ハンナは私が何か考え込んでいたりすると、すぐに心配そうに見つめてくる。

 そりゃあ、浴室で手首を切るような真似をしたからと言われればそれまでだが、あまりにも過保護な視線はちょっと居心地が悪い。

 百合香の記憶がほとんどの私としては、公女としてはダメなのだろうが、どっちかといえばミヨのようにあっけらかんと相手をしてくれた方が楽なのだ。

 しかし、そんなふうに言ったところでハンナのその態度は変わることはないだろうし、逆に私の頭がおかしくなったととられるのも困る。

 とにかく、ハンナ相手には出来るだけ物静かなリリコットでいた方がいいのだろうと思っているところだ。まあ、この一週間ちょいの言動は、ノーカンにしてもらえること前提だけど。


「はい、姫様できましたよー。今日も美人、美人!」


 ぽんっ、とミヨの手を叩く音で、支度が完了したのに気が付いた。

 おお、確かに今日も完璧な美少女に仕上がっている。

 普段着のドレス……というのも不思議な気分だが、夜のパーティーのような派手で鎖骨の見えるような襟ぐりの開いたドレスではなく、胸元まできちんと隠れる大人しめのものなので、髪形もそれに合わせて慎ましやかだ。両サイドだけを編み上げて金色の後ろ髪はそのまま流している。

 珍しく胸のサイズもあっているようだから、これはリリコットとして作られたドレスなのだろう。

 仕上がりに満足したミヨは鼻歌交じりで片づけをしつつ、急に思いついたように声を出した。


「ハンナさーん。そういえば、姫様は昔からこんなに美少女だったんですかぁ?」


 あらやだそんな、ミヨったら。などと、百合香の時にはもらえなかった賞賛に、つい顔が緩まる。そんな私を見て、ハンナは静かに微笑んだ。


「勿論ですわ。お小さい時からそれはもう美しくて、私はこんな素晴らしい方々の乳姉妹であることを誇りに思うと同時に、お仕えできることの喜びに打ち震えたものです」

「あ、ありがとう、ハンナ」


 うっとりと語るハンナに、ちょっと褒めすぎだと思いたじろぐ。ミヨはその言葉を聞き流しながら、なんでもないように言葉を続けた。


「ずぅっと姫様の側にいたんですねぇ。ヨゼフより古いんですかー?」

「当然です。私はもの心つく前からお側に控えさせていただいたのですよ」


 キッ、と睨むようにして言うが、ミヨはどこ吹く風だ。そうして私の方に視線をちらりと向けてから、もう一度ハンナの方へ顔を向けた。


「じゃあー、姫様が何でボスバ語習ってるのかも知ってるんじゃないですかぁ?」


 ナイスアシスト、ミヨ!

 そうか、ヨゼフへ問いただすことばかり躍起になっていたけど、十年前ならハンナだって近くに居たわけだし、それだけ仲が良かったなら聞いた可能性が高い。

 期待に目を大きく開いて、どうなのかと尋ねようとしたところ、ハンナの方から小さな声で申し訳ありませんという声が返ってきた。


「ちょうど十年前は、私の侍女としての教育が始まりました頃でした。リリー様方も大公妃殿下に付き添われ、国外で行われる式典に行かれることが多かったものですから、その辺り……二年ほどだけは、ほとんどお会いしていないのです」


 なんと、空白の二年間。

 これは、本気でヨゼフの口を割らせないとダメか。むぅう、命令も効かなかったし、他に誰か何か知ってないかなあ。

 腕を組み、目を瞑って深呼吸する。そうしていると、頭の中にある言葉がふわっと浮かんできた。それは、とても高貴な女性の、あのセリフだ。


『――十年前、貴女には無理を言ったのではないかと思ったのだけれど、こうして仲良くなれているようで安心したわ』


 そうだ、王妃殿下はあの時確かにそう言った。

 あの後、急な頭痛にさいなまれ、王宮内でのアクィラ殿下による公開お姫様抱っこショーのせいですっかり忘れていたけど、絶対に言われたのだ。


 ボスバール国を領土にしたトラザイド王国の王妃殿下と十年前に出会っているということは、たとえ直接的ではなくてもそこで何かがあったはず。

 それならば、王妃殿下にその時の『無理』とやらを尋ねてみればいいじゃないか。

 よし、思い立ったら吉日と、座っていた鏡台の椅子から立ちあがったところではたと気が付いた。


 待て……王妃殿下って、どうやってつかまえればいいのよぉっ!?

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